強くならんといかんのじゃけえ
ガルバリウスが処置室から出て来た。
衣服は返り血にまみれている。
「ガルバリウス!バスコはっ!」
「鍛え上げられた太い首と縄が締まるものではなく、輪の形に結んだだけのものだったのが幸いしました。しかし…」
「しかし?」
俺は胸をなでおろした。
「切り落とされた右腕を治すなというのです」
「?」
「私なら再生できるのですが…」
「…俺が説得する。フェリシテは?」
「彼女の方が重症でした。体温低下に脱水症状、血を失い過ぎていましたし、裂傷が化膿していました。しばらくは絶対安静ですな」
俺は処置室に入った。
寝台に横たわったバスコの傷はほとんどない。首についた縄の跡と治すなという右腕以外は…
「おう…ミヒャエルか」
「バスコ、なぜだ?ガルバリウスの腕が信じられない訳じゃないだろ?」
「無論だ。戦傷に関しては神医マートルフォリーより頼れる」
バスコは治った左腕で血の止まった右腕をなでた。
「じゃあ、なぜ」
「俺の腕を落としたのはエルゼ・ポールセンだ。フランシスに止めを刺そうとした時、ばっさりとな」
「エルゼ!」
「ああ、いい腕をしていた。元々北方剣術は二刀を扱うが、それでも相当の鍛錬をしたと見える。利き腕でもないのに俺の腕を両断だ」
純粋に感心した顔だが、こういう顔ができるのは素直にすごいと思わざるを得ない。
「それと腕を再生させないっていうのは…」
「俺の剣は鈍りすぎた。これは戒めだ。いいか、お前には教えていないが、南方剣術にはいくつかの裏技がある…」
「例えばどんな?」
「口に仕込んだ針を目に飛ばすとか…金的、目つぶし…」
聞いてるだけでも痛い。
「…もういい」
「まあそういう裏技を使うまでもなかったってこともあるが、俺は右手を切り落とされても正々堂々と勝負をしようとした」
「当然だろ?」
「いいや、あの二人を逃がしたことでお前たちが殺されていたかもしれん。どうしても負けられない戦いというものはどうしても負けてはいかん。これは、そういう戒めだ。俺はこれからあの剣聖とポールセンを殺すまで右腕は戻さん。代わりにどんな汚い手でも使うがな」
バスコの傍らにジュアニータはない。
「…治せ」
「ミヒャエル…」
「治さなきゃ絶交だ…」
「すまん」
「バスコの大馬鹿野郎っ!」
あのバカ、なにを恰好つけてんだ。
馬鹿のくせに。
片手のくせに。
馬鹿のくせに。
「…タクミ泣くなよ」
「タクミいうなミヒャエルじゃこのぼけえ…っく」
バスコは手のない腕で俺の肩に載せた。
包帯で丸くなった手が背中をぽんぽんと叩く。
「約束する俺はもう絶対に負けん。だから泣くな」
「…馬鹿。死んだらぶっ殺すからな」
「ああ、約束だ」
バスコが右腕を差し出した。
「…小指ねえじゃん」
「すぐ戻るさ」
処置室から出ると俺は地下牢へ急いだ。
「ようムンディー」
「ミヒャエル様、これはどういう…」
「ふざけるな。陛下にはお前の事は伝えている、場合によってはガルシア家が処刑を執り行ってもよいとのことだ」
「そんな…わたしはただ…」
俺は檻を蹴った。
ムンディーがびくっと震える。
「いいか、俺たちはお前の領地に行った。すると、バスコはエルゼ・ポールセンによって右手を失い、俺は腹を刺された。剣聖や魔導師まで集まっている。さて、帝国の皆さんはこれについてどう考えるかな?」
「そんな、子爵領とは関係が…」
「謀反だ。ムンディー、謀反だ」
ムンディーは泡を吹いて倒れた。
「アドナイアスを呼べ」
メレアルカスで目覚めさせると、ムンディーはブルブル震えながら俺の手を握った。
「だって、私は…弟も、屋敷も失って…兵も大勢死んで…エルフ…いない…やだ」
「いいか、死にたくなけりゃ答えろ。ミヒャエルは何をたくらんでいる?」
「本当に知らないのです…私が知っている内容は全てお話した通り…」
「アドナイアス…ムンディーを連れて行け」
アドナイアスの合図で兵士が牢を開けた。
「お待ちください、お待ち…」
手足をじたばたさせながら抵抗するムンディーの太った体を引きずってゆく。
「まて、まって…まてえええええ!話すっ…話すううう」
「止まれ」
兵士たちが手を放す。
「はえっ、はああ。あの方は商人を通じて各地に家や土地を買っていました…もしかすると、そのどれかに…」
「その商人はどこにいる?」
