戦いは続く
「ううううっ」
僕は獣のように唸っていた。そして、涼美を後ろから睨みつけていた。
元々、このバンドはジェフが僕のために作ってくれたバンドだ。それが何で、その中心であるべきはずのその僕が、涼美のバックバンドに甘んじていなければならないのか。
不満は、大量の水を得た増えるワカメちゃんのように膨張していた。
「うううっ」
怒りのオーラが、北斗の拳並みに可視化できるほどに僕の全身を覆っていた。僕は、厄介なことに気は小さく上がり症だが、目立ちたがり屋だった。
「絶対に前に出てやる」
そして、僕がソロを弾く。僕は燃えていた。あれだけの蹴りと苦しみを得て尚、僕は燃えていた。
しかし、やはり、今日の涼美には隙がない。
「ググググッ」
何もできないまま、三曲目のソロも終わってしまった。勝ち誇った顔で、涼美が後ろにいる僕を振り返る。その口元には笑みがあった。
「グググっ、クソォ」
悔しいが、だが、成す術がまったくない。僕は涼美の後ろで暗く湿ったオーラを発しながらギターを弾かざる負えなかった。
そして、曲は四曲目に入り、そのソロが来た。この曲は絶対に弾きたかった。激しいロック調の曲でソロも弾きやすく、そして、その時間も長かった。
「うおおおっっ、行ったれぇ~」
僕は前に出た。何の作戦も勝算もなかった。ほぼ抑えられない衝動とやけだった。
「来たっ」
前に出ようとしたその瞬間、すぐに涼美の鋭い回し蹴りが飛んできた。僕は、その涼美の鋭い回し蹴りを、体を横にしてくの字になり、ギリギリのところでなんとかかわす。しかし、さらに鋭い蹴りが逆足から飛んで来る。
「うおっ」
それを今度は逆に身を捻じ曲げなんとかかわす。そして、涼美がキックで態勢を崩している隙にギターソロをねじ込んだ。
「やった」
僕は、やっとギターをソロを弾くことができた。だが、それもつかの間、それをさせまいと、すぐに涼美からさらなる攻撃が飛んで来る。それを僕がよけている隙に今度は涼美がソロを弾く。
「クソッ」
あっという間に、ソロを取られてしまった。だが、僕は諦めない。僕はさらに前に出る。当然それをさせまいと涼美は攻撃してくる。
お互いがギターソロを弾き合いながら、攻撃してはよけ合う、そして、またギターソロを弾くということの繰り返しが展開された。
「弾かせるか」
「絶対に弾いてやる」
もうほとんど格闘技だった。攻撃し、それをかわし、お互いけん制し、距離を取り合い、隙あらばソロを弾き合い、僕たちは、まるでカンフー映画の格闘シーンをやっているみたいになっていた。
「お前ら器用な奴らだな」
ジェフがそんな僕らを眺めながら言う。確かに戦いながらギターを弾くとは、我ながらなかなか器用だった。
しかし、僕たちは必死だった。
「いい加減諦めろ。このカビ野郎」
「俺はソロに命かけてんだ」
僕たちはそんな格闘シーンをステージ上でひたすら続ける。
だが、お客さんたちにはなんのこっちゃ分からない。そんな状況にカウンターやテーブル席で食事を楽しみながら見ていた良識的なお客さんたちは、こいつらは何をやっているんだと訝し気に見始める。そして、当然、だんだん空気も視線もどこか冷たいものになっていった。
しかし、僕たち二人は、ソロの奪い合い争いに必死になり過ぎていて、そんな空気もまったく目に入っていなかった。
僕たちの戦いは、さらに激しくなっていく。一瞬でも隙を見せたらやられる。そんな緊迫した空気が僕たちの間に漂う。ソロの時間は、空気を呼んだ大吾くん、丸ちゃんの計らいで、延長に次ぐ延長だった。ソロがやたらと長いので、客席の空気はさらに冷えていく。
しかし、客席は冷ややかだったが、しかし、そんな僕たちの戦いに、立ち見で見ていた一部のロック好きの若い客たちは盛り上がっていた。
「やれやれぇ~」
「いいぞぉ」
「おおっ、すげぇ蹴り」
格闘技というのは、何か人を興奮させるものがあるらしい。音楽の盛り上がりだけではない、どこか血走った異様な熱気と興奮がその場に湧き上がっていた。
