九.答え
卯月。村では桜の木々が薄紅色の蕾を綻ばせ、春を待ちわびた草花が土の中から顔をのぞかせている。
紅悠の試用期限が終了するまで、あと一週間。
ここの所紅悠は部屋に籠りがちになり、これまで以上に熱心に村の仕事に取り組んでいた。
「紅悠様、お茶をお淹れしましたよ」
圭の声と襖の開く音に、紅悠ははたと顔を上げる。
「ありがとうございます、圭様。…もう、そんな時間でしたか」
「まあまあ。紅悠様まで、昔の律様みたいなことを言わないでくださいな」
くすくすと笑いながら、圭が湯呑に茶を注いだ。
「なんだってそんなに、根を詰めていらっしゃるんです?」
その言葉に、お茶に口を付けていた紅悠は、一瞬動きを止める。
「…私が居なくなれば、この仕事はまた、旦那様が行うことになりますから。だから、試用期限が切れる前に、出来るだけ片付けておきたくて」
それまで穏やかに微笑んでいた圭が、目を丸くして紅悠を見やった。
「えぇっ?それじゃあ…紅悠様、お国に帰ってしまわれるのですか?」
紅悠は、静かに頷く。
「試用期間が終わったら、ここを出て行くつもりです」
「そんな…律様は、なんと仰ってるんです?」
おろおろと落ち着かない様子の圭に、紅悠は微笑みながら首を横に振って。
「何も。…旦那様は、優しい方ですから」
狐族の国に戻ったとしても、紅悠の居場所など何処にもないことを、律は知っている。それなのに、紅悠をここから追い出すような真似を、律に出来るはずがない。
「でも、私はこれ以上、旦那様のご迷惑にはなりたくないんです」
「迷惑だなんて…!これまで紅悠様が、どれだけ律様を支えて来られたか…!」
紅悠がここへ来てから、律は見違えるように、穏やかに微笑むようになった。紅悠を見つめる律の眼差しを見ていれば、その想いは一目瞭然だ。
そしてその想いはきっと、紅悠も。
しかし、紅悠はまた、首を横に振る。
「私がこのままここに居れば、旦那様や藍龍族の家名に、傷をつけてしまいます」
「誰がそんなことを!私は…いいえ、この村の住人は誰一人、そんなこと思っちゃいませんよ!」
圭は珍しく顔を真っ赤にして怒りながら、紅悠の両肩をがっしりと掴んだ。
「いいですか。ここを出て行くとおっしゃるのなら、その前に律様ときちんとお話しになってください。お互いの気持ちを確かめないままお別れだなんて、私は許しませんからね!」
まくしたてるようにそう言うと、息つく間もなく、圭は部屋を飛び出して行ってしまった。
残された紅悠は、湯呑を手に、呆気にとられるしかなかった。




