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十話 不屈王とエルフの少女

 唾飲む音が聞こえる気がする。

 その異様な二人の雰囲気は会場を完全に黙らすのに充分な熱力だった。


 聞こえるのは風が土をさらう音だけ。

 一番手は屈強な男、恐らく五位の魔王『不屈王』であろう者とエルフのリザ。

 その明らかな体躯の違いを感じさせないぐらい、リザは鋭い瞳で魔王を見つめる。


 ーーリザの身体が弾けた。


 力を溜めたバネから飛び出すパチンコ玉の様に、不屈王に近付いて行く。

 目に追えない、そんな感想を世界は抱きながらその姿を何とか追いかける。

 動かない王は、ふっと息を吐いてその腕を上段へ構える。


 交錯寸前で、リザが大きく方向を変えて男を避ける。

 その男から振り下ろされた手刀は明らかに異常だった。

 ボン、空気が破裂するような音を出しながらその手は赤く発光していた。


「速いな」


 そう一言。

 自分の手刀に気付きそれから逃れたリザに、賛辞を送った。


「ふッ!」


 神速の弓が、男を捉える。

 いつの間に構えたのだろうか。

 リザはいつ放ったのか分からない速度で矢を射っていた。

 弦の音が置き去りになるような奇妙な感覚に会場が徐々にざわつく。


「かッ!」


 何てことはない。

 男はそう言わんばかりに、赤い右手を振るってその矢を叩き落とす。

 ひしゃげて折れた矢が力なく、地へと落ちる。


 一瞬の攻防に世界たちも口を開けて、驚いた。

 リザの弓が凄まじいことを知っている。

 その矢を素手で、何の躊躇もなくあの男は地へと落下させたのだ。

 更にひりつく会場に、リザは今度は連射で答える。


「良い矢だな。迷い無い」


 巨軀を軽やかに操る不屈王は三連射された矢を軽々と躱す。


「では、転じようか」


 さっきのリザより更に速く、そして強い。

 地を蹴り、駆けるとリザの前に既に立っていた。


「待ってましたよ」


 付与の矢の破壊力は言わずもがな。

 至近距離から放つ為にリザはこの瞬間を待っていた。

 怯えることなく、迷うことなく、逸ることなく。

 リザは飛び切りの矢を顔目掛けて射ち放つ。


 黒竜でさえも屠る矢に、エクシスの付与を重ねた矢は確かに。

 いや確実に男の顔を穿ったはずだった。

 爆破の効果をつけた矢は対象に触れてリザを含めて吹き飛ばしたのだから。


「凄まじい火力だ。防御して、腕を渡してなおこれか」


 世界は叫びそうになった。

 あの男はあの爆破を腕一本と引き換えにあっさりと防いだというのか。

 リザはもとより自分も吹き飛ぶ覚悟で放ったはずなのに。

 壁は爆風でメキメキと音を立て、火は大きく男を囲ったはずなのに。


「リザ!」


「駄目よ世界君! 飛び出せばリザちゃんのあれが無駄になる!」


 出て行こう、前へ行こうとする世界をアナシスは必死に抑える。


 大きく吹き飛んだリザは壁に打ち付けられ、よろよろと起き上がった。

 顔は擦り傷にまみれ、新品のマントは土に汚れている。

 腕は力なくだらりとしており、明らかにどこか怪我をしている。


「ラアアアッ!」


 痛みに耐えながらもまだ矢を放とうとするリザは痛々しく、世界はすぐにでもあの腕を治癒したい気持ちで一杯だった。


「その気概は大変良いな」


 不屈王もだらりと片腕を下げながら疾走する。

 不屈、その意味を世界たちも理解していた。

 飛ぶ矢を避けながら、また刺さりながらもその疾走を止めない。


 赤い手刀は確かな殺意を込めて、リザへと向けられる。

 ジジジと、奇怪な音を立てながらリザの首へ。


「くッ!」


 転がるようにそれを躱す。

 蹴りも、拳も何とか躱しながらリザは距離を取る為に加速して跳躍した。

 痛みに顔を歪ませてもリザはその弓を決して離さない。

 射った弓が地に刺さった。

 一瞬にして覆う霧と、姿を眩ますリザ。


「こ、れは!」


 やられた、利を失ったと不屈王は己の甘さを呪う。

 ……霧の魔術をあの状況から行うのか。

 不屈王はまだ戦意を失っていないエルフの少女に心から敬意を払った。


『俺は、抗えなかった』


 魔物組合に捕らえられ、いいように使われてこんな少女とまで戦わなければならない。

 ……不屈王という称号はあまりにも似合わないな。

 そう皮肉を自分で思いながら、霧への注意を怠らない。

 少女からの攻撃の気配はない。

 ならば、不屈王も迷う必要もない。


「霧ごといくか」


 急速な魔力の高まりを感じる。

 男はこの赤い腕一本で魔王に上り詰めた男だ。

 それは風船に空気を詰めていく場面を思い浮かべる。

 膨張し、溢れていくそれは霧で見えていない国民も、世界たちも理解していた。


 恐らく遠くから機を狙っているだろう。

 男は勝手にいや、積み重ねた戦いでそう思い込んでいた。

 この霧は完璧で呼吸の気配も読み取れない。


「魔腕の一振り、受けてみろ」


 コロシアムには魔法で防御壁がある。

 それを破壊しなかねない一撃を男は対面の端に向かって、放った。


 赤の衝撃は霧を一瞬で吹き飛ばし、いや霧を切断していると言うべきか。

 驚愕、異質、異常。

 それは今仲間の勇者ですら、目を丸くする。

 あんなもの、受ければどんな恩恵の魔術であっても貫くのではないか。

 民がいるので、全力ではないかもしれないがそれでもあの小さなエルフを殺すのに充分な威力だろう。

 防御壁内ににいる勇者と道化、そして世界もアナシスもその防御壁を揺らす一撃に驚いた。


「リ、リザあああああ!!」


 世界の叫びが防御壁から響く。



「いや、油断していた。そうか一本取られたか」


 男は霧に紛れ、いつの間にか懐にいた少女にそう告げた。

 霧が晴れ、陽に照らされた緑のマントに驚きを隠せない。


「私の勝ち、です」


 賭けに勝ったのはリザだった。

 全体に放つ術としても魔法としても、その身体の側は安全だと。

 バレれば負けるその賭けに、リザは勇気をもって勝利した。


 防ぐものは今度こそない。

 矢を手に持ち、麻痺の付与を施された矢を不屈王の腹部に突き刺した。


「ああ、降伏だ。……良いものを見せてもらった」


 倒れたリザを抱き、不屈王はその必死のリザに屈した。

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