あの娘は純な子じゃけえ!
「フェルナンドは大丈夫かな?」
とはいうものの、ガートはあまり心配していない。
ガートは男の子なら、自分と同じ程度には丈夫だと思っているのだ。
バカだから。
「おなかが減ったら帰ってくるでしょ」
グロリアーナも完全に興味がなさそうだ。
グロリアーナは庶民がどうなっても、あまり気にしない。
特に男は、3日寝ないで走り続けても大丈夫だと。言っていた。
この女もちょっと躾けないといかんな。
隷属の法術が発動しない程度にだけど。
「しかし、驚いたな。帝都最大の闇ギルド“宵のレコンキスタ《ノーチェ・レコンキスタ》”のギルドマスターがお出ましとは」
「ガート知ってるのか?」
「まあな、ギルバートのところで手伝いしてた頃に聞いたことはあった。“悪すぎてうわさにならないくらい悪い”ってギルバートは言ってたぞ?」
「ギルバートも大変だな…」
多分、マネーロンダリングとかいろいろ悪いことをしていると伝えようとしたのだろうが、ガートの頭が悪すぎて無駄だと悟ったんだろうな…
ギルバートの苦労がまた一つ垣間見えた気がした。
グロリアーナはあの時、ダニエルを娼館にやって、娼館とそのやり手婆から隷属魔法を使える男。ダックワースを連れてきたらしい。
ちなみに、ダニエルはダックワースを連れてきた後、娼館に戻り朝まで帰ってこなかったらしい。
ガートによればグロリアーナから「もげそうになるまでおしおき」されたらしい。
でも、お姉さんとXXXしてて蟲まみれになったダニエルも不憫だけどな。
できるものもできないわ。
「でもあの町にいるなんて知らなかったな」
「そうなのか?奴らの根城感がすごかったけど」
「ギルバートから聞いた話だとな。レコンキスタの連中は普段ハルメンソーン領で悪さしてるって言ってたんだ」
「ずいぶん遠くですわね?」
以前見た帝国の地図だと、ハルメンソーン領は北方のローゼンバウム領の近くに面している。
南方のこちらに何の用があったのかは知らないが、運がとても、とても悪かったとしか言いようがない。
「なあ、グロリアーナ。お前を追ってたってことはないよな?」
「あり得ませんわ!私たちがどれだけ庶民になりすますのに苦労したことか!」
…グロリアーナさん。
昨日あなた街で一番いいホテルに泊まっていましたね。
ホテルの中で一番いい部屋を取っていましたよね。
ご飯もおいしかったです。
イノシシのグリエなんて最高でした。
ほっぺたが落ちてしまわないか心配で、何度も頬を触って確かめたものです。
ガルシア印のワインが出てきたのもなつかしかったです。
あれ、年代物ではなかったけどガルシア領で一番高いやつですよね。
で、ご飯の後は、貴族向けのドレスを作ってくれる服飾店からお針子さんを呼んでましたよね?
一番いい生地で俺の仮縫いドレスを作ってくれましたっけ?
仮縫いであれってことは、本縫いならさらにいい生地を使うんでしょうね?
