森への逃亡じゃけえ
子爵軍は突然巻き起こった火炎の渦に一時騒然となった。
「別邸が燃えるぞ!」
「エルフたちを逃がすな!」
「先に水だ!」
しかし、屋敷の火炎に近づく者はおらず、皆燃え行く屋敷をただ遠巻きに見つめるだけだった。
「全員脱出したな?」
「ああ」
屋敷が燃え上がった時。俺たちはフミカが創造した透明な足場に乗って無事脱出していた。
「フランシス、本当にバレてないんだろうな?」
「ええ、元々上空なんて見ませんし、この闇夜ですからね。幻夢魔法なんてもったいないほどです」
「それよりタクミ、本当にこれで良かったのか?」
バスコはババの肉体を持ったエルフ、まあ、ババを肩に背負っている。魂魄交換をした後、薬を嗅がされて2階で眠っていたのを見つけて発見したのだ。
「バスコは不満か?」
「満足はしていないな。しかし、お前の言葉を信じただけだ」
バスコは最後まで逃げることに反対だった。戦って戦って全員が死んでも、それがエルフの人権を認めさせる一歩だと信じていた。
「ああ、約束する。エルフはガルシア侯爵領で預かり、帝国にきちんとエルフ、ドワーフその他の種族の権利を認めさせる」
「…わかった」
「不満か?」
「いや、戦で頭に血が上りすぎただけだ。悪かったな」
「気にするな。もしかしたら正しいのはバスコの方かもしれない。権利ってのはエルフが戦って勝ち取るしかないのかもしれないし」
俺の世界では民主化運動ってのも、差別撤廃ってのも血で勝ち取ったものだ。
ガルシア侯爵家という力が横入りすることではないのかもしれない。
けれども、俺はあのイケメンドSサイコサドの代わりに貴族になった。世界で一番力のある軍事力を保有する名家の力を持つ家。
俺は絶対に見過ごさない。
俺の目の前で起こる不正義を、俺の手の届くところにある不幸を。
「ああ、強くなりてえなあ!」
「ミヒャエルは十分に強いと思うぞ?お前になら仮免許を与えてもいい」
「仮免許って…教習所かよ」
「なんだそれは?」
「まあいい、それよりマリアは…」
「フミカによればこの辺にいるらしいがな…あっ…」
「あっ…」
マリアはフィダルゴブラッキーにもたれて眠っていた。
「むにゃむにゃ、ミヒャエル様…そっちの水は辛いですう」
「むう、さっきまでは格好良かったんだがな…」
バスコは頭を掻いた。
「今は?」
「残念モグラにしか見えないな」
「ああ、俺も同感」
俺はマリアを揺さぶると、マリアはシャベルを抱えたまま後ろに倒れた。
「ぎっこん…ばったん…」
「おい!マリア!起きろ!」
「むっ、はあああ、ミヒャエル様!」
「おっはー!」
そばにいたエルフ達によると、颯爽と森までエルフを誘導し、穴を作り、入り口に立ちふさがって非常に恰好よかったとの事だが…
まあ、それも1つのチャームポイントだな。
「お疲れ」
「…マリア、寝てませんよ」
「知ってる。お疲れさん」
マリアは口に咥えた髪を引っ張り出した。
「…本当に寝てませんよ」
「知ってる。よくやったな」
マリアははだけた衣服を整えた。
「…寝てませんってば」
「知ってるさ。マリア最高だぜ」
「…すみません。寝ていました」
「いいさ。さあ移動しようか」
バスコはババエルフを地面に下した。
「まて、ミヒャエル」
「ん?」
「フェリシテがまだ戻って来ない、俺はここに残る。」
「…わかった、気をつけろ」
「ありゃりゃ、フェリシテちゃんは戻っていないのかー」
青く染めた毛皮に羽飾りを付けた男がこちらに向かってくる。優男風の顔を見る限りまだ30代前半というところだろうか。黒い髪をところどころ色つきの紐で結んでいる。
