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75.マルティン・ボルマン副総裁と会談

1944年1月5日 オーストラリア王国 ザルツブルク


年始にヨーロッパに戻ってくると、木村元帥やマンシュタイン首相が欧州王国連合国の調印式の準備を整えてくれていた。

そのため、到着した翌日の1月2日にプラハで無事に調印式が行われ、正式に欧州王国連合が結成された。

同時にプロイセン王国から正式にベルヒテスガーデンを日本に割譲され、とうとうヨーロッパに日本の領土が誕生した。しかし、現在はナチス親衛隊が実効支配している状況が続いており、彼らを排除しなければならない。

俺はすぐにベルヒテスガーデンに籠城するナチス親衛隊側にコンタクトを取って、会談の場を設けた。

こちらの参加者は俺と木村元帥の二人で、ナチス親衛隊側の参加者はマルティン・ボルマンとカール・ハンケの二人だ。

会談の場所はこちらが指定し、日本軍の護衛のもとザルツブルクのホテルに来てもらい、会談が始まった。


「事前にお渡しした資料のとおり、ボルマン副総統が現在駐留しているベルヒテスガーデンはプロイセン王国から正式に割譲されましたので、現在は大日本帝国領となっております。つきましては、他国の軍隊である貴殿らには速やかに我が国の領土から退去していただきたい」


最初に木村元帥から要求を言い渡した。

    

「ふむ、確かにプロイセン王国と名乗る反乱軍から、貴国に割譲されたようですが、ドイツ政府からの正式な書面ではありませんな。よって、今回の領土の割譲は無効です」


ボルマンの回答はこちらの予想通りだった。

おそらく、こちらが予想していることも彼は理解した上での主張だろう。ここまではお互いに建前の主張をしただけだ。

無駄な会話を続けるのは嫌いなので、そろそろ本題に入ろう。


「ボルマン副総統がわざわざ出向いて来られたからには、こういうのとは違った話し合いをしに来られたのではないのですか?」


「そうですね。我々に残された時間は多くはありませんから、本題に入りましょうか。我々の選択肢は多くないので、日本側の条件を伺いたいのですが、いかがですか?」


「はい。我々としても色々と検討した結果ですが、皆さんをプロイセン王国に引渡すようなことはしません。そこで、皆さんには中国に転籍していただきたいと思っております」


ボルマンとハンケは中国と聞いて一瞬顔をしかめた。彼らアーリア人至上主義の連中はアジア人を下に見る傾向が強いからだ。


「なぜ中国なのですか?」


まだ話の途中なのだが、ボルマンの方から質問をしてきた。

    

「日本での受け入れも検討したのですが、我が国にはユダヤ系の国民が多く住んでおりますので、お互いにとって不幸な結果を招く可能性が高いので断念しました。そうなると、中国かソ連に候補が絞られたのですが、ソ連ではモスクワの件があるので、貴殿らに対して良い感情を持っておりません。消去法で中国以外の選択肢はありませんでした」


「なるほど、しかし我々は中国語も話せませんし、中国はあまりにも遠すぎる」


ここでボルマンが難色を示してくるのは想定内だった。


「それについては我々からは5つの提案があります。1つ目は中国の新領土である北アフリカ地域に総督府を設置して、その総督をボルマン副総統、副総督ハンケ長官ににお任せしたいと思っております。総督府は中国国家主席の直属の機関にして、国家主席以外が干渉できないようにいたします。実質的な自治区ということになります。2つ目は、もちろん名称や目的は変えていただきますが、親衛隊の組織は解体せずに、北アフリカ地域の総督府直属の治安維持部隊として存続させます。そして、親衛隊の尉官以上は現在の階級も保障します。なお、あくまでも治安維持部隊なので、国境の防衛については人民解放軍が担当します。3つ目は本国から予算が出ない代わりに、総督府に北アフリカ地域の課税徴収権を付与します。税収の2割を本国に送金すれば良いとのことで毛沢東国家主席から了承をいただいております。4つ目は総督と副総督の任期は終身とします。5つ目は貴殿らがベブルホーフに持ち込んだ金品等は持ち出しても構いません。本来はプロイセン王国に返還すべきでしょうが、あちらに着いてから自由になる資金がないと困るでしょう。あと、これはお願いなのですが、絵画や美術品に関しては適正な価格で買い取らせていただきたいです。日本としてはプロイセン王国の顔を立てる必要がありますので。どいでしょう。これらの条件なら中国に所属しても貴殿らが肩身の狭い思いをすることはないかと存じます。悪い話ではないと思いますが、如何ですか?」


