ダックワースの過去。その2じゃけえ
「殺戮は一方的で一瞬だった。村人たちは逃げる間も、戦う暇すらなく殺された。当然だよな、武器の質も訓練度もはるかに上で、しかも、急襲されたんだ。特に、ミヒャエルの強さはすさまじかった。馬上から手の届かない所にいる村人は氷狼駁撃で体ごと引きちぎられてた。なんとか反撃しようと近づいた村人は風霊駁撃で真っ二つだ。血だまりを残して腰から上が吹き飛んだよ。」
グロリアーナは家宝の扇「唇」を開き口元に押し当てた。
部屋に漂ったダックワースの肉が焦げるにおい、床に飛び散った血の匂いがダックワースの話と相まって、俺も気分が悪くなった。
俺が初めて戦った時の相手、ボトゥザリスのことを思い出した。
あの時も、ブーツとその中に入った足しか残らなかったんだっけ?
「村人たちが皆殺しにされて、俺たちと家族だけは生き残った。いや、残されたというべきか。父と母、兄弟たちは縛られてミヒャエルとフランコの前に出された。フランコはまず父親の首を刎ねた。まあ、俺が言うのもあれだが、子爵として当然といえば当然だな。」
フランコは妻の家族を誘拐した異種族を殺して「恥を注いだ」のだろう。
貴族でなくても、この世界の人族ならみなそうするかもしれない。
「そして、俺の兄弟たちも母の前で殺された。幼い順に。俺の番になったとき、ミヒャエルが言ったんだ。“ムンディー殿異種族とはいえ、メレアルカスに加工できる腕は惜しいのでは?”とフランコは渋ったが侯爵次期当主には強く出ることはできなかったのだろう。しぶしぶ、承諾したよ。俺は、首と両手を枷で縛られて馬車に乗せられた。」
ダックワースは両手を握った。縫ったばかりの糸が切れる音がした。
血が握りしめた手からつたい、床に滴った。
「ミヒャエルは手に持った剣で、母の縄を切った。固く幾重に結ばれた縄がほどけた瞬間、母は地に伏した。ミヒャエルの剣が届いたんじゃない。母は自分の舌を噛み切っていたんだ。」
ダックワースの目から涙が伝った。
「俺は、檻付きの馬車に乗せられたが、隙を見て、隠し持っていた宝石を使って逃げた。それから、俺は法術付与の技術を使って闇ギルドに入った。はじめは、暗殺用の宝石や魔術防御のためのアクセサリーなんかを作っていたが、やがて、闇ギルドの法術師に教わって、隷属や契約魔法のやり方を覚えた。」
ダックワースって実は無茶苦茶優秀なんじゃなかろうか。
「そんな時だ。俺はミヒャエルが侯爵を継いだと聞いた。侯爵になれば加護も増える、護衛も付く、俺の復讐が果たせなくなることを意味する。が、しかしだ、幸運にも闇ギルドからの情報でガルシア軍がムンディー領に侵攻したという知らせを受けた。」
俺がフミカに連れられてエルフを助けに行った時のことか。
「ムンディー領の森は俺の庭。ミヒャエルと刺し違えることならできると思った。俺はありったけの付与魔法を込めた道具を持ってムンディー領へと急いだ。タイミングもよかった。俺がその時いた村はガルシア軍の侵攻経路の途中にあって待ち伏せする余裕もあった。」
…俺無事でよかったな。戦いの途中ならまだしも、いわれのない恨みで殺されるとかまぢであり得ない。
「結局、ガルシア軍の中にミヒャエルは見つからなかった。俺は、あきらめて帰る途中。あんたとミヒャエルとの戦いを見たんだ。…きれいだった。長い鞭を振り回して、帝国剣技であいつの攻撃を受け続けるあんたを見てすっかり俺は虜になっちまった。」
俺じゃないんだけどな…こいつはタクミの皮をかぶったミヒャエルを見て惚れちゃったのか…
なんかいろいろ不憫だな。
「グロリアーナ」
「だめです」
「なんも言ってないじゃん」
「こいつを許せっていうのでしょう」
グロリアーナは、俺がさっきグロリアーナに話した内容と、照らし合わせて考え、ダックワースが惚れた相手がタクミの皮をかぶったミヒャエルだということに気が付いたらしい。
「だめ?」
「私も同情する気持ちはありますわ。ただ、そもそも人を誘拐したコボルトを討伐するのは子爵として当然の義務ですから。それに、侯爵を殺害しようとしたり、私の目の前でタクミに隷属法術をかけようとしたり、情状酌量の余地はありませんわ。それに…」
「闇ギルドに知られるとまずい?」
「正直、貴族の中には闇ギルドのことを把握している人間は誰もいませんのよ。これからシャンタルメリュー家を乗っ取る、ガルシアと一戦交えるなら、余計なリスクは抱えるべきではありませんわ」
「グロリアーナ、けどさダックワースの腕も役立つんじゃ…」
グロリアーナが“もう黙って”と言わんばかりに右手を挙げた。
その時、ドアがノックされた。
「グロリアーナ様。その、グロリアーナ様に客が来ています」
ドアの向こうからダニエルの声がした。
「どなた?」
「その、本人は闇ギルドの長だと…」
「ギルド長!?」
うつむいたダックワースが顔を上げる。
「…手負いのワイバーンよりもやっかいなのが来ましたわね」
グロリアーナは間違いなく今日が人生最大の厄日だと感じたに違いない。




