ライブ後
そして、五曲目、六曲目と僕がソロを独占し、無事僕たちのステージは終わった。
「無事?なのか?」
疑問は残ったがとりあえず終わった。しかし、ステージの興奮が冷め、それと同時に酔いも冷めてくると、むくむくと不安が湧き上がってくる。
「・・・」
僕たちは大変なことをしてしまったのではないか。僕たちは、神聖な舞台を流血デスマッチにしてしまっていた。ここは、数々の有名人たちが立った神聖なステージ――。
「それを・・」
思いっきり、しかも、実際の血で汚してしまっていた。
「怒られる・・」
なんだか怖くなってきた。僕は、絶対に怒られると思った。そして、出入り禁止になるのではと不安になった。ステージ上で格闘技みたいなことをやってしまったのだ。しかも流血までして。ここはハワイアンパラダイスではない。
大物ミュージシャンも多数出ている伝説のライブハウスだった。どこか気品のある店の雰囲気も壊してしまった。
バンッ
その時、奥の扉が勢いよく開いた。
「うわっ」
そこから出て来た男を見て僕は驚く。強面で屈強そうで身長もデカく、百八十以上ありそうだった。
「あれがここの店主だ」
ジェフが言った。
「ええっ」
カフェ・ホワッ?の店主は、そのまま怖い顔で僕たちの方にずんずん近づいて来る。
「わわわっ」
絶対にこれはやばいと思った。僕はビビる。しかし、隣りの涼美は、まったく平然とすました顔をしていた。まったく動じていない。どんだけ神経図太いんだ。
「君たち」
「はい」
ビビりの僕は、声をかけられただけでちびりそうになっていた。見ると、ものすごい形相をしている。絶対に怒られると思った。これは怒られ、下手したら殴られ、そして、二度と来るなと言われ、絶対に出禁になる。そう思った。歴史ある有名な場所での最初で最後の出演。それがこんな形になろうとは・・。
「君たちおもしろいね」
「はい?」
店主はにこりと笑っている。
「・・・」
ここの店主さんもハワイアンパラダイス同様、大らかな人だった。数々の有名人や癖のある人たちを見て来た人だけに非常に大らかな人だった。
「怒られるかと思った」
「これは地顔だよ。よく怖いって言われるんだ」
「そうだったんですか・・」
僕は滅茶苦茶ホッとした。しかし、滅茶苦茶紛らわしい。
「昔、君と同じように血を流しながらギターを弾いていた人がいたよ」
店主が僕を見た。
「えっ」
「遠藤路郎、知っているかい」
「・・・」
僕はその名前を聞いて固まる。知っていた。知っているなんてものではなかった。僕はその名前に呆然とする。まさかここで路郎さんの名前を耳にしようとは思ってもいなかった。
僕は路郎さんのライブを生で、しかもすぐ目の前で見たことがあった。その時の衝撃は忘れない。いや、忘れられない。
すべてがぶっ飛んでいた。路郎さんは、僕の世界観を一瞬ですべて塗り替えてしまった人だった。
「うっ、ううっ」
その時、僕は急にお腹に違和感を感じ前屈みになる。
「どうしたんだい」
「ううっ」
なんだか急に気持ち悪くなってきた。
「うえええぇ」
そして、僕は吐いた。
「汚ねぇ奴だな」
涼美が飛びのくように僕から離れた。
「お前が俺の腹を蹴りまくるからだろ」
僕はそんな涼美を下から睨む。
「あら、そうだったかしら」
涼美はすっとぼける。
「人の腹をバカすか蹴りやがって。しかも思いっきり」
「お前はストラップが高過ぎるんだよ」
「これが俺の位置なんだ」
「小学生か」
「・・・」
確かに少し高い気もした。
「コミックバンドか」
「うるせぇよ」
だが、どう見えようと弾きやすいのだから仕方ない。
「ちょっとはビジュアルも考えろ」
「・・・」
僕の一番苦手な分野だった。
「大丈夫ですか」
「う、うん」
丸ちゃんが介抱してくれる。丸ちゃんはいつもやさしい。
「あ~あ、私のギターが穢れたわ」
だが、涼美は、そんな僕たちの横で自分のギターの尻を持ち上げギターのストラップ止めの金具部分を見て大げさに顔をしかめている。
「俺の血は汚物か。ていうか何で俺の頭より自分のギターを気にしてんだよ。俺は流血をだな・・」
しゃべっているうちになんだか意識が遠のいてきた。
「あれ・・」
意識が薄れていく。
「あっ」
そして、僕は目の前が真っ暗になりぶっ倒れた。
「救急車、救急車、誰か早く救急車」
「・・・」
そんな叫び声が遠くに聞こえて消えていった・・。
「・・・」
僕は病院のベッドで目を覚ます。これで救急車に乗ったのは二度目だな。そんなことを漠然とボーっとした頭で考えていた。
「大丈夫なんですか」
涼美が医師に訊いている。バンドメンバー全員が病院まで駆けつけてくれていた。みんなが僕を心配してくれている。あの涼美でさえもが・・。仲間っていいな。僕は思った。
「貧血だね」
「えっ、貧血?」
「頭ってのは血が出るもんなんだよ」
救急の当直の若い医師が言った。
「あ、そうなんですか」
「それにお酒も入っているしね」
「お酒が入っていると、血が出やすいんですか」
「うん、血流がよくなるからね」
「な~んだ。そうなんだ」
「だから、血の量はすごいけどそんなに傷は大したことはないんだ」
「な~んだ」
それを聞いて、みんなの態度が変わる。
「大したことないんだ。心配して損しちゃった」
「え、おい・・」
「じゃ、電車の時間あるから。あんたはそこで寝てなさい」
「えっ、お、おい・・」
大したことがないと分かると、みんな冷たいものでみんなさっさと僕を置いて帰って行ってしまった。
「・・・」
僕はその背中を呆然と見送った。




