虚空の魔女の襲撃じゃけえ
「ってーー。どこだここ」
目が覚めた俺は真っ暗な石造りの倉庫で眠らされていた。
ポケットの中の財布やモンセラートもなくなっている。
「…牢か?」
周辺に意識を張り巡らせると、俺が入っているような牢がいくつも並んでいるのがわかった。
「逃げたほうがいいのかな…」
どうせ、マリアとバスコがなんとかしてくれるかもしれないが…
牢獄で無双されたって困るしな…
「とりあえず、何があっても出られるようにしておくか…金属操作」
牢の鍵を押し曲げ、外に出ると元に戻す。
「で、あっちが出口か…」
偏光調整って完全に姿を消すことができないんだよな。
調音で完全に足音は消せるが、一方通行だしな。
牢番の部屋の前にいると、3名の話し声が聞こえる。
「しっかし、シャイロノエル様も大胆なことするよなあ」
「ああ、あのガルシアを事故に見せかけて殺そうっていうんだからな」
はああ…!
「こればれちまったら俺らもやばくね?」
「まあ、ダローズ様にすべて押し付ける気だろうさ」
「可哀そうにな、まだ、結婚したばかりだっていうのに…」
「まあ、それは別として、すげえよなあのガルシア侯爵を一撃だぜ」
「なまじ、腕が立ちすぎるからだな。幻惑魔術の達人で帝国剣術の免許皆伝だろ、下手したら当主様より強ええんじゃねえ?」
「しっ、そのせいで侯爵殺しの濡れ衣着せられんだろ。俺たちも目を付けられるぞ…」
なるほど…、タクミヒャエルかローゼンバーグか誰か知らないが、俺たちの邪魔をしようとしている人間がいるらしい。
これは、マリアも危ないぞ…
俺はドアを蹴って開けた。
「話はわかった、お前ら全員生きて帰れると思うなよ?」
「なっ、ガルシア侯爵!」
「どうしてここに?」
「おい、誰か呼んで来い!」
壁の槍をいち早く掴んだ牢番を蹴り飛ばし、出口の扉を金属操作で固める。
「さあてと、保証してもいいが君たちの声は外には洩れない。変な考えは起こさずに、俺の言うことを聞いた方がいい。そこの君、背中に忍ばせた短剣をよこせ」
部屋の中の動きはすべて把握できている。
調音で声も漏れない。
つまり、おしおきの時間だべえってことだね。
「お、俺たちは何も知らないんです。本当に何も」
「俺を事故死に見せかけて殺すんだろ?」
「いや、それは俺たちの仕事じゃ…」
「しっ!」
「なんだって?」
俺は拾い上げた棒で話を遮った牢番の頭を殴る。
「ぐぅ」
「さあ、君の話を邪魔する者はいない。ゆっくりしゃべりたまえ」
「あの…その…」
俺は床に散らばった槍を拾い上げ、先端を熱した。
真っ赤になった槍の先を男の目の前にちらつかせながら、ゆっくりと話した。
「あのなあ、現代人は皆そうだと思うが、俺も例にたがわずせっかちなんだよ。早く言わねえと…殺すぞ」
「あの、今から虚空の魔女がここに…」
「虚空の魔女?」
「その、俺たちもよく知らないんですが、自然死に見せかけて殺す、そのエキスパートだとか」
「殺し屋か…」
俺はともかく、マリアやバスコ、サンダリオたちが危ないな。
「いつ、来るんだ?」
「…あの」
「いつ来るんだ!」
「もう来てます…」
「…は?」
「上の階に…駐屯所にはもう…」
「まじか…」
俺は牢番の口に手を当て大量のアルコールを注ぎ込んだ。
「…ふが」
「さてと…早く逃げなきゃまずいな」
隠れながら上へと登り、城壁へと続くドアに手をかけた。
表はもう夜になっていて、三日月の光が俺の影を床に落とした。
そして、もう一人の影も…
「あら、ガルシア侯爵ではございませんこと?」
俺を待っていたかのように立っていたのは、黒ずくめの女。黒いヴェールを被り、真っ赤な唇とその周りの肌しか見えない。
俺が一番驚いたのは女が手に持っていた武器だった。
「くさり…鎌?」