「名前は、クォステンシャン・ドゥ・ロンサール。ロンサール商会の当主で、剣聖ロンサールの弟です。帝都に…我が領地に綿を仕入れる支店を設けていました…」
「そうか…おいムンディーを牢に」
ムンディーは放心したように膝をつく。
股間のあたりがぐっしょりと濡れている。
「なあ、ムンディー」
「はあ、はああ、ああああ」
「ムンディーこっちを見ろ」
「なっ、なんですか…」
「お前、さっき剣聖ロンサールが関わっているのに知らないっつったな?」
「あ、あの…」
「ロンサール商会と剣聖ロンサールに関係があるんじゃないかって思いつくのは俺だけか?」
「……」
「いいか、ムンディー明日の朝までに知っていることを全て紙に書け、ちょっとでも舐めた真似をしたら例え99%が正解でもお前を殺す」
俺はポケットに入れた紙とペンセットを檻の隙間から放り投げた。
「それからな、ムンディー俺はポカミスとかうっかりとかが大嫌いだ」
俺はまだ冷めない怒りを必死に隠しながら部屋に戻った。
もう、遠慮も後悔も自重もしたくない。
俺はもっと強くなりたい。
「アドナイアス、マリア、ハイエルフ、文官、武官を集めろ」
「はい…」
アドナイアスは戻ってきた俺を軟禁しようとしたが、頭に血の昇っていた俺は隷属を使ってしまった。
それ以来、アドナイアスは俺に何も言わない。
「この文章を領内の法律に加えろ、文言は多少変えても構わん」
俺が卓上に放った羊皮紙にはエルフ、ドワーフなど他種族の生命、財産を保証する旨、住居、職業の自由、森など領内の警備につくことと引き換えに税を免除する旨、商店など不特定多数が利用する場所での差別発言、行為の禁止。他種族の売買や強制労働に対する罰則、などが書かれている。
そして、エルフなどの他種族との婚姻を許可する旨も。
「これを一週間以内に発令しろ」
「…しかし、これは」
「命令だ、いいな?」
「ミヒャエル様…」
「アンプロール立ってくれ」
「はい」
ハイエルフのアンプロールが立ち上がる。
ほかのエルフ達は侯爵領内の森に移住を進めている。
「見た通りハイエルフだ。今日から中将として城で働いてもらう。それから、ガルシア領に元々住んでいるエルフ達と合わせてハイエルフの代官を4名任命する」
そして、この法案にはもう一つの意味がある。
「この法案は陛下にも上奏する予定だ。必然的に帝国で生まれたエルフには陛下の加護がつくことになる」
そう、エルフ達に帝国の加護を与えることによってミヒャエルの野望も事前に阻止することが出来る。
出来るだけこの法案を通さなくてはならない。
「…で、反対のものは?」
アドナイアスが手を挙げた。
「一つよろしいですか?なぜ、エルフなのです、妖精の加護に目が眩みましたか?」
「アドナイアス様っ!」
俺はマリアを手で制した。
多分、アドナイアスはただの思いつきで言っているのではない。
「いや、俺はこう思うわけだ。帝国が統一されて400年近く。俺らは帝国領内にあるものすべてに責任がある。人だけじゃない。エルフ、ドワーフ、ペガサス、ドラゴン、森の獣、魚、虫、魔物、山の木々、川の水、空気のすべてだ。自由になるからと言って、動物や魚を獲りつくしたり、水を汚してはいけない。」
「しかし、それがエルフを人扱いすることと関係ありますか?」
「人の定義ってなんだ?加護があることか?耳がとがっていないことか?」
「それは…」
「もちろんエルフにも帝国の法は守らせるさ。だから、平等だ」
俺は黙りこくる一同をその場にマリアとアンプロールを連れて外に出た。
「ミヒャエル様…」
「すぐには、無理かもしれないが…前に言ってたドワーフの女の子を呼んだらいい。もしも、ひどい菓子屋がいたら極刑に処してやる」
「ふふっ、極刑は無理でしょう」
マリアが吹き出した。
「はははっ、極刑は無理か」
「そうですよ、生き埋めくらいにしときましょう」
「…君の所では軽い罰なのかもしれないけどね」
マリアは何度生き埋めにされたんだろうか。
お嬢様ながらグレンドーラの隊長になるくらいだから相当やんちゃだったんだろうけど。
「サルファパレード様は今どちらに?」
「…あいつエルフマンが気に入ってな。今も森でヒーローショーの最中だ」
「あの変態ですか…」
「あの変態だ」
サンダリオは颯爽と弓を引き、馬を操る姿が子供たちに大受けし、はからずも、この国で最初のヒーローものとなった。
俺がヒーローショーをプロデュースするようになったのはまた後の話である。