「誰だお前」
バスコは訊ねた俺を手で制止し、ジュアニータを構えた。
「昔、一度会ったことがあるな?」
「覚えててくれたんだ?」
「あの時はもっとましな格好をしていたぞ」
「目立つ格好をすると珍しい武器を持って敵さんがあっちから来るからね。この恰好を見たら二度と忘れないだろ?」
「バスコ…こいつは?」
「剣聖ロンサール。手を出すなよ、今まで何人もの剣豪や魔術師を斬ってきた男だ」
ロンサールは細身のショートソードを抜いた。
「ジュアニータ、モンセラートにフィダルゴブラッキー。クンバヤはないみたいだけど、今日は良き日になりそうだね」
「虎口!」
バスコは抜刀術をしかけ、ロンサールと鍔迫り合いになった。
「ミヒャエル!皆を連れて行け!」
「俺も加勢する!」
「マッ、マリアも…」
「馬鹿っ!お前らがいるとかえって足手まといだ。さっさと行かんか!」
マリアは俺の手を掴んだ。
「ミヒャエル様、モンタグート様のおっしゃる通り、剣聖が相手では…それよりも、エルフたちを先に…」
「…バスコ、絶対に死ぬなよ」
「抜かせ」
俺はエルフを連れ、ガルシア領へ急いで走った。
時折、聞こえてくる剣の音が戦いの激しさを物語っていたが、俺は振り返ることもしなかった。
「ミヒャエル様…」
「マリア、バスコが負けるわけないだろ?」
「…ええ、そうですわね」
ガルシア領までの道のりは決して楽ではなかったが、エルフ達は夜でも目が利き、森の中を平地と同じように歩いた。
「流石だな」
俺は檻で隣にいたハイエルフに声をかけた。
「まあ、森で育ち、森で暮らしていましたからな。それよりも、ミヒャエル様…」
「ミヒャエルでいい。あの時みたいにお前でもいいぞ」
「その節は大変…」
「いいって、お前たちは帝国の加護を受けていないんだ。お互いイーブンの関係だろ?」
「…今はそういうことにしておきます」
蛇を燃やした跡を通り、俺たちは朝日が昇る頃にはガルシア領内に到着した。
「マリア、これを」
俺はガルシア家の紋が金糸で刺繍されたハンカチを渡した。槍、剣、弓、斧など40種類の武器が周囲に配置され、真ん中には赤、青、黄、緑の蛇に噛みつかれている乙女の姿がある。
アドナイアスによれば、武器、魔法が通用しない侯爵家の加護を紋章にしたものらしい。
ガルシア家の人間しか持つことが許されない不出の紋章。刺繍や絵する際にはそれぞれ秘伝の決まりがあるらしく、その鑑別方法は侯爵家でも数人しか知らない。
「これを近くの村役場に持って行け。こいつらが必要な食い物くらいは用意してくれるはずだ。フミカ、マリアたちを頼む」
「ええ、任せて頂戴」
「ミヒャエル様は?」
「俺はカスバートとバスコを迎えに行く」
「…けど。バスコ様は…」
「だから迎えに行くだけだ。さすがに戦いだって終わってるだろうし…多分」
「ミヒャエル様、安全が確保されるまで、絶対カスバートから降りないでください」
「わかった」
俺たちが一晩で走り抜けた森をカスバートは2時間で飛び越えた。
「バスコ―ッ!」
激しい戦いの跡があるが返事はない。
「…様」
ん?
遠くでなにかが聞こえた。
「ミヒャ…様」
「フェリシテか!」
フェリシテは枯葉の中に身を埋めていた。
足に怪我をしている。
「フェリシテ!大丈夫か!」
「あ…う…モンタグート様が…」
「バスコはどこだ!」
フェリシテは木の上を指さした。
「…バスコ。バスコッ!」
木の枝には右手を切り落とされ、左腕を折られたバスコが吊るされていた…