ボルマンとハンケは目を瞑って頷いていた。そして、ハンケから質問が上がった。


「パリの同胞をこちらに呼ぶことは可能でしょうか。また、希望者をパリに送ることは可能でしょうか」


「どちらもできません。貴殿らにはアイザック・ヒトラーとは完全に縁を切っていただきます。そして、パリは連合軍の勢力下のど真ん中にあるため、こちらから干渉することはできません」


「わかりました」


ハンケは一瞬ホッとした表情になったのを俺は見逃さなかった。もし、途中でアイザックや他のナチス高官が合流した場合、自分たちの立場が揺らぐ可能性を心配しているのだろう。だからこそ、あえてこちらからは縁を切るように条件を出した。


「ベルヒテスガーデンから北アフリカへの移動手段を我々は持っていないのですが、日本軍が協力してくれるのでしょうか」


ボルマンは既にこちらの提案に乗ることを決めて、北アフリカまでの移動手段を考えているのだろう。


「それについては、こちらの海軍の輸送機で直接空輸させていただきます。もちろん護衛の戦闘機も付けますのでご安心ください」

    

「わかりました。しかし、何故日本が中国のことをそこまで決められるのでしょうか。失礼ですが、中国は本当に今回の件は納得しているのですか?」


もっともな質問だ。中国は日本の属国や植民地ではないのに、日本の都合に合わせて動いてるのは客観的にみて不自然に見えるだろう。


「俺と毛沢東国家主席は友人で、彼は友人が困っているのを黙って見ていられない情に厚い男というだけですよ」


本当のことを言う訳にはいかないから、ふわっとしたことを言って何か裏があるように臭わせておいた方が良いだろう。


「ふむ、そういうことにしておきましょうか。北アフリカ総督府の実質的な自治権については期間を100年間と明記していただきたいが、可能でしょうか」


「それは可能です。貴殿らが生きている間は確実に地位は保障されるでしょう」


この男は100年生きるつもりなのだろうか。いや、自分の子供の代までは権力を継承したいということなのかな。


「ありがとうございます。ここで持ち帰って、皆と話し合って結論を出したいと思います」


「ここまでの条件を提示できるのは今回だけです。条件の上乗せや今後の交渉はできません。1週間だけ待ちますので、1週間以内に結論をお伝えください」


ここで結論が出ないということは分かっていたので、予め決めていたことを木村元帥が伝えた。

    

「念のため伺いたいのでうが、断った場合はどうするお考えですか?」


「不法占拠の状態を放置することはできませんので、強制退去ということになります。また、我々をもし裏切って西側連合国側についた場合は、どこに逃げても必ず見つけて殺します」


「なるほど、わかりました。なるべく急いで結論を出すようにいたしましょう」


木村元帥がボルマンを睨みつけると、彼は慌てて否定した。


「まさか、せっかくこのような提案をいただきながら、連合国に寝返るようなことはこの命に代えてもいたしませんよ。それでは、急いで戻らなければなりませんので、我々はこれで失礼いたします」


会談の3日後の1月8日、ボルマンからの回答があった。こちらの提案を全面的に受け入れるということで、ベルヒテスガーデンにいるナチス党員、親衛隊、武装親衛隊、ゲシュタポは全員北アフリカ地域へ移動することになった。

