路中じゃけえね
俺達はげんなりしながら帰りの馬車に乗っていた。
「なんか、まともになんかが出来た試しって最近なんかないな」
「ミヒャエル様…なんかが多いです」
「ああ、なんかが多いな」
「うるせえ、てかバスコ手はどうした?」
今初めて思い出したが、バスコが俺の剣を素手で掴んだんだよな。
「これか?」
手袋を外すと銀色の義手が現れた。
「シャイロノエル家の家宝エリジューム。戦によって右手を失ったシャイロノエル卿に初代皇帝が与えたと言われる義手だ。まあ、親指しか動かんが便利だ」
「だったら、ガルバリウスに右手再生させたらいいじゃねえか」
「まあ、俺にも考えがあるのさ」
ため息をつくと、マリアがポケットからクッキーを取り出して俺に差し出す。
「マリちゃんそれは?」
「びっ…クッキーですよ?」
「ほほう、ビックッキーとはねえ。オクタビオさん!」
「はいはい、マリアさんも相変わらずだなあ」
オクタビオが大口を開けて寝ていたサンダリオの口にクッキーを放り込む。
「もしゃもしゃ…むむうう」
サンダリオの顔が紅潮し、息が荒くなる。
しばらくすると、ズボンの一部分が盛り上がりとても見ていられない状態になったので、ベルイジスとアンプローズの馬車に放り込んだ。
ベルイジスの悲鳴が聞こえたがまあいいだろう。
「なっ、マリア俺があんな事になったら困るだろ?」
「…はい」
マリアはしょんぼりとして、クッションを握りしめた。
なんだろうな、俺が悪いわけではないのに、感じるこの罪悪感は…
「サイドシェリーはすごいですね…」
「反省してんのか?」
「ひぇあ、もちろんですとも!ええ」
「ほう、じゃあ“ミヒャエル様ショップ帝都支店”つーのはどういう事かな?」
アドナイアスが持ってきたチラシを目の前に差し出す。
ミヒャエル様グッズの売り上げは悔しいが、武器博物館のミュージアムショップよりも多い。
その収入のほとんどがグッズ開発につぎ込まれており、規模はどんどん拡大する一方だ。
「それは…」
「最近は“ミヒャエル様シーツ”が人気だそうだな?」
「ううう…」
「なあ、マリア俺もこうなったら売るのをやめろとは言わん。ただな、肖像権というものがあるんだよ」
「ふえ、肖像権ですか?」
「ああ、売り上げの1割はガルシア家に納めろ。いいな?」
「それで…グッズ販売は続けても?」
「ああ構わない」
アドナイアスが俺の手を握ろうとしたマリアの手をひっぱたく。
「ミヒャエル様!だめに決まっているでしょうが!」
「もう、しょうがないさ。皇妃さまがウッスイ本を持ってる状態だぜ?それよか、ちょっとでも利益につなげた方がいい」
「…しかし」
「検閲はお前たちに任せるよ。それでいいだろ?」
「わかりました。マリア様、帰ったら全て確認させていただきますからね」
マリアの顔が凍りついた瞬間、馬車が止まった。
「どうした?」
「さあ、道をなにかが塞いでいるのでしょうか?」
窓から顔を出すと、後ろからアンプローズが走ってきた。
「申し訳ございません!その、サンダリオ様が…」
「死んだ?」
「よしてください。じゃなくてですね、その用を足したいと…」
…用?トイレってことか?
