最悪の目覚めじゃけえ!
寒い、手足の感覚がない。
あの男の顔が浮かんだ。
ちくしょう、
あの男のことなんて忘れていたのに、
あの男なんて忘れたかったのに。
夜、寝る前が一番怖かった。
真っ暗な部屋のドアの隙間からもれる光が消える時、あれは何度体験してもなれなかった。
加護なんてなかった、
魔法も使えなかった。
剣も持っていなかった。
頼れる仲間なんて探したこともなかった。
帰りたくない…
俺はこの世界にいたい…
あんな怖い思いはしたくない…
「帰りたくないよう…」
「タクミッ!目を覚ましなさい!」
「タクミッ!」
フェルナンドとグロリアーナの声がする…
体が重い、瞼も開けたくない…
「タクッ?ミ、ミカエラ!ミカエラ!」
ああ、ガートには言ってなかったっけ?
なんで俺はミカエラって言ってたんだ?
ああ、ミヒャエルにばれないためか。
あのボケ。
「…いつかぶっ殺しちゃる…」
「バカ言ってないで目を覚ましなさい!」
頬をぺしんぺしんと叩かれる。
暖かい手が触れるたびに、結構気持ちいいかもなんて思ってしまう。
変態か。
「グロリアーナ様…仕方ありません、私の雷の精霊魔法で少しショックを…」
ギルバートの恐ろしい提案で一気に目が覚める。
目を開けたが、体が動かない。
仕方ないから、出せる限りの大きな声で叫ぶ。
「起きた!目が覚めた!おはよう!」
あらんかぎりの大声を出したつもりだったけど、おなかに力が入らない。
かすれたような、か細い声が出たきりだった。
「タクミ!」
「タクミ!よかった…痛いところはないか?」
「…大丈夫だって、ちょっぴり手が冷たくて、体が重いけど全然痛くない」
「典型的な魔力欠乏だな。やりすぎると命を縮めるぞ?」
俺の視界から消えたフェルナンドが、ガチャガチャという音のあと、小瓶を俺の口に持ってきた。
「魔力回復の薬は切らしててな、とりあえずこれを飲め」
瓶を俺の口に押しつけ、急な角度で傾ける。
塩味が濃い液体が口いっぱいに広がる。
小瓶の中身を飲み干すと、強烈な生臭さが残った。
「うええ、これなんだよぉ…」
「ワイバーンの血だ、血が固まらないようにカンプチーノウルフの唾液も入ってる」
「なんてもん飲ませるんだよ!!」
ワイバーンの血だけでも、気色悪いのに、あの魔獣の唾液?
こいつイッてんのか?
「タクミ。ワイバーンの血は魔力回復薬ができる前から魔力回復の良薬として知られていますのよ?かの叙事詩“ゴーシェンロードの歌”にも初代ゴーシェンロード公がワイバーンの血を部下に振る舞うシーンが…」
グロリアーナの顔が心なしかうっとりしている。
意外にも、ふんふんとおとなしく話を聞いているガートにグロリアーナの相手を任せることにして、俺は、フェルナンドに“別のもの”を出せと顔で合図する。
フェルナンドがまた、ごそごそ荷袋をあさり、干したアンズを俺の口に入れる。
アンズを噛みながら、俺は天井を見た。
この揺れ、それから天井の幌。
俺たちは馬車に乗って移動しているんだろうか。
周りは明るいから、もう朝になったらしい。
昨日のことが悪い夢見たいだな…
「そういえば蟲は?闇ギルドは?」
「…タクミの天候魔法で蟲は全部死にました。闇ギルドのラータ達は”また来る”そうですわよ」
グロリアーナの髪がわずかに赤く光った。
昨日のことを思い出して、“思い出し怒り”しているんだろう。
俺もよくある。
でも、感情が表に出てしまう体質って結構厄介だな…
顔は作れるけど、髪は変えられないし。
何とかしてあげたいけど、これは体質だからな。
加護云々でどうにかできるものだろうか?
