ミカエラって素敵な名前やね
ガートが右往左往しながら俺の方へやって来る。
「ミカエラ、月光草の採取はこの箱でいいんだよな?」
「…ああ、俺ミカエラだったな。ああ、その中に入れておいてくれ」
「嬢ちゃん、掃除はありがたいが何をするつもりだ?」
ギルバートは葉巻を片手に、俺の後ろに立っている。
一晩中、事務所に積み上げられた書類をひっかきまわして目に黒い隈を作っている。
「依頼の整理だよ」
「整理?」
「ああ、内容、金額、場所で分類して、一辺に片付くものから始末していく」
「一辺にって…いくら嬢ちゃん一人でも…」
「一人じゃない。5人で行くつもりだ」
「5人?嬢ちゃんの連れか?」
俺は髪の毛をかき上げて紐で縛った。
髪の毛を伸ばしたのって大分久しぶりだから面倒くさいな。
「いいや、知らん人」
「「はああっ!」」
ガートとギルバートが書類を床に落とす。
「ミカエラ、知らない人って…」
「ああ、俺、解体人2人、採集係2人、雑用1人。貧民街で声かけたら何とかなるだろ」
「いやいやいや、この町のギルドに来てる依頼はほとんどが暗黒地帯での作業だぜ!?」
「戦闘は俺がする。あとは、薬草むしって、魔物の部位はいで、運んで、だけだから楽だろ?」
ガートが俺の両肩を揺さぶる。
うう…徹夜明けで、頭が揺れて気持ちが悪い。
「大体、貧民街の連中だって暗黒地帯なんて行かねえよ。安いけど新侯爵需要だってあるから仕事も増えてんのに」
「へえ、仕事が増えてんだ…」
俺の立てたプランニングがじわじわうまくいっているっぽい。
…それを、あの男にかすめ取られるのは気に食わないけどな。
「じゃあ、いいや、馬連れて一人で行くよ」
「だめだって!」
頭が再びシェイクされる。
吐きそう。
顔が一瞬アへる。
「ちょ…やめてってばあ」
「すっすまん!」
ガートの顔がちょびっと引いている。
お前のせいだろうが。
ギルバートは呆れた顔で葉巻をふかしている。浮かんだ煙が天井近くに溜まって隙間から逃げていく。
近くの家からはスープやパンの匂いがする。
「…俺も行く!」
「は?」
「ミカエラ一人にさせておけねえよ!お前は俺が守る!」
「いや、ミカエラの方が強ええからな」
よわよわしくツッコミを入れた、ギルバートが椅子に持たれたまま目を閉じている。
もうそろそろ、お開きにするかな。
「まあ、いいよ。じゃあ、俺、ガート、馬で行ってみようか」
俺は整理した山の中から今日の分の依頼書をつかんでギルバートに渡した。
「じゃあ、これ今から行くから。前金ちょうだい」
「ばーか。そんな賭けみたいな仕事のやり方に前金なんてだせるか。結果を出せ、結果を」
「ちっ」
どこぞの営業部長みたいなこと言いやがる。
くそお、前金と使ってない金で借金全部チャラにできると思ったのにな。
「まあ、しゃああない。行くぞガート」
「今からか!?」
びっくりした顔をしている。
馬鹿め、逃がしはしないぞ。
俺は出来うる最高の笑顔でガートに笑いかけた。
「行・く・よ。ガート」
「ギっ、ギルバート…」
「あきらめな、その姉ちゃんは俺の手におえねえよ」
「おい、ギルバート何言ってんだよ。お前もやることがあるだろ?」
「俺が?」
「今から装備品整えてくるから、その間に飯と馬頼む」
「俺、腕折れて、いや、折られてんだけど…あんたに」
「片腕でも飯の準備くらいできるだろ」
ギルバートの腕を折ったのは悪いと思うけど、今は猫の手でも借りたいくらい忙しい。ましてや、人間だったら片腕でも惜しい。
だって、借金返せなきゃ夜のお姉さんだぜ俺。
あと、5日ちょっとで金貨3枚以上は稼がないといけないし。
装備品も買わなきゃいけないしな。
武器の他にも、簡易テントとか、調理道具とか薬とか必要だし、宿代だっているし、お医者さんの残りも必要だしな。
「じゃあ、ガート。このメモに書いてあるもの買ってきてくれ」
「なんて書いてあるんだ?」
「…お前、字が読めないのか?」
俺の周りには貴族とかばっかりだったから全然気がつかなかったけど、この国の識字率って高くないのか?
