裏切りのガルシアじゃけえ
カスバートが降り立った屋敷の扉を拳でノックする。
「すみませーん。お役人様はいらっしゃいませんかー?」
「なんだ、本日の手続きは終了し…!」
俺がガルシア家とオラニエ家の紋章が入った手紙を渡す。
それは、他家の加護を得るためにオラニエ伯爵から教わった裏技。
「まあ、この手紙にもあるように加護持ちの羊飼いが必要になっちゃいまして…」
「なるほど、それで私に任命の儀を行えということか…」
小太りの役人は短剣を抜き、俺の肩にあてた。
「お前の名前は?」
「カスバート・ブロンテです」
「我が権限を持って汝カスバート・ブロンテを羊飼いとして任命する…まったく、お偉いさんのも無茶を言うわ」
「本当ですよねー。俺も困っちゃって。じゃあ急ぎますんでこれで…」
俺はにこやかに門を閉めると、カスバートを隠してある茂みに飛び込んだ。
「お待たせ―。帰ろっか?…とその前に、ガルシア侯爵の権限を持って、汝カスバート・ブロンテの名をガルシア・デ・トールバルド・ミヒャエルと変名する」
侯爵の権限を使えば。自分の領内の中にいる人間の名前を変えることができる。その代り、怪しまれないために、加護を受ける場所をかなり離す必要があり、俺は地方の代官の屋敷を3つも回った。そうして、名前を変え、オラニエ家とガルシア家の手紙を見せ。加護を受け、を繰り返し、俺はお目当ての加護を3つもつけることに成功した。
「効果は帰ってからのお楽しみだな」
カスバートの背中で、帰ったらする「ToDoメモ」をまとめた。
「とりあえず、食料品の品質管理と、ブランドマークの設置だろ。それから、ガルシア家のいらないものをオークションで売らなきゃならないし。後はガルシア美術館計画と、学校と…ん?」
暗くなった空の真ん中に何かが浮かんでいる。
「カスバート、止まれ」
浮かんでいるのは、長い杖にローブ、それに…
「グラ・フレナート?」
「儂をご存じとはのう…」
あっ、こいつ気づいてないのか?
じゃあ、俺に何の用だ?
俺は手綱を握る手に力を込めた。
「そりゃ国に6人しかいない魔導師だからな。で、何の用だ?」
「ガルシア侯爵殿、いやタクミ殿には、ここで死んでいただく…鬼霊奔流」
グラ・フレナートの放った魔法が俺達を襲う。
腐敗の精霊魔法の波が空気さえも腐らせながら、俺たちに襲い掛かる。
「鬼霊無効!」
カスバートの全身にまで加護を発揮し、魔法を散らせる。
たまたま、持っていたから良かったものの、そうでなかったら終りだった。
「ほほう、騎馬には4大属性が効かんと知っていたが、これも避けるか…あまり肉体を傷つけるなと言われているのだがな」
「鬼霊魔法使ってる時点で意味ねえだろっ。鉄器創造!土霊駁撃!」
土と鉄クズの嵐を放ち、森の中にカスバートを飛ばせる。
多分効果はないだろう。
フレナートの空中移動は小回りも効かないし、障害物の多い森の中なら翼による飛翔とカスバートの足ならば、何があっても逃げ切れる。
「カスバート走れ!」
森の中を低空飛行で飛び、障害物を飛び越え、枝を蹴って進むカスバートの速度はどんどん増してゆく。
「もうちょっとだ!がんばれカスバート」
森の出口に差し掛かったところで、俺の背中を何かが切り裂いた。
「グッ…」
俺の体勢が崩れたところに、飛来物がぶつかり、木に叩きつけられた。
「がはあっ!」
体全体がしびれて動けない。
カスバートも地面に倒れたまま動かない。
「カスバート…」
「騎馬の心配をしてる場合かい?」
青色の毛皮に羽飾りを付けた男が俺に向かって剣を振る。
不可視の刃が俺の肩を抉った。
「があっ!」
「どうだい、飛刀アシュカナトのキレ味は?本当ならジュアニータとクンバヤもお見せしたかったんだけどね」
剣聖ロンサール。剣聖のくせにバスコを襲撃し、右手を切り落とした卑怯者。
そして、その後ろに立っていたのは…
「よせ、ロンサール、俺の肉体だぞ」
「やっぱりお前か…」
俺の体を持つ男ミヒャエルの魂魄を持つ、タクミがそこに立っていた。
「いまさら、何の用だ?」
「なに、君が俺たちの邪魔ばかりするから、ちょっとお仕置きにね」
「ちょっとで済むんかよ?」
タクミは俺の前髪を掴んだ。
相変わらずいい香りがするな。
化粧もしてるみたいだし。
「なあ、俺がどんだけ苦労して準備してきたのかわかってんのかよ?あのムンディーに頭下げたんだぞ!」
「なんの準備だよ?」
「うるさい。メレアルカスは盗む、ハイエルフは逃がす、錬金術師は失踪する、俺達の拠点を次々に燃やす、ローゼンバーグブチ切れさせる…もうめちゃくちゃだよ」
あちゃー、なんだかんだばれてるのか。
しかし、ミヒャエルの拠点に火を付ける作戦ってもう始まってるのか?