「私もハイエルフの雨蛇曝露は見たことがありますけど、ただの雨でしょう?なぜ蟲が死んだのかさっぱりわからないんですの」
「ミカエラはすごいんだな!雨で蟲を殺せんのか!」
ガートがキラキラした目で俺を見る。
まだ、ミカエラとか言っているのをみてちょっとだけ罪悪感を感じた。
けど、面白そうだからしばらく放っておく。
「死ぬわけねえだろ。ちょっと別の加護と法術を混ぜたんだよ」
「天候魔法に加護と法術を付与!?リリエンタールでも無理ですわ!」
「いや、結構簡単にできんのよ。あのな、天候魔法って雲に魔力をぶち込んで雨を作る魔法だろ?水の精霊魔法みたいに威力はないけど、広範囲に雨を広げることができる。」
ミヒャエルだったころ、ハイエルフの天候魔法を見て俺もちょっと勉強した。
要は、雲を杖や剣のように魔法の媒介に使って水を生み出すというものだ。
魔力はバカみたいに必要だけど、理論上はそんなに難しくない。
その雲に“毒物創造”の加護で昆虫にとっての毒“殺虫剤”を混ぜる。
俺のいた世界では“ピレスロイド”と呼ばれる成分がそれで、蚊取り線香の主原料の除虫菊に含まれている。
ピレスロイドは哺乳類には無害。一方で虫には抜群の威力を発揮する。
明治時代に蚊取り線香が誕生して以来、いまだに使われていることからもその有能さがわかるだろう。
この世界にも除虫菊に近いものがあり、その精油はギルドでも虫よけとして販売されていた。
毒物創造で麻痺毒とか神経毒とかは作ったことがあったが、服に染み込んでいたその成分を想像するのはちょっと時間がかかった。
ある意味、グロリアーナが時間を稼いでくれたからできたこと。と言えるかもしれない。
それから、あの時が夜で気温が低く、光がなかったことも幸いした。
屋根や道に降りそそいだ殺虫剤は街に揮発することなく滞留し、朝になるまでその効果が続いたからだ。
あれだけ、大量の殺虫剤が街に降ったら下水だろうが、室内だろうが関係なく効果が出たことだろう。
…まあ、あとかたずけする人にはちょっと申し訳ないけどな。
心から同情するわ。
「まあ、今度ゆっくり教えてやるよ。なんかおなか減ったな」
ワイバーンの血のおかげか体がポカポカしてきた。
「ミカエラ、パンとはちみつならあるぞ」
ガートがナイフでパンを切って、小さな壺に入ったハチの巣をそのナイフで切り載せてくれた。
「ありがとー、ガートえらいえらい」
毛布をはねのけると、ガートの頭をなでてやった。
なんだかすがすがしい気分だ。
「え、あ、うん」
「どした?」
いつもならラブラドルレトリバーさながらに喜ぶガートがうつむいている。
耳も赤い。
「…あっ、あのミカエラ?」
「どした?」
「あのさ、そのまだ寝てなよ」
「なんでだよ」
「いや、それはさ」
「それはねタクミ。あなたが裸だからよ」
そうか、風が気持ちいいと思っていたけど裸だったからか。
ははは、私は春の妖精。
風をみんなに振りまくの!
「フェルナンド。あたしの服を脱がせたのはだれだい?」
「ガート」
「おいっ!嘘つくなよ!お前が“急激に大量の魔力を失った上に、雨に打たれて体が冷え切っている…”って服を脱がして一緒に毛布にくるまったんだろうが!」
ガートがつっこむのを初めて見た。
「女手がありませんでしたから、私がやろうかと言ったんですけどね。フェルナンドは頑なに拒否していましたのよ」
グロリアーナはやさしく微笑んだ。
あっ、こんなに優しく笑ったグロリアーナを見るのは初めてかも。
「タクミ」
フェルナンドが俺の肩を両手でつかむ。
「俺はお前となら一生を共に歩んでもいいと思っている。だからな、その…」
「フェルナンド…あのさ…」
「ん?どうしたタクミ?」
フェルナンドの手を肩からはずすと、ポンと肩を両手で押す。
バランスをくずし、後ろに尻もちをついたフェルナンドに俺はにっこり笑いかける。
「溜まってんなら、走って来いよ」
重力創造で、一瞬フェルナンドの体重が軽くなり、俺は、荷馬車の外にフェルナンドを蹴りだした。
「ターーくーーみーーいい!!すきだーあああああ!」
フェルナンドはしばらく走っていたが、馬車との距離が離れ見えなくなった。