……ああね
「マリア、後で謝っとけよ」
「はい、あの手袋は…」
「いらねえから」
ズリ○タ渡すなよ…
「まあ、座りっぱなしだったしな。ちょっと休憩しようか」
景色の良い湖畔に馬車を止めて、手足を伸ばす。
湖畔では商人たちや乗合馬車の一団が顔を洗ったり、馬を洗っている。
「ちょっと早いけど昼にするか」
「ええ、皆にも準備をさせます」
アドナイアスが馬車からお茶の道具や調理器具を出し、用意をさせる。
ガルシア家の人間はこういった野外での準備や、荷物のまとめ方
が非常に上手いとマリアは言う。
ワインや保存食を使った料理が多いのもやっぱり部門としての特徴が残ってるんだろうな。
シーザーサラダとかも残ったパンとベーコンとチーズをブチ込んで野菜と混ぜたっていうし、ミリ飯っていうジャンルも確立できるかもしれない。
「ミリ飯屋ガルシアとかな…」
「なんですか?」
マリアが俺にローストビーフを差し出す。
「マリちゃんこれって…」
「しっ、失礼な!何にも入れてませんってば!」
「…わかった。もし、興奮したらバスコとおスケベするからな!」
「そっ、そんなああ!ミヒャエルさまああ!」
「おめえが食えい!」
マリアの口の中にローストビーフを突っ込む。
ふがふが言うマリアの口を手で押さえ、逆の手で鼻をつまむと、うぐっという音を立てて肉の塊を飲み込んだ。
「ぐっ、はあはあ。なにをするんですかあ!」
「へえ、本当に何も入っていないんだな」
「当然です!モンタグート様とそのおスケベとか言うから…」
「悪い悪い、ほら湖きれいだぞ」
「そんなことで誤魔化されませんからね!」
とか言いつつ、俺が手を引くと、マリアは靴を脱いで湖の中に足を浸す。
「わあ、冷たいですね」
「ほんとだ、マリアって泳げるのか?」
「地底湖でお兄様に教えていただきました」
マリアと足をばしゃばしゃさせてから、
「貴族様、お願いがあるのですが…」
商人風の若い男が幌付きの馬車の根元を指差す。
見ると車輪が地面のくぼみに深くはまっている。
馬車の重量もそれなりにありそうで持ち上げるのは難しそうだ。
「実は、出発しようと思ったらあんなことに…お連れでどなたか、土魔法が使える方はいらっしゃらないでしょうか…」
「ああ、だったら俺が」
土石操作で車輪を持ち上げ、地面を固める。
「ありがとうございました」
「気にするな、あんたはガルシア領に行くのか?」
「ええ、俺はパインランズ領で小間物店をしていたんですが、店を移そうと思って」
「パインランズ領でなにかあったのか?」
「いえ、ガルシア領で彼女と結婚しようと思って…」
「彼女?別に結婚ならガルシア領じゃなくても?」
「それがあの…」
男がいきなり口ごもる。
顔がいきなり暗くなり、心なしか青ざめているようにも見える。
なんか俺悪い事聞いたかな?
まあ、駆け落ちとか、許されない結婚とか、地元マイルドヤンキーからの圧力とかあるもんな。
「悪い!聞かなかったことにしてくれ」
俺は靴下とブーツを慌てて履いた。
「ミイヒャエルさまああ!もう出発しますよ――」
アドナイアスがタオルを頭に巻いて手を振っている。
「ミヒャエル様?もしかして、ガルシア侯爵様ですか?」
「えっ、ああ。まあな」
「そうですっ!帝国乙女の人気を独り占め!恋人にしたい男ナンバーワン!結婚したい男ナンバーワン!抱かれたい男ナンバーワン!お尻を叩かれたい男ナンバーワン!縛られたい男ナンバーワン!男から見て彼氏に…」
「おらああ!」
マリアの腕を掴み、一本背負いを喰らわせる。
重量軽減を使っているので、かなり遠くの水面に着水した。
まあ、泳げるらしいから大丈夫だろう。
にっこりと男の方を振り返ると、男は満面の笑みを浮かべて俺の両手をがしっと掴んだ。
「ヘレナ!ガルシア侯爵様だ!本物のミヒャエル様だぞ!」
幌馬車の後ろから頭巾を深くかぶった女性が顔を出して、俺の方を伺っている。
青い目に金色の髪、薄い色素、それにやたらいる精霊…
「もしかして、彼女ってエルフか?」
「はい、行商で森で迷った時に彼女の一族と知り合いまして、一目ぼれってやつですね。両親の猛反対もあって、あきらめかけてたんですが…」
ヘレナさんが馬車から出てきて俺にお辞儀をする。
「フミカ様から、ガルシア領内で他種族を保護する法令を出されたと伺ったんです」
「そうなんですかー」
いつの間にか、俺の隣でマリアがヘレナさんの手をとった。
「いや濡れるから」
俺がヘレナさんの手を取って、衣服に防水を施す。
「なっ、ミヒャエル様まさかヘレナに…」
「ごめん、ロマーナ私、ミヒャエル様なら…」
「違えし」
「そうですよっ!ミヒャエル様はマリアのものなのですっ…」
「マリちゃん!」
最後は奇妙な空気が流れたが、二人は仲よさげにガルシア領へ向かって行った。
俺達はずぶ濡れになったマリアの服を乾かしてから、二人が去って大分してから出発した。
「ミヒャエル様」
「ん、なんだ?」
「よかったですね」
「…ああ、そうだな」
俺は馬車の振動ともたれかかってくるマリアとバスコの体温を感じながら目を閉じた。