「クソぅ」
しかし、僕はなかなか自分のポジションが取れないことにイラ立っていた。思いっきりソロが弾きたかった。思いっきり自分だけの時間が欲しかった。しかし、今日の涼美はかなりの強敵だった。僕は焦り、強行に前に出ようとした。その時だった。
ガンッ
「あっ」
前に出ようとした僕をすかさず涼美が攻撃し、それを僕がかわし、そのはずみで僕がバランスを崩し、少し前屈みになったその瞬間――、丁度涼美が次の攻撃へと振り返り、その勢いで涼美のギターが膨らみ、その遠心力の勢いのままその尻の部分のストラップをとめる金具が僕の額の真ん中に直撃した。
「うああああぁぁ」
当たり所が悪かったのか、僕の額から、ピューッと噴水のように血が吹き出した。
「うあああああ」
僕の額の真ん中から、ちょっと勢いのあるウォシュレットのように血が噴き出している。
「うわああああっ」
観客も驚く。
「うあああああ」
そして、一回吹き上げた血が滝のように顔に流れ落ちた。僕の顔面は血だらけになった。
「うああああ」
観客もみんなそのスプラッタームービーのような血の量とその姿に驚愕する。
「うおおっ」
その時、涼美もその大量の血を見て一瞬怯んだ。
「今だっ」
僕はその隙を見逃さなかった。その隙をついて、僕は涼美の前に出た。
「あっ」
涼美が気づいた時にはもう遅かった。僕は体を涼美の前に出し、完全にソロの立場を奪取していた。
「うおおおおっ」
僕は、顔面血だらけでギターソロを弾きまくる。今までの鬱憤を晴らすかのように弾きまくる。
「うおおおおっ」
僕はソロを弾きまくる。最初、一瞬あまりに大量に吹き出す血にドン引きしていた観客も、一緒になって盛り上がり始める。血は何か人を興奮させる作用があるのかいつも以上に異様な盛り上がりを見せる。その盛り上がりに涼美はもはや何もできない。僕はその場を完全に制した。
「うおおおおっ」
僕の脳内アドレナリンが火をつけた直後のバルサン並みに最高潮に噴出していた。ただでさえ、酒を飲むと躁状態に近くなる僕の脳天に、さらに、いつにない興奮が突き抜けていく。
「うおおおおおおっ」
僕はギターを弾きまくった。血は僕自身も興奮させていた。
「うおおおおっ」
観客も興奮し盛り上がる。
「うあああああぁ」
僕のテンションは、麻薬レベルで最高潮に達していた。血は僕自身も興奮させていた。いつになく指が動き、気持ちが乗っていた。そんな僕のギターソロに、観客も連動して盛り上がりまくる。
そんな異様な盛り上がりを見せるステージ周りをよそに、テーブル席で穏やかに食事とお酒を楽しんでいた良識的なお客さんたちは、僕の流す血の量にドン引きしていた。しかし、そんなことにも僕の勢いは微塵もそがれることはなかった。
「うあああああっ」
僕の指から速弾き、ライトハンド、スウィープピッキング、すべての技が最高のテンションで繰り出される。その勢いに僕のテンションはさらに上がる。
額の傷は、血が出やすく、しかも、お酒を飲んでいるのでさらに血が流れやすくなっていた。僕の額からは滝のように血が流れ落ち、スプラッタームービーレベルで僕の顔は真っ赤になっていた。しかも、この日、僕は真っ白いTシャツを着ていた。そのTシャツが血で真っ赤に染まり、そのことがさらに、その凄惨さを強調させていた。
「うおおっ、いいぞぉ」
そんな僕の姿に、会場はさらなる異様な興奮状態になっていく。涼美ですらが、もう、僕に畏怖を抱いて近づき難くなっている感じだった。
「ああああっ」
僕は叫んでいた。血は、もう僕を訳分からなくしていた。血が異常な興奮を僕自身にもたらしていた。
「ああああっ」
僕の全身は真っ赤で、ギターも真っ赤だった。
「あああああっ」
僕は、その異様な姿で、地獄の叫びのようにギターを恐ろしいほどのテンションで弾きまくっていた。




