8-3 試用期限
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「律、ここに居たのか」
王宮と別棟とを結ぶ渡り廊下で一人佇んでいた律に、翠が駆け寄る。
「藍龍族のお偉い方は、随分とお暇なようだね。また、いらぬお節介のために君を呼び出したんだろ?」
翠の言葉に、律は思わず苦笑する。
「全く、いつもながら情報が早いな」
「ここのところ、王宮でくだらない噂が出回ってたからね。粗方想像は付くさ」
この渡り廊下は、今やすっかり寂れた古文書保管庫へ通じるもので、仕事柄使うのは翠くらいだ。
一人で考え事をするには静かでちょうどいい場所だと、いつか律にも話したことがある。
「しかし、藍龍族の連中も利口とは言えないね。結婚するか否か、判断するのは当人同士のはずだ。そうきっぱり言ってやればいい」
「勿論、そう言ってさっさと出て来たさ。そもそも紅悠は落ちこぼれなんかじゃない。上層部からとやかく言われる筋合いなんてないんだ」
「…ふむ。そう言う割には、どうも浮かない顔をしているね?」
翠が律の顔を覗き込むと、律は溜息を一つ吐き、俯いた。
「…上から何と言われようと、俺は構わない。だが、この先紅悠が、心無い噂にずっと苦しむことになるとしたら…」
「そんな噂、連中だって紅悠さんの仕事振りを知れば何も言えなくなるさ。気にすることないんじゃないか?」
翠が軽やかにそう返すものの、律の表情は晴れない。
「おや。まだ何か、気がかりなことでも?」
怪訝そうに尋ねると。
「…このまま龍族の国に居ることが、果たして紅悠にとって幸せなのか?」
石造りの渡り廊下に、乾いた春の風が吹き込む。
「両皇帝の間でどんな密約が交わされたか知らないが、これは明らかに政略結婚だ。紅悠は、両国の人身御供にされたようなものだろう。…俺はともかく、紅悠がそんな仕打ちを受ける理由なんてない。狐族での誤解さえ解ければ、もっと条件の良い縁談だって…」
その言葉に、翠は呆れたように口を開けて、やれやれと肩を竦めた。
「…全く、君の悪い癖だね。相手の気持ちを推し量ってばかりで、いつも自分の気持ちに蓋をしてしまう」
困ったように笑いながら、律の横顔に語り掛ける。
「紅悠さんがどう思っているかなんて、本人に聞いてみなきゃ分からないじゃないか。…それとも、紅悠さんから『国に帰りたい』とでも言われたかい?」
「…いや、そういう訳では」
すると、翠はにこりと笑みを浮かべ、手摺に両腕でもたれかかった。
「じゃあまずは、紅悠さんの気持ちをきちんと確かめなきゃね。その上で、君の気持ちをちゃんと伝えること。『これからも一緒に居てほしい』ってさ。」
隣で律も、同じく手摺に身体を預け。
「そうだな…」
視線の先には青い山脈が連なる。あの峰を超えた先には、紅悠が生まれ育った狐族の国があるはずだ。
そして律は翠と別れ、王宮を後にした。




