十一話 魔王は人間じゃない
感知した先に向かう為、草を掻き分け、石を蹴り飛ばす。
ガヒュー、ガヒューと呼吸か何か分からないそんな不思議な音が聞こえてきた。
「あれはサイクロプスね。単眼の化物が今回の課題という感じかしら」
アナシスが耳元で俺に囁いた。
あのー、距離近くないですかね。
一歩分離れて、っと。
「まじか。随分でかいぞ、あいつ。俺を縦に三人分並べたくらいあるんだが!」
五メートルを越す単眼の魔物は、その大きな目玉をギロギロと動かしながら地を踏みしめる。
動く度に地震が起きているような、そんな錯覚すら起こしてしまうような巨軀に思わずたじろいだ。
「世界様、後ろのあれです。もしかしてあれが今回の目的!」
サイクロプスの後方に大きめの木箱が見える。
露骨というか、分かりやすいというか。
絶望感で言えば十階の方が大きかった。
今回の難所はサイクロプスではなく、どこまでも続くこの森林だろう。
けれどそれも、ネオウルフやケルベロスやエルフに襲われたあの森ほど酷くはない。
「さくっと回収しましょうか。みんなにも少し見せちゃったから、もう私が気配遮断のスキルであれ取ってくるわ」
本当にカレンは努力だなぁ。
きっとコツコツとみんなに見えないようにスキルを習得したのが目に見える。
サイクロプスとの距離は五十メートルもないくらいだった。
「じゃ、行ってくる」
そう言ってスキルを発動すると同時に加速する。
結論から言えば、気配遮断は便利だった。
気付かれる事もなく盗人のように箱を持ち出し、あっという間にカレンはこちらに帰ってくる。
「アナシス、見てもらって良い?」
「分かったわ。では、ちょっと開けるのは待ってくれるかしら。……ん? 残念ながら中は空っぽみたい。けれど、どんな細工があるか分からないのだし。これは凍結させておきましょう」
素早くアナシスが箱を触りながら確認して、凍結魔法をかけた。
カレンは少ししょんぼりとしていたが、おかげで戦闘にならずに済んだので良しとしよう。
すると、サイクロプスは木箱がない事に気付いたらしく雄叫びをあげた。
「グググググググッ!!」
耳がビリビリと電撃でも受けたかのように震える。
「ガアアアアア!!!」
木とも呼べる棍棒を振り回して、辺りを探し始めたので素早く退去しようとするが、先にサイクロプスが俺たちに気付いた。
意外と鋭いな。
「もしかしたらアナシスの言ってた通りあいつを倒せば、ここもクリア出来るかもしれないな」
俺は逃げる選択肢を捨てて、立ち向かう判断を下す。
それは全員にも伝わったのか、誰一人逃げ出そうとする者はいなかった。
「よし今回は俺が行く。ちょっとお前たちに任せすぎたしな」
ここまで大振りなら、そうそう当たる事もないはずだ。
けど、どうしよう……!
ダメージがないから、何も出来ない!
みんなを背にサイクロプス向かって走ってきたのは良いが、これでは何の役にも立たない。
始め使っていた槍もいつしか使わなくなったので置いてある。
覚悟を決めた。
「……うっし、一発殴られておくか」
自分でも何を言ってるのか、さっぱりだし全然理解もしたくないが、うだうだ言ってられない。
俺は眼前に迫る棍棒を、大に広げた手でーー。
「へぶっ……!」
ああ、潰れるとはこういう事なんだな。
人がハエを潰す時ってあるだろ。
まさにそれを思い出した。
普通の人間なら即死のそれを受けて、俺はまだ生きていた。
潰れた臓器は一つ、また一つと再生し始めている。
もう自分の体が気持ち悪いよ……。
痛いとか、もうそんなものは通り越えた。
いや、死ねないんだけどね。
「あっ、あ……!」
声は出ない、というか潰されていて出るわけない。
痛いって口にすら出来ないってこんなにも辛いんだなあ。
脳に痛みをシャットダウンして欲しいが、俺のスキルでそれが叶えられるとは到底思えないので、ボロボロの体で立ち上がる。
「きゃああああ! 世界が、世界がアンデッドゾンビみたいになってるうううう!」
「エクシスは見てはいけない、あれはまだ早い」
「リザちゃんも見てはいけないわ。というより人類にはまだ早いと思うのだけれど」
声から察するに見せられないよ、みたいな感じだろうな。
多分モザイクとかかかるタイプの損傷だよね、これ。
ゆっくりとゆっくりとサイクロプスに近付く。
幸い目はまだ見えてる。
「ググ……! ぐ、グ」
酷く怯えるサイクロプス。
いや、魔物をそこまで怯えさせる俺の姿ってどんなんだよ。
左手でダメージ変換している余裕はないので、右手で触れて、痛みを取り除く事にした。
そういや、これどんな判定になるんだろう。
俺の痛みは一箇所ずつしか与えらない。
もしかして、細かい判定なら……。
待て! 慌てるな俺!
大丈夫なはずだ、棍棒で一振りによるものだから恐らく一回でいけるはず。
「あ、あっ、ああ!」
声は出ないが、とりあえず震えるサイクロプスに右手添えた。
ーーよし、発動!
「ググググ……ガアアア!!」
ぶくぶくと泡を吹き、ぶっ倒れるサイクロプス。
いやあ、今度こそ死ぬと思った。
これ死ぬまでに何回言わなきゃならないんだろうな。
サイクロプスは痛みでさらさらと砂に変わった。
きちんと倒したのだろう、俺は安堵のため息を吐く。
「申し上げにくいのですが……世界様、本気で人間やめましたよね」
「っていうか、もう身体の構造が人じゃなくなってるんだと思う」
「たまに世界さんみたいな人を怪物って言うんだろうなって思います」
最初からずっと俺の能力を知っているエクシスやカレン、リザが労い……じゃない。
あれ? これ完全に、純然にディスられてるよね。
「闇野、お前が本物の魔王だ。魔物が本気で怯えるなんて考えられない」
レイオンさん、何やら嬉しげに言ってるけどそれフォローになってない!
むしろ俺って魔王の中でも頭とか見た目がヤバい奴みたいになってるからね。
「世界君はやっぱり不憫可愛い! ふび可愛いのだけれど! あっ、出血した分の血は私が補給しておくわね」
意味の分からない造語はやめてくれ。
ねぇ、俺の事本気で好きなの?
同情どころか、喜んでるアナシスを見るともう好意って何なんだろうって思う。
愛って血を与えるくらい歪なんだな……。
けれど体は正直で、治癒魔法により全身に血が巡っていくのが分かった。
『地下九階、クリアです。最速タイム更新。このまま続けますか?』
やはりサイクロプスの退治が九階のクリア課題だったか。
俺は多分、こういう一対一の方が得意なんだろうな。
多人数になると、やはりダメージ変換を使うしかないのか……。
『続けますか?』
「うるせえ、続けてやるよ! コンチクショウ!」
俺はこちらからの声は聞こえないであろうアナウンスに、そう吐き捨てた。