「あら、よく御存じね。珍しい武器ですから、初見殺しにはぴったりなんですけどね」
「あんたが虚空の魔女か?」
「あらあら、誰がばらしたのかしら…後でおしおきね」
あらあらという声と同時に分銅が飛んでくる。
「うおっ、金属操作っ!」
「無駄ですわ」
かわした分銅が俺の真横で跳ね上がり、俺の頬を掠めた。
「加護付きの武器か…」
「チルターンに勝った殿方はいませんの」
モンセラートやジュアニータのように加護のついた武器には“不壊”や“不変”の加護がついている。
物理的な方法はもちろん、金属操作や魔法などによっても変化することがない。
「てか、俺って丸腰なんですけど?」
「ふふん、なおけっこうですわね」
鉄器創造で作った武器は質が悪い。
多分、まともに受けたらこっちが怪我をしてしまう。
鉄器創造で造った短剣を数本投げるが鎖に弾かれる。
そもそも、俺って投げるの得意じゃないしな。
「風霊撃!」
風霊撃を連続で放ち、分銅を弾く。
「あら、魔法も達者ですのね…」
「ああ、おかげさまでなっ!土霊奔流!」
土石の嵐が城壁の一角ごと吹き飛ばす。
俺の今使える一番強力な魔法だ。
「やったか…」
「あらあら、こちらですわよ」
上から鎌が俺の腕を切り裂く。
虚空の魔女は空中で静止したまま、鎌と分銅を振るっている。
「うっ…土霊駁撃!」
俺の魔法を浮かんだままかわし、俺の腕に分銅を絡ませた。
「このままお空の散歩に向かいましょうか?」
鎖が持ち上がり、俺は城壁の外まで浮かび上がった。
真下には森が見える。
「離せこらあっ!」
「さて、と。ではごきげんよう」
「え。ちょいまち。まってって、ねええあああ」
ジャリンという音を立て、鎖が外れた。
「あああああ、なんちゃって、土石軟化!」
体にぶつかる枝を木質変化で防ぎ、液化した地面に潜りこみ、上部を硬化して隠れる。
…もう、行ったかな?
「よいしょっ」
砂まみれで俺が這い出すと、俺の丁度目の前に鎌が突き刺さった。
「あら、御無事でなにより」
虚空の魔女は目の前の木の上に座っていた。
「しまった…とでもいうと思ったか!」
突き刺さった鎌を岩の中に封じ込め、鎖を強く引いた。
虚空の魔女が枝からずり落ちる。
「何をしますの!きゃああ」
「鉄器創造、土石操作!」
数十本のホッチキス針の形をした鉄が地面に落ちた鎖を縫い留め、地面に沈んでゆく。
虚空の魔女も地面から現れた岩の檻に封じ込める。
「おい、一応聞くけど誰に頼まれた?」
「大人しく答えるとでも?」
「なら、ローストチキンになって貰おう」
熱創造で虚空の魔女を覆う檻を熱する。
「どうする?ローストチキンにはなりたくないだろ?」
「ふふふっ」
「何がおかしい?」
「殿方の弱点を教えて差し上げますわ…空気創造!」
膨張した空気が熱された土石を吹き飛ばす。
次の瞬間、俺は息ができなくなり、地面に膝を突いた。
虚空の魔女。その能力は恐らく空気を操作する能力だろう。さっきから空気創造を発動しているが全く効果がない。
「風霊奔流!」
一瞬、入ってきた空気を吸い込み、鉄器創造で虚空の魔女に向けて太い釘を放つ。
風と共に釘が魔女を襲い、腕や足に傷をつける。
「くっ!」
その時、魔女の後方からバスコの声がした。
「おーい、ミヒャエル無事か!」
「ミヒャエル様!サンダリオ様も連れてきました!」
「…今日の所は見逃して差し上げますわ。ミヒャエル様お命大事に」
「ああ、覚えとくぜ」
魔女は空に飛びあがり、消えて行った。
「あっぶねえええ」
音創造でバスコとマリアの声を作ってみたものの。二人の声を聞いたことがある人ならそれが、偽物だということがすぐにわかる。
虚空の魔女が一度でも聞いていればすぐにばれてしまっただろう。
「俺も恨まれるようになったもんだな」
俺はハンカチで傷を手当てし、こっそりと城壁の中へを潜った。