まあ、ガートが恐ろしくバカって言うのもあると思うけど…
「まあいい、ギルバート!ガートと一緒に着いてってくれ」
「…俺が一番大変じゃねえか?」
「知るかよ。今までサボってきたツケだ。アホ」
ギルバートとガートを市場に行かせ、俺は武器や防具を扱う店に向かった。
このご時世、剣だの鎧だのを扱う店は少なく、ほとんどが護身用の武器か、魔物を狩るための投げ槍なんかに限られている。
街の中でも武器防具を扱う店は1件しかなく、後は鍛冶屋であつらえてもらうしかない。
田舎町に街一軒しかない武器店って言っても、流石はガルシア領。剣、楯、弓、槍すべて上物が揃っている。
…多少ほこりっぽいのはしょうがないとしても。
店の奥では爺さんがお茶を飲みながら、本を読んでいた。
「昨日は変わった客が2人来た。あんたで3人目だ」
「まあ、いろいろあってね、軽い防具が欲しいんだけど」
「あんた、女騎士か?」
「女だけど騎士じゃない、冒険者だ」
「…まあ、何をしてもかまわんがガルシア領に女物の防具なんてあるわけないじゃろう」
「ちょっと丈夫な服でいいんだけど」
「…ちょっと待っとれ」
爺さんは店の奥に引っ込んだまま出てこなくなった。
しばらくして、ほこりっぽい布袋を抱えて出てくると俺の目の前に広げた。
「防具とは言えんかもしれんがの。額当てに、鋲付きの手袋、肩当て、ネックガード…まあ、こんなものしかないが。もっとましなのが欲しければオラニエ領か帝都に行くがええ」
「いや、十分だよ。全部でいくら?」
「金貨1枚…と言いたいところじゃがの、銀貨8枚でええ」
金を払うと、ドレスの上から防具を身に着けて、ハイヒールを脱いでブーツに履き替えた。
「似合わねえな…」
真っ赤なドレスがいかにも不釣り合いで似合ってない。お金が貯まったら加護付きのローブとか買えないかな。マリちゃんみたいな、ピタッとしたキュロットパンツとシャツにしようかな。
「まあ、いいや。とりあえず借金返さなきゃな」
店の前には買い物を終えて馬を連れたガートとギルバートが待っていた。
「随分、早かったな」
「まあ、朝だしな、市場もすいてた」
「よっし、じゃあ行くか!」
俺が空めがけて突き出したグーを、ガートが握った。
真面目な顔で俺を見ている。
…こいつバカだろ。
「そういうのじゃないんだけど…」
「ミカエラ!この仕事が終わったら俺と…」
「ああ、明日も行こうな」
「じゃなくて…あの…ミカエラ?」
秘技フラグクラッシャー!別に好きではないけど、ガートを殺すわけにもいかないからな。
それに、結婚もしたくないし。
「ほら早く行くぞバカ」
暗黒地帯は崖、森林、湖水の3か所によって成り立っている。街に一番近い湖水部分では様々な薬草とシカ型の魔物が多く生息しているという。
魔物。太古の昔から人々の畏怖を集めてきた生き物。魔物と動物の違いは明確ではないが、大体、魔力があるかないかで判断されるという。
しかし、ペガサスは魔物じゃないとか。色々言われている。正直まだよくわかってないんだろう。
「しっかし、誰もいないな」
「ミカエラくらいだぜ、暗黒地帯で仕事するなんて…」
「ガートは普段何を?」
「俺か?商隊の護衛とか、狼狩りの手伝いとか、盗賊退治とかだな」
「魔物とは?」
「最近は街を襲う魔物も少ないからな。グループが集まんねえと行かねえよ」
「ふうん。そうなんだ…風霊駁撃!」
頭上から襲ってきた蛇型の魔物を撃ち落とす。
2メートル近い蛇は細切れになって撃ち落とされた。
「おいっ!ミカエラなにしてんだ?」
「…これは依頼になかっただろ?」
「だけど、こいつの牙と毒腺、皮は高く売れるぜ?」
「…まぢで?」
「こんなにバラバラじゃなけりゃな」
「次から気をつけるよ」
魔物って、依頼になくても金になるのか。
まあ、月光草とか薬草採取ばっかりじゃつまらないもんな。
湖のほとりは誰も足を踏み入れていないだけあって、目当ての薬草や魔物がたくさんいる。
ガートに採取をさせ、魔法と剣術、そしてちょっぴりの加護で魔物を一掃する。
ちなみに、ガートには視覚操作、調音で戦いの音は消してあるので、まったく気がついていない。
試す余裕のなかった加護もここで習得しておかなきゃな…
「さあてと、我が加護の餌食になりたい奴はどれじゃ、わはははは!」
もくもくと草を抜くガートの後ろで、俺の声が高らかに響いた!




