ダックワースの過去じゃけえ!
「俺の名前はダックワース・グランデコヴァルト。俺はムンディー領の隣、ランボルト子爵の領地で生まれた。ちょうど、ムンディー領とランボルト領の境界線にあるアストル山脈にある小さな村だ。」
ランボルト子爵の領地では穀物がよく取れ、特にエールが特産品だ。
ミヒャエルだったころは、エールは庶民が飲むものとされていて手を出したことはなかったけど。
「貧しかったが、コボルトたちはそれまで、飢えることなく暮らしていた。村には鉱石を求めて商人が訪れる以外に人の出入りもなく、小さな閉ざされた村として続いていくはずだった…」
「俺の家は、代々魔力を持った宝石に法術陣を書き込む仕事をしていた。コボルトの村でも魔力を持つ者にしか任されない誇りある仕事だ。特に俺の家は数千の法術陣を小さい時から頭に叩き込まれ、指輪に使用する小さな魔石にも4つの法術陣を施すことができる村でも有数のエリートだった。」
法術陣は、その働きや出力によって微妙に変えていくので、数十万以上の法術陣が存在しているという。
ちなみに、アドナイアスは数万もの法術陣をフリーハンドで書くことができるらしい…
というものなので、ダックワースの家が人並外れた技術を持っている。というわけではないが、それでも、宝石に付与する効果は限られているはずなので、その道のスペシャリストだったというわけだろう。
「俺の父親も優れた彫り手だった。あのローゼンバウム家の長子が生まれたときにも保護の法術を施した指輪をオラニエ家のノームと制作したと自慢していたこともある。」
「ただ、俺の父親とその妻との間には魔力を持った子供が生まれなかった…」
「魔力?
「人にも異種族にもよくあることですわ。夫が悪いのか、妻に原因があるのかは定かではありませんが、魔力を持たない、あるいは魔力を体外に出すことができない子どもが生まれることがあるのです。」
「それって困るの?大体の人は魔力なんて使わずに生活しているだろ?」
一般人は普通法術も精霊魔法も使うことができない。
それは、才能や魔力量というよりはお金の問題が多い。
法術を習うには魔導書、ペン、紙が最低でも必要だし、精霊魔法を使うには魔導士か範士級の魔法使いによる「洗礼」を受けなくては危険だからだ。
もちろん、冒険者の中には独学で精霊魔法を身に着けたものもいるらしい。
だから、一般の人たちが魔法を使う機会はほとんどない。
何かの契約や儀式のときに、書類や道具に魔力を通すくらいか。
「魔力を秘めた宝石には、魔力を使って細工をしなければならない。でないと法術が発揮されないだけではなく、最悪宝石も霧散する…。だから父は”花嫁袋”を使ったんだ」
「”花嫁袋”…」
グロリアーナが不愉快そうに顔をしかめた。
「グロリアーナ。知ってるのか?」
「”花嫁袋”不愉快極まりない言葉ですわ。これだから異種族は野蛮だ、未開だと言われますのよ。ガルシア家、いえあなたが異種族との婚姻を認めたりして、”差別をなくそう。”“異種族も平等に扱おう。”そんな風潮もありますわ。でも、一方で地方にはいまだに野蛮極まりないルールや習慣を持ち続けている民族もありますのよ。」
グロリアーナの手は小刻みに震えていた。
「”花嫁袋”とは。人間の少女を誘拐して子供を産ませること。少女を誘拐して運ぶための袋をそう言うのです。」
「嘘…」
ダックワースは静かにうなずいた。
「本当だ。俺の父親は俺の母親を山を越えたムンディ領の村から誘拐してきた。誘拐してから母は10年で6人の子どもを産まされた。その最初の子どもが俺だ。」
グロリアーナの髪が赤く光っている。
部屋の空気は急に重くなり、俺は自分の呼吸を確認した。
「父は母にコボルトとしては最上の扱いをした。料理も掃除も裁縫も魔力のない子供を産んだ第一夫人の継母がすべて行ったし、村から離れた所に小屋を使って母をそこに住まわせた。」
「そのほうが“用”があるときに都合がよかったのでしょ」
グロリアーナはふんと鼻を鳴らした。
「否定はしない。しかし、2人目の子ども、俺の妹が生まれたとき母は父を、子どもたちを家族だと考えていた。と思う…」
俺の希望的な観測かもしれないが、と小さな声でダックワースはつぶやいた。
「俺が、22歳になったとき、今から2年前のことだ。金髪の身分の高そうな男が俺の村を訪れた。」
「…ミヒャエルか」
「ああ、その時は名乗らなかった。ただ、持ち物や身のこなしから相当に身分の高い家柄だろうとは思っていたが。ミヒャエルは俺の父に大量のメレアルカスを渡して、精神交換の法術陣を付与するように依頼した。」
メレアルカス。俺とミヒャエルとの体を交換するのに使用した魔術媒介。
あまりにも希少なため、それが、作られたものなのか、それとも自然に採掘されたものなのか、植物由来のものなのか、魔獣由来のものなのかすら明らかにされていない。
メレアルカスを管理しているのは、帝都の宮廷錬金術長と魔導士など一部に限られており、秘密はすべて口伝で伝わっている。
もちろん、口伝を聞くときには厳重な法術による契約を施す必要がある。
「メレアルカスは希少だが、扱いは難しくない。彫刻もほかの宝石と同じだ。当時、父親の仕事を手伝っていた俺も加工を手伝った。加工は無事終わり、俺は隣村に出かけていた父に代わり、工房でミヒャエルにメレアルカスを渡した。いい金になったよ。口止め料ということで金貨を20枚ももらった。」
あんにゃろう。そんなことばっかしてるから財政が赤字なんじゃねえか…
まあ、今の俺には関係ないか。
「その時、母が工房に入ってきた。母は6人目の子どもが生まれてから産後の肥立ちが悪く母屋で生活していたんだ。ミヒャエルはそれを見てすべてを察したらしかった。そして、その3日後、ミヒャエルはフランコ・ムンディー、それに数十名の兵士と共に俺たちの村に再び現れた。」
グロリアーナは重苦しい雰囲気に耐えきれなくなったのだろう。
つま先で床をトントンと叩いて言った。
「あなたの時間稼ぎにはのりませんわよ!肝心な部分をお話しなさいな!」
ダックワースは小さくかぶりを振って言った。
「母の妹の“今”の名前はローナ・ムンディー。フランコ・ムンディーに嫁いでいたんだ。」