シャイロノエル領以外に覚えがないんだが…
「ローゼンバーグも一枚噛んでるのか?」
「…うっせえ、お前にはもう死んでもらう」
細身の刀を抜き、俺の首に突き立てた。
「いいのか?お前の体だぞ?」
グラ・フレナートがタクミの肩を抑える。
「ミヒャエル殿、冷静に…」
「…わかってる」
タクミが剣や鞭、隠していた短剣をフレナートに渡した。
丸腰になったタクミをフレナートが縛り上げる。
「魂魄交換解除!」
「うっく…ああ」
引き裂かれるような痛みが体を走る。
脳みそがひしゃげ、目玉が絞られているような感覚だ。
俺は意識を一瞬手放した。
「…やはり、元の男の体が一番だな」
「少女の体も良くお似合いでしたが…」
「冗談言うなよ」
目を開くと体は冷え、体は縛られていた。
恐らく首につけられているのは魔法封じだろう。
魔導師が作ったものなら、簡単には解けなさそうだ。
魂魄交換が解け、俺は身も魂も白野森卓美に戻ったらしい。
そして、目の前の男も…
「さて、これで元通りだ」
ミヒャエルが俺を蹴って仰向けにする。
「ああ、そうだなミヒャエル君」
「ふざけるな」
頭元には剣聖、足元には魔導師、真横には体を取り戻したサイコサド王子。
…本当にだめかも。
「俺を殺すのか?」
「なあ、タクミ。せっかくかわいい女の子の姿になったんだ。死ぬ前にもっとかわいい喋り方ができないのか?」
「さっきまで、ミヒャエルだったから言うけどな…」
「何?」
俺は届かないとわかっていて、ミヒャエルに唾を吐いた。
「くたばれ、粗チ○野郎」
「このアマッ!」
鳩尾にミヒャエルのつま先が食い込む。
「ぐっ…」
「血統交換を行え」
「何、血統交換は俺の意志でしなきゃなんねえの?」
「もしくは、お前を殺して血統交換を解除するかだ。だが、タクミには責任を感じていなくもない、大人しく血統交換をすれば記憶を消して教会にでも届けてやろう」
「…わかった。どうすればいい?」
「口移しでお前の血を俺に飲ませろ、舐めるくらいでいい」
ミヒャエルがモンセラートで俺の縄を切る。
俺はミヒャエルが突き出したモンセラートで指の先を切り、口にちょっと含んだ。
「ほら、頭下げろ」
俺の方に頭を下げたミヒャエルの顔面に膝を叩きこむ。
「ぐあっ!…てめ」
「おっと動くな?」
俺が鉄器創造で造った短剣をミヒャエルの首に押し当て、ロンサールとフレナートに向かい合う。
「フレナートはもちろん、ロンサール、お前のアシュカナトの剣速より、俺の方が早いぞ?」
じりじりと、二人から距離を取る。
「酒精創造!」
ミヒャエルの肩傷にアルコールを注ぎ込み、有機物操作でヘモグロビンの働きを弱める。
下手したら急性アルコール中毒で死にかねない危険な技だが、こいつ相手なら全く躊躇はない。
「うぐ…」
重量操作で担ぎ上げ、カスバートに隷属を発揮する。
「悪い、起きてくれ」
行動を封じる法術を、隷属で抑え込み、カスバートに飛び乗る。
上空に飛び上がると、フレナートが飛び上がって追ってくるのが見えた。
「うらっ!」
カスバートを垂直に飛び上がらせ、かなり高いところからミヒャエルを落とす。
フレナートがキャッチするために、方向を変え、森の中に潜った。
「今だ!」
月を背中に、ガルシア領地へ向かって疾駆する。
まだ、暖かい季節だが上空を高速で移動するカスバートの背中の上は肌を切るように寒い。
ガルシア領の暗黒地帯(未開発の土地)上空にさしかかると、俺はカスバートの手綱を緩め、ゆっくりと飛び上がった。
「ご苦労さん、てか、ミヒャエルはあっちだけど良かったのか?」
カスバートの背中を叩くと、カスバートは首をちょっとまげて俺の方を見ていなないた。
「…おれっちのご主人はあんただけですぜい。ってこと?」
ぶるるる、鼻を鳴らしてカスバートは答えた。
「そんな訳ないか。女の体になっちゃったけど、俺はまだガルシア侯爵だもんな。お前もだから従ってくれんだろ?」
ぶんぶんと頭を振ったカスバートに俺は抱きついた。
「んー!ありがとー」
ふと前を見ると。ペガサスが上空に浮かぶ馬車が見えた。
魔法の光玉が周囲に輝き、浮かんでいる。
「…アドナイアス?」
「まったく無茶をされたものですね」
アドナイアスが開け放った扉から馬車に飛び移る。
カスバートはその後ろからついてきている。
「ごめん、てか良く俺ってわかったね?」
「まあ、聞いていたものですからね」
「ん?誰に?」
「ミヒャエル様にですよ」
「お前っ!」
扉から飛び降りようとした瞬間、背中に電撃が走った。
「アドナイアスてめっ…」
「申し訳ないですが、我らの主人はミヒャエル様なのですよ…タクミ殿」
隷属を発揮し、アドナイアスの動きを封じる。
「手前えら絶対に許さないからなっ…」
俺は扉を開け、森へと墜ちて行った…
これにて第2章はおしまいです。
次からタクミの成り上がり編がスタートします。




