十一話 魔法対戦
「ふざけるな! ふざけるな! ふざけるなあああ!」
地団駄を踏む第一王女は確信を裏切られ憤怒に燃えていた。
魔王がエルフに相打ちだと?
ふざけるな、そんな手緩い事は許されない。
不屈王が手を抜いたか、それともあの儚げな姿に感化されたのか。
憤怒の王女は怒りと共に、その魔王の情けなさに歯を軋ませた。
「聖戦中の治療認めない。両者とも運び出し別の防御壁に入れておけ!」
荒々しく命令し、呼吸を整える。
「慌てる必要はないわ。ここからは『色』と勇者なのだから」
離れて座っている第二王女は悲しげに、手をずっと結んだままだ。
「リザ様……!」
その目はもはや敵を見ていない。
その目で捉えているのは、第二王女ナイラの頼れる騎士たちだけだった。
「さて、世界君私が行くわ。一言かけてくれて良いのよ」
「アナシス、次頼む。怪我すんなよ」
本当は今すぐにでも俺が出たい。
リザの容態はここから見えるが治療も許されず、腕は変色していた。
覚悟していたはずだ。
俺は自分の顔を叩いて、気持ちを切り替える。
これが終われば、俺が治してやるからな。
「すぐに終わらせるから、そこで見てて」
沸き立つ国民たち。
当たり前だ。
リザはあの五位をその力によって降伏させたのだから。
けれど、今はそんな事はどうでも良い。
俺は結果よりもリザが心配で仕方なかった。
速く、少しでも早くこの戦いを終わらせなければ。
「久しいな。二位の」
二番手は道化の仮面だった。
不自然な赤と黒の衣装に、左右の長さが違う腕と足。
よたよたと歩く姿は、色の組織の者には見えない。
けれど溢れ漏れる殺気が、この離れた防御壁まで伝わってくる。
「誰かしら。私は興味のない者はすぐ忘れてしまうのよ」
「そうか。なら、これでどうだ」
ペロリと男は野太い声でそう言って仮面を外す。
「あ、あああああ!」
叫ぶ国民。
俺だってあれを見たら叫びたくなる。
だって、道化は顔の半分が、一つの部位も残さずに無いのだから。
「シグハルト。地に落ちた闇の魔法使いかしら」
「覚えてくれていて光栄だよ。おっとこれはいけないな。この顔はどうも嫌われるらしい。それと、間違えないでくれ。シグハルトという名は捨てた。黄、それが今の私だ」
ひょいと仮面を拾い上げて饒舌にそう語った。
誇りある名だと、そうアナシスに告げて。
「くだらない」
そう吐き捨て、アナシスは魔力を高めていく。
黄はそれを見て高らかに、ファンファーレのように笑いながら同じく吐きそうになる魔力を解放した。
「ッ!」
なんつー魔力だ。
全身を針で刺されるような痛みに襲われる。
二人の魔法使いは確かにその力を本気で振るうらしい。
防御壁がなければ焼けてしまいそうになる。
二人は見合ったままその指は動かない。
間が場を支配する。
「時止! 支配剣!」
「疾走! 魔獣杖!」
時が止まり、再び加速する不思議な空間。
そこに現れる巨大な魔法の剣と、馬鹿でかい杖は指先一つで操られていく。
「ふん! 分裂!」
まだ二人は一歩もその場から動いていない。
剣はアナシスを守りながら、指示に従い数を増やしていく。
青、赤、黄の色の同じ大きさの剣は杖をすり抜けて道化を狙う。
「暗穴」
ブラックホール、か。
剣は道化によって呼び出された小さく黒い穴に吸い込まれていく。
「緋王秘宝」
「魔盾」
高速のスペルから生み出される、魔法の戦いは俺の想像を遥かに超えていた。
リザと不屈王の戦いが肉体から超越したものなら、この二人の戦いは神が作った幻想と思えてしまう。
アナシスの指先から放たれた赤き流星は、黒く先の見えないような色をした盾に当たると霧散した。
俺は開いた口がいつまでも閉じない事も忘れ、息を飲む。
「暗黒鎌」
「夢幻」
今度は道化が攻勢の為に闇の鎌を持ちだし振るう。
だがその鎌は切り裂く対象を見失い、浮遊するだけだ。
アナシスがそこに居るのにまるで違う何かを探しているようで。