現在、北アフリカ地域からはイタリア軍が撤退中で今月中には中国と領土の交換が完了する予定だったので、同時にボルマン達も移動させることにした。

このことはすぐにマンシュタイン首相に伝え、1月9日にはプロイセン王国軍はベルヒテスガーデンの包囲を解除した。

フランス国境での戦闘は停止しているが、連合軍とプロイセン軍の睨み合いが続いているため、包囲していた部隊もフランス国境の防衛に向かった。そして、フランクフルトに駐留していた日本陸軍2個師団のうち、1個師団がベルヒテスガーデンに入り、旧ナチス親衛隊の輸送支援任務を始めた。

    

ベルヒテスガーデンには大日本帝国海軍の大型輸送機が離着陸出来る滑走路がなかった。そのため、プロイセン王国の許可を取って、旧ナチス親衛隊を輸送車を使っていったん陸路でオーストリアの大日本帝国海軍の滑走路がある駐屯地にピストン輸送し、そこから大型輸送機を使ってリビアのトリポリに運んだ。

さすがに旧ナチス親衛隊がベルヒテスガーデンに持ち込んでいた戦車や装甲車までは輸送機で運ぶことはできなかったので、これらはプロイセン王国に返還されることになった。


ベルヒテスガーデンでホテルやコテージやお店の経営者は全員ナチス党員だったので、親衛隊と一緒に中国に移籍することにさせた。

楓はそこに目をつけて彼らが北アフリカに移動する前に破格の値段でこれらの施設を根こそぎ買収した。格安ではあったが、彼らも売却を諦めていたところだったので、喜んで売ってくれたようだ。

これらの施設の営業は従業員がいないのですぐには営業できないが、しばらく客も来ないので急ぐ必要はないだろう。

プロイセン王国側はボルマン達がまたヨーロッパの侵略を始めないか懸念していたが、中国が新しい領土とした北アフリカ総督府は現在のエジプト、リビア、チュニジア、アルジェリア、モロッコまでの広大な地域を管轄することになり、この広大なエリアを約40万人の武装親衛隊だけでカバーしなければいけないのだが、この地域は宗教的にも難しい地域のため、国内の問題に集中しなければいけなくなり、少なくとも今後数十年は彼らが総督府の外に目を向ける余裕はないだろう。

    

D-DAYで揚陸艇を多数失ったアメリカ軍は、イタリアに上陸作戦ができなくなった。そのため、イタリア北部も中国が占領してたからは、イタリアへの侵攻ルートを確保することができず、イタリアに侵攻することがてぎずにいた。しかし、今回の中国とイタリアの領土の交換のために人民解放軍がいなくなったタイミングを狙って、フランス国境から一気にイタリア北部を占領した。

国境の防衛部隊を配置している途中で攻撃を受けたため、イタリア軍は殆ど抵抗出来ずに、南部まで退却することになった。

南部まで退却したイタリア軍に対して西側連合国は攻勢の手を緩めず、アメリカ軍がフランス国境を超えてから約2週間という速さで、イタリア軍をイタリア半島から追い出して、シチリア島まで追い詰めた。

ドイツ攻略では日本に先を越されたアメリカは大国としての威信をかけて、イタリア攻略では後手に回らないように本気を出したのだろう。いくらドイツには苦戦させられたからと言っても世界一の工業生産力を誇るアメリカが本気を出せば、まともに対抗できる国は少ない。

イタリア半島を2週間で占領したアメリカは自信を取り戻したのか、日本とアメリカだけで会談の場を設けたいと打診をしてきた。

こちらからもアメリカとはそろそろ会談の場を設ける必要がある考えていたので、二つ返事で応じることにした。

アメリカからは今回の会談では大統領が直接出席するので、日本からも内閣総理大臣である翔を出すように要請してきたので、翔にも急遽ヨーロッパまで来てもらうことになった。


今回の会談でアメリカが指定してきた日程と場所は1月30日に地中海のマルタ島だった。この報告を楓と二人で報告を受けたときは、二人で顔を見合わせて笑ってしまった。

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