8-4 試用期限
*❀٭*❀٭*❀٭*❀٭*❀٭*❀٭*❀٭*❀٭*❀*❀٭*❀٭*❀٭*❀٭*❀٭*❀٭*❀٭*❀٭*❀
自分の想いを伝える。それは律が、最も苦手とすることだった。
思えば昔から、周りの大人には“聞き分けの良い子供だ”と言われてきた。家には幼い兄弟が多く、律は早く一人前になる必要があったのだ。
父も母も、責任感の強い律に期待していたのだろう。その期待に応えるべく、律は子供の頃から学問に打ち込んだ。父に欲しいものを強請ることも、母に甘えることもなく。ただ、良い成績を取れた時の両親の笑顔が、嬉しかった。
元々、何かに執着するということがほとんどない律である。気付けばいつも、耳を傾けるのは他人の気持ちばかり。心を押し殺すうちに、いつの間にか律自身ですら、自分の気持ちが分からなくなっていた。
しかし、今回ばかりは、違った。
これまで沈黙し続けていた心が、明白に訴えている。紅悠を、帰したくないと。
律にさえ見放された心を救い出したのは、紛れもなく紅悠だった。何でも一人で背負ってきた律に手を差し伸べ、一緒に荷物を持ってくれた。
紅悠が隣に居てくれるだけで――その笑顔を見るだけで、胸に広がるこの温かさが“安らぎ”なのだと、律は初めて知ったのだ。
紅悠のことを、愛している。そう理解するのに、十分過ぎる感情だった。
だが――果たして紅悠にとって、律はどんな存在なのだろうか。
その答えを聞くことが、怖かった。
紅悠にとって、この結婚にどれほどの意義があるだろう。律は王族とは名ばかりの、しがない首長に過ぎないのだから。
富も権力も名声も無い、”落ちこぼれの律”。これまでだって、紅悠に助けられてばかりだった律が、これから紅悠のために、一体何をしてやれる?
もし、紅悠に「帰りたい」と言われたら、律に引き止める術はない。何も言わずに離縁してやることが、紅悠の幸せだとしたら――こんな独りよがりな想いなど、伝えるべきではない。
ようやく、自分の気持ちに気付けたというのに――また、殺すしかないのだ。それは、紅悠がここに来る前までの律と、何ら変わらない。
だとしたら、せめてこの試用期間が終わるまで。
その最後の一日までは、紅悠に傍に居てほしい。
それが、律の精一杯の願いだった。




