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ソロの戦い

 イントロが終わりジェフが歌い始める。観客の反応がまた一段と上がる。ジェフの持つその天性の歌声に、観客が心を奪われているのが分かった。

 ジェフの日本語はまだかなり怪しいところがあり、歌詞も語尾が間違っていたり適当なところもあるのだが、それをその圧倒的な歌唱力と迫力で、吹っ飛ばしてしまう。ジェフの歌はそういう力を持っていた。

 そして、やはり、どうしても客たちはその隣りの涼美のその容姿に、そのセクシーな姿に目がいく。そして、その涼美の弾くギターの音色に魅了されていく。やはり、涼美は圧倒的存在感だった。ただそこに存在するだけで、主役の座をかっさらっていく。

 だが、酒で気の大きくなった僕はそんなの関係なかった。ソロを僕は狙っていた。あいつの前に出て、今日もあいつより目立ってやる。それだけを考えていた。いてこましてやる。なぜか関西弁で僕は、心の中でほくそ笑んでいた。

 そして、一曲目のソロが来た。

「よしっ、今だ」

 涼美がソロに入るその一瞬の隙。僕は涼美の前に出ようとその身を前に出す。今日もやってやった。

「はははっ、ざまあみろ」

 と、そう思った瞬間。

「ぐほぉっ」

 お腹に激痛が走った。涼美の後ろ蹴りが、ギターの下の僕のみぞおちをクリティカルヒットしていた。僕はいつもギターを高めにしていた。その下の隙を突くように涼美の蹴りが僕のみぞおちの中心に炸裂した。

「うぐぐぐぐっ」

 猛烈な苦しみが僕を襲う。僕は前屈みに崩れ落ち膝をついた。

「そう何度も同じ手に乗るか」

 涼美がそんな僕を見下ろす。

「うぐぐぐっ」

 あまりのクリティカルヒットに、しかも、油断していたせいでまったく防御態勢ができておらず、思いっきり無防備なみぞおちにキックを食らってしまった。

「ううっ」

 まったく息ができない。しかも、涼美は高いヒールの靴を履いていたので、そのヒールの先がまた腹に刺さり、それがまた強烈に痛かった。

「うぐぐぐぐっ」

 だが、僕は死ぬほどの苦しみの中、かろうじてギターだけは弾き続けた。

「うぐうぅうう」

 僕は正に悶絶していた。死ぬほど苦しかった。本気で死ぬと思った。でも、僕はギターだけは根性で弾き続けた。そんな苦しみのバッキングの前で、涼美は気持ちよさそうにソロを弾く。

「うぐぐぐっ、くそぉ・・」

 まるで僕の苦しみを吸い取ってエネルギーにしているかのような軽快なソロだった。やっぱり、こいつは悪魔だ。人間の心を持っていない。僕は悶絶しながら、腹の底からそう思った。

「言っただろ。お前は私の後ろの日陰で、ずっと静かにカビを生やしていればいいのよ」 

 ソロを弾き終わると、悶絶する僕を見下ろすように涼美が言った。

「くそぉ」

 まさか動きを読まれ、反撃されるとは思ってもいなかった。しかも蹴りまで入れて来るとは・・。思いっきり油断していた。

「うううっ」

 あいつの性格の狂暴さを計算に入れていなかった。

「ああ、マジで死ぬかと思った」

 曲が終わった頃、やっとまともに息ができるようになってきた。

「マジで死ぬかと思った」

 本当に死ぬほど苦しかった。強烈な回し蹴りだった。

「いつの間にあんな技を」

 完全に油断していた。

「くそぉ」

 僕は涼美を睨みつける。しかし、涼美は、涼し気な顔でそんな僕を嘲るように見返していた。

「私の忠告を聞かないからよ」

「くそぉ、ぜってぇやってやる。ぜってぇ次こそやってやる」

 そして、二曲目のソロパートが来た。

「よしっ、今度こそ」

 僕は今度は、涼美の左側から回り込んだ。奴の利き足は右だった。

「やったぞ」

 だが・・、 

「ぐほっ」

 また腹に激痛が走った。今度は左足で、僕のみぞおちに後ろ蹴りを入れて来た。

「ぐおおおおっ」

 今回ももろに食らってしまった。息ができない。僕は膝から崩れ落ちる。

「ぐぐぐっ」

 だが、今回も根性でギターだけは弾き続けた。

「ぐおおおお」

 半端なく苦しい。正に地獄の悶絶だった。

「ググぐぐっ」

 死ぬほど苦しかった。僕は悶絶しながらギターを弾いた。

 顔を上げると、涼美が振り返り上から目線で苦しむ僕を嘲笑っている。

「ぐ、グゾォ・・、あぐまめ・・」

 悔しかったが、あまりの苦しみにどうしようもなかった。

「私の前に出ようなんて百年早いわよ」

 曲が終わると、涼美は、まだ膝をつく僕に、上から勝ち誇った顔で吐き捨てるように言った。

「暴力は反則だろ」

 僕はまだうずくまったまま訴える。

「躾けよ」

 しかし、涼美は平然と言った。

「俺は犬か」

「犬の方がまだマシだわ。蹴らなくてもちゃんとおすわりができるもの」

「ぐぐぐぐっ」

 どこまで人をバカにする気だ。僕の怒りは頂点に達した。

「く、くそぉ」

 こうなったら絶対に前に出てやる。もう意地だった。絶対にあいつをいてこましてやる。僕は誓った。

「うう、で、出れん」

 しかし、まったく隙がない。狭いステージ、前に出るスペースは完全にガードされ、まったく前に出られない。ちょっとでも前に出ようとすれば、あの鋭い回し蹴りが左右どちらからでも飛んで来る。

「うう、完全に研究、対策されている」

 涼美なりに色々と考えて準備していたらしい。

「く、くそぉ・・」

 敵ながら、あっぱれ。いや、そんなことを思っている場合ではない。

「うううっ、このままではライブが終わってしまう」

 僕は焦った。このままではソロを弾けないままライブが終わってしまう。僕はソロが弾きたくてうずうずしていた。というかソロを弾くために僕はギターを弾いていた。

 僕は焦る。焦るがどうしようもない。このままでは本当に涼美の影でカビを生やしたままライブが終わることになる。

「もうあそこには戻りたくない」

 僕は小学生の時の学芸発表会を思い出していた。学芸発表会の劇中で、僕は背景役ばかりだった。木、雲、草、月、太陽、それが僕だったし、クラスメイトも全員僕をそういう人間だと思っていた。

 もうあそこには帰りたくない。暗くじめじめとしたカビの生えた場所。誰も見ていない場所。誰からも見えていない場所。いてもいなくても誰も気づかない場所。絶対にあそこには帰りたくなかった。

「もう僕はあそこは嫌なんだぁ~」

 僕は隠し持っていた、酒を思いっきりあおった。


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