そして先ほどまで確かに戦っていたはずのアナシスの体が砕け、黄金の鳥が舞う。
「やはり幻術。まさに幻想魔女か」
「舌を噛まないことね。雷鳥!」
砕けて現れた三羽の雷の鳥は羽を広げて、道化に向かい飛んでいく。
「見つけたぞ!」
鎌は主人の意図を汲み取ったように、無空を切り取った。
「時止。複数弾」
一つ一つが大魔法に値するであろうその四つの光球は、己を切り裂こうとする鎌を弾く。
球は弾いた後に重なり合う。
なんだあの巨大な光の球は。
「小賢しい! 闇門兵!」
巨大なゴーレムが盾になり、光球から道化を守る。
散り散りになる石の破片と、舞う砂塵。
その視界はクリアになったが、そこには二人の姿はない。
「ここは……まさか転移空間魔法か! 良いぞ、もっとだ。まだ私は高みに行ける」
「あら、怯えないの? ここは私の創り出した空間なのだけれど。まぁ、あんまりこの姿を見せる訳にはいかないのよね。世界君に嫌われちゃうし」
紫の空間に敵対する二人はいた。
二位の看板は伊達ではない。
視界を遮るその一瞬で、自分の足元と黄の足元を転移させこの空間に引きずり込んでいたのだから。
「ほう、そこまで気になるか? あんな魔力の波動を感じさせぬ下位の小僧が。ここからでも私が狙えば殺せるぐらい脆弱だかな」
アナシスには欠点があった。
それはスロースターターな点だ。
魔力の高まりは使うことによって行われ、初手から全力を出せるわけではない。
ゆっくりとテンションを上げる為に、最高の調子にするにはどうしても時間がかかる。
「世界君を、殺す?」
唯一、アナシスをマックスのポテンシャルにするのなら。
その乙女の胸にある地雷を踏みぬくことだ。
そもそもこの空間に引きずり込んだのも、自分の力を発揮するように時間をかける為。
この空間であれば、外の世界と時間の流れは違う。
世界たちがいる空間でいう一分が、ここでなら五分になる。
「ああ、無駄だろう? 二位の力があれば空間さえ掌握し時の流れさえも変えるのに。あんなちっぽけな下位の魔王に従うお前は哀れだ。む……!」
けど、もう時間はアナシスには要らない。
この男はバキバキに踏み抜いた。
思い慕う最下位の魔王、闇野世界のことを。
その力に惚れ込んだアナシスの前で、そんな男はちっぽけだと。
高まる魔力にいささか顔をしかめるが道化は話を続けた。
「何度でも言おう。あの男はお前に必要ない。孤高であるからこそ幻想魔女なのだから」
この道化もまた変わり者である。
不利は承知の上で、アナシスを挑発していた。
力を見たい、魔法で右に出るものなしと言われた力をこの目で見たい。
黄と名乗った男は生粋の狂人だった。
「馬鹿に、するな」
アナシスは本気で闇野世界に惚れていた。
終わらない繰り返しの世界の中で、退屈に過ごしていたアナシスは一人の必死に足掻く男に夢中になった。
誰よりも強く生きる意志を持ち、不憫な男。
もしかしたら、そんな男がこの鬱屈な世界を変えてくれるのではないかと。
いつ消えても良いと思っていた、そう冷えていたアナシスの心を溶かしたのは他の誰でもない。
魔王序列第七位 闇野世界
ただ一人だ。
「何の価値がある。足掻き必死に生きようとする脆弱な男に。どれだけ必死になろうが世界の在り方はもはや変えられない。それが分からない小さな男に!」
「私はそれに価値を見出しているの。だから、だからこそ彼に私は着いて行く。この世界が変えられなくても。私は彼を信じてる」
「無駄だと、言ってるのが分からんかッ!」
男が放った闇の散弾はアナシスに触れることなく、存在を消す。
「私も、何かの為に必死になって生きていたいの。……さよなら、多分昔の私なら楽しんで戦っていたと思うのだけれど」
紫電が空間を支配する。
時は捻れ、空間はその存在が虚ろになっていた。
アナシス・マジクは龍の鱗を全身に纏い、最後の紫電の一撃を道化に与えて、静かに戦いは終えた。