で、闇ギルドの人間に追われていると。
そりゃそうでしょうよ。
「ばっかじゃないの?」
「ちゃんとしてるじゃありませんの!馬車だって家紋のついていない、家で一番汚いものを使ってますし!」
この荷馬車は、大勢で移動するときに馬のエサを積んでおくものらしい。
だから、ちょっと使い込んである感じはあるし、揺れも結構あるけど全然きれいだよこれ。
一般庶民が移動に使う乗合馬車なんてもっとひどいからね。
「馬車以外には?」
「…水筒も冒険者が使うような革製のものを持ってきました。」
「遠足じゃないんだからさ。で、その中身は?」
「ワイン…」
「グロリアーナ。冒険者は水を飲むんだよ?」
「お水…」
グロリアーナははたと、気が付いたような顔をした。
「だからギルドにはお水を汲める場所があるんですのね!」
「…あれは、お手洗いしたときに手を洗うやつだね」
「では、庶民はどこで水を飲むのです!お水がなければ庶民だって死んでしまうのではないですか!?」
グロリアーナは、あああっと手で顔を覆った。
悲劇を見たり。といった顔をしている。
どんだけ庶民を見くびってんだよこいつは。
なんか、浮世離れしすぎて腹立ってきたな。
「グロリアーナ。庶民はな。悲しいけど水を飲むのにも苦労するんだよ。城壁を出て、森に行ってな。水をたらふく飲むんだよ。それで1週間は我慢する。」
「う…そ。帝国は何をしていますの…渇きにあえいでいる町衆を放っておいて自分たちは贅沢三昧。悲しいけど、私たちは結局お飾りの貴族ということではないですか。」
「そうだな。俺たちはそんな世界を変えないといけないんだよ。グロリアーナ。俺たちならできる。頑張ろうよ!!」
グロリアーナはハンカチで涙をぬぐった。
「…そうですわね。タクミ。これからよろしくお願いしますわ。」
「グロリアーナ様!それは嘘です!だまされないでください!」
幕がかかっていて見えないけど、御者台からダニエルの声がした。
ああ、さっきから姿が見えないと思ったらダニエルが荷馬車を見てたんだな。
「嘘?」
俺が怒られるのかと思ったけど、グロリアーナが睨んだのはダニエルのほうだった。
グロリアーナはなにを言ってんだこいつ殺すぞ。って顔で幕を睨んでいる。
ダニエル信頼なさすぎだろ。
グロリアーナもお忍びで連れてきたにしては全然信頼してないな。
なんかあったのか?
あ、昨日の件か。
まあ、お嬢様育ちのグロリアーナからしたら、従者が主の危機の時に娼館にいたら、ちょっといやだよな。
もし、俺が寝てるときにフェルナンドとかガートがそういうお店に行っていたら…
いや、どうもないな。
「グロリアーナ。ごめん嘘だ。庶民は樽か瓶で水を買ってる。」
これは本当だ。
水が豊富なところなら井戸から直接飲むこともあるけど、南方にそういう街は少ない。
ガルシア領の城下町にも井戸はあったけど洗濯とかにしか使ってなかったしな。
「タクミっ!!あなたは私を心配させたり、怖がらせたり、嘘ついたり!なんなんですかっ!」
「え、あ、グロリアーナ…そのごめん…」
グロリアーナは泣いていた。
ろくな従者も連れずに一人でワイバーンを狩りに来て、
変な庶民(俺たち)にぼこぼこにされて、
その変な庶民の親玉(俺)が異世界からきてガルシア家とやりあってる国際指名手配のテロリストみたいな危険人物で、
その親玉をやっと自分のものにしたと思ったら闇ギルドの人間が集まってきて、
ぼこぼこにされて、
蟲まみれにされて、
荷物も自分で燃やしてしまって、
荷馬車で逃げるように領土に戻る。
…うん。かわいそうだな。
かわいそうだよ。
グロリアーナはそこそこ腕もあって、美人で、貴族で、お金持ちで、高飛車だからちょっと、きつめに当たってしまっていたけど、俺と同じ女の子なんだもんな。
「三代目兄弟」とか「王と王子」とか好きでもおかしくないくらいの年なんだもんな。
「グロリアーナ。本当にゴメン。ちょっとこのフンイキを変えようと思っただけ。悪気はなかったんよ…」
俺の謝罪にもかかわらず、グロリアーナの髪が赤く光っている。
手には唇を握っている。
「ごめんごめんごめんってば!燃えちゃうタクミの服とか馬車が燃えちゃう!らめええ」
後にガートが「世界で一番興奮したおしおき」を俺は1時間にわたって受けることになった。




