闇ギルドの長じゃけえ!
「ごめんくださいませ」
入ってきたのは、首元まで覆われたシンプルな白いドレスを着た女だった。
年は50歳くらいだろうか?40歳にも見えるが、実際にはもっと年を取っているのかもしれない。
金髪の髪を頭の後ろで1つにまとめ、アクセサリーの類は一切身に着けていない。
ベルトか帯の代わりだろうか、少し長い縄を腰に巻き付けている。
女が入ってきたすぐ後ろには、男が入ってきた。
女が来ているドレスと同じ質素な白い布でできたローブを身に着けている。
普通のローブと違うところは、袖のふくらみが一切ないところだ。それにフードもない。
服装よりも目を引いたのは、目を紫のバンドで隠していることだ。
目が見えないのか、俺の邪眼のように目になにか魔力が込められているのかはわからない。
2人とも剣はおろか杖や棒すら持っていない。
とにかくこの2人は異質すぎる。
加護を使っても何も見えない。
まるで、石像を見ているかのように、魔力も何も感じない。
グロリアーナも同じことを感じたのだろう。
髪を直すふりをして、耳元のイヤリング型の魔法具に手を触れた。
ダニエルも同じ魔法具を持っていて、グロリアーナの合図でこちらに駆け付けるはずだ。
それに、フェルナンドにガートも一緒にいるはず。
ダックワースを連れて逃げることぐらいはできる。
「お初にお目にかかります。私、|ラータ・コミヤンド・ウン・ガート《猫を食べるネズミ》と申します。こちらは私の従者トリゴ。以後お見知りおきを」
「ずいぶんふざけた名前だなあ、おい」
「もちろん本当の名前ではありませんわよ。」
女ラータは初めて笑顔を見せた。
「馬鹿にしてんのか?」
「しておりませんわ。折角のビジネスチャンスですもの」
俺は鉄器創造で生み出した短剣をラータの喉元に向ける。
一歩踏み出した、トリゴの前にグロリアーナが立ちふさがった。
グロリアーナの唇が開き、トリゴの目の前に突き出した。
扇の先は、そばにいる俺にも熱が伝わるくらい熱く熱せられている。
「消えろ。」
「私は、闇ギルドの長ですわよ?」
「関係ねえよ。消えろ。これが最後だ。」
ラータは右手を挙げて、天井を指さした。
「ご覧あそばせ?」
「引っかかるかよ…うわああああああ」
加護を使って天井を見た瞬間、俺は思わず叫んでしまった。
白かったはずの天井には、何万という蟲で覆われていた。
「これをどかしていただけると嬉しいのですけど」
俺のかたに黄色と赤のムカデが1っ匹落ちた。
考えろ。
考えろって。
俺は必死に自分の頭の中でパニックになっているもう一人の自分を呼び起こす。
今度は俺の髪の上に手のひらくらいある蜘蛛が落ちた。
俺が短剣を落とそうかと本気で思った瞬間。
天井を炎が走った。
炎は、蟲を焼き払いグロリアーナの唇にまとわりつくと消えた。
開いた扇を閉じ、腕を振るってまた再びトリゴの前に突き出す。
「シャンタルメリュー家奥義、|不燃の紅蜥蜴《サラマンドラ・ブレンエイデ 》」
グロリアーナは心なしか楽しそうだ。
まあ、今日は俺達にぼこぼこにされたからな…
「蟲はまだまだいますのよ?」
ラータは首を傾げた。
「やってごらんなさいな。次に燃えるのは蟲だけじゃなくてよ?」
「そーだ!俺もいるんだから!」
「タクミは黙ってなさい!」
ラータは、首を振った。
「トリゴ」
ヒュッと風を切る音がして、グロリアーナは壁に叩きつけられた。
「グロ…」
俺の手から短剣が弾き飛ばされ、腹部に染みるような衝撃を感じた。
「があはっ…」
俺は体を地面につけ、足を振った勢いで起き上がる。
ちょうど、俺が頭をつけていた床にトリゴのかかと落としが決まったのと入れ違いだった。
「素手なら手ぶらでいいよなあ?」
トリゴは無言で手をゆっくり前後にゆすっている。
俺の作った第二の剣とトリゴの拳が交差する。
リーチは俺のほうが長いはずなのに、俺のみぞおちにトリゴの拳が入る。
「いったいなあ!俺は女だぞ!」
俺はこの世界に来てはじめて戦っている相手に女であることを強調してしまった。
ちょっと反省。
「…なら降伏しろ。命は奪わん」
トリゴが初めて口を開く。
「私もそちらをおすすめいたしますわ」
ラータは窓辺に座ってカーテンを開けた。
「ちょっと暗くて見えにくいんですけど」
加護を使った俺には、はっきりと窓の外の光景が見えた。
それは、何百、何千万、いや億かもしれない。
それくらい数多くの蟲が大地と空に満ちていた…




