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76.マルタ会談

1944年1月30日 マルタ共和国 マルタ島 モントゴメリーハウス


史実では1945年1月30日からアメリカとイギリスが、戦争終結後の話等をしたマルタ会談だったが、この世界では1年早く、日本とソ連、アメリカ、イギリスが戦後の話し合いをするために集まった。


俺と翔は別々にマルタ島に到着し、事前にランチを食べながら打ち合わせをして、米英との会談に挑んだ。

まさか自分たちが歴史の教科書に書いてあるマルタ会談の当事者になるとは思ってもいなかったので、二人でテンションが上がり過ぎて、アメリカやイギリスの参加者と記念写真を撮ってはしゃいでいた。チャーチルに声を掛けようと探し回っているところを、今回も俺の秘書として同行している椿に見つかって総理大臣と陸軍大臣が揃って怒られるというハプニングもあったのだが、このエピソードは教科書には載せないでもらいたい。

会議の参加者は日ソ側からは陸海軍の幹部が合計20名、米英側からは米大統領と英首相、軍の幹部合わせて22名、4か国合計42名の大人数での会議になった。ちなみにソ連からは遥は出席していないが、出席者は遥から日本と同調するように命令させてあるので、日ソの足並みが揃わないことにはならない。

   

初日の会議では、現在パリを占拠中のアイザック達への対応についてだった。日本側はパリ市民への人道的見地から当面はアイザック達と交渉を続けつつ現状維持し、パリへの物資の供給等は継続してフランス政府が負担するべきと主張した。

これに対して米英側は彼らをテロリストと認定し、あらゆる手段を使ってパリから排除するので、日ソ側には今後パリの件には米英の行動を支持し、口出しをしないことと、パリに設置されている原子爆弾の無力化のためにプロイセン王国が持っているレッシェンの情報を開示するように要求してきた。

日本側はテロリストへの対応については、米英がどのような手段を使っても、行動を支持することを承諾した。

そして、レッシェンの情報については、核不拡散の観点から拒否したいところではあったが、いずれアメリカも原子爆弾を開発することになるから、あえてこの時点で情報を渡して、効率が悪いガンバレル型の原子爆弾の開発に集中せることで、効率が良いインプロージョン方式の開発を遅延させる目的で承諾した。

なお、情報の開示の条件として、終戦後の核開発競争を少しでも抑えるために、西側連合国と日中ソ連合、東ヨーロッパ王国連合は原子爆弾を各国100発までしか保有出来ないように制限する内容の核不拡散条約を締結することを承諾させた。

また、この条約に加盟している国以外が核兵器の開発、保有をした場合は締結国が協力して経済制裁を行うこととした。これで元の時代では世界で約15,000発ある核兵器が、こちらの世界では1,000発前後に抑えらるれかもしれない。


2日目はイタリアの処遇とソ連の中東侵攻についてが議題だった。

既にイタリア軍はシチリア島に籠もり、西側連合軍はいつでも制圧できる状況だ。

現在の政府がなくなったあとはイタリアをアメリカ主導で民主国家を建国するので、西側連合国がプロイセン王国の建国を正式に承認し、今後は干渉しない代わりに、日ソ中及び東ヨーロッパ王国連合もイタリアの新国家樹立を承認したうえで、今後は干渉しないようアメリカから提案してきた。

イタリアの通行ができないと、プロイセン王国は地中海に面した港がなくなるため、北アフリカとの輸送の問題が生じる。そのため、港湾の使用の保証と通商ルートの封鎖をしないことを条件に承諾した。米英も日ソと対立する気はないようなので、これらの条件はあっさりと応じてくれた。


ソ連は現在も中東侵攻を続けている。侵攻状況は、イラン、イラク、シリア、サウジアラビアは既にソ連軍が占領後に王族を全員追放、親ソ連の共産主義政権を樹立させてソビエト連邦に編入するところまで完了し、現在はイエメンとオマーンに侵攻中である。

なお、アラブ首長国連邦については早々に日本に仲裁を打診し、日本側は油田の共同開発と、日ソと同様の通商条約、軍事同盟の締結を条件にソ連との仲裁に応じ、独立を維持している。


イギリス側の主張としてはソ連軍が中東から完全に撤退することを要求してきたが、ソ連は当然これを拒否。

イエメンとオマーンからは軍を退く代わりに、ソ連に編入済のイラン、イラク、サウジアラビアについては今後米英から干渉しないことで合意した。

イギリスにとってほとんど交渉にもならずに、一方的にソ連の主張を受け入れる結果となったが、現在中東でソ連と戦う余力は残っていなかったので、ソ連の強気な態度に屈するしかなかったのだ。


最終日の3日目はソ連とイギリス抜きで、日本とアメリカだけでの会談となった。

日本からアメリカの復興支援として、無利子の復興国債を円やドルではなくゴールドで日本銀行が購入する代わりに、購入した復興国債でニューヨーク連邦準備銀行の株式の15%を日本銀行に割り当てるよう提案した。

この提案が日本にとっては今回の会談の一番重要な議題だった。アメリカ連邦政府は今回の戦費を集めるのにかなり苦労したため、各連邦準備銀行に保管してある金を担保に戦費を借入れていたが、日本はその担保に差入れた金は既に大半が存在しないという確実な情報を掴んでいた。

この情報が公になれば連邦準備銀行の信用は失墜し、国債の引受先がなくなりデフォルトする可能性もあるので、情報公開をチラつかせて、アメリカ政府が担保に差入れた同額のゴールドを支払うことを提案したら、渋々ながらこの提案に応じた。

ほとんど脅迫のようなものだったが、元の世界でアメリカが各国にやってきたことと同じだ。これでアメリカは今後、日本に対して強引な金融政策や為替操作を仕掛けてくることは難しくなるだろう。


最終日には日本が主催の晩餐会を開催して、3日間の会談は予想していたよりも荒れることなく穏やかな雰囲気で幕を閉じた。

戦争終結まであと一歩のところまで来た。あとは連合国がパリとシチリア島を制圧したら第二次世界大戦の終結宣言が出されるだろう。

米ソ冷戦や日米冷戦の可能性も今回のマルタ会談の結果ほとんど消えたので、戦後の世界の流れは俺たちが全く知らないものとなるだろう。

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