剣戟の果てじゃけえ
テントの中で、治療を受けた俺はジルバンテに叱られていた。
かれこれ2時間くらい。
「よいですか?歴代のガルシア侯爵でも逃げたしたなんて聞いたことがありませんよ?」
「うんうん、わかったよ。それでさ…」
「いいえ、今回は言わせていただきます。というのも…」
「はあ…」
俺はジルバンテに右手を向けた。
「悪いジルバンテ。隷属発動!」
「むっ…はああ」
貴族が部下に対して発動できる加護、隷属。
領内であれば全員に発動できるが、行動を操作するには少なくとも軍か城で働いている人間で無ければ意味がない。
「命令だ、ムンディー子爵領のトラブルを終わらせるぞ」
「…はい。ガルシア様」
強い力を持つため、頻繁に使うと廃人になると言われており、俺も出来れば一生使うつもりはなかった。
皇帝は帝国民全員に使用できるはずだが、帝国の歴史上一度も使用したことがないという。
…まあ嘘だろうな。
「一応聞くが、なぜガルシア軍が出張ってきた?」
「初めはミヒャエル様の探索用に派遣したの部隊でした。しかし、森に向かった1隊が戻ってこず、中将を派遣したのですが…」
「蛇か…」
「ええ、再生力が強く魔術師小隊を派遣するまで死滅させることができませんでした」
「それで、ムンディー子爵領に来たのか」
俺やバスコ、エルフとは関係なかったんだな。
「ええ、アドナイアスは既にミヒャエル様の件で帝都に向かっていましたので私の独断でこちらへ」
「その蛇を作った犯人はフランシス・イーレスターと言う錬金術師だ。ミヒャエル、その本物のミヒャエルの魂魄交換に関わっている」
「ほう、それは是非とも捕えねばなりませんな」
「もう、捕まえている。子爵別邸のワインセラーに隠し部屋があってその中に縛り上げている」
「お手の速いことで…」
「そういうな、俺も踏んだり蹴ったりだったんだから」
俺やバスコ、エルフとは関係なかったんだな。
というよりも、別邸の騒動と俺、バスコ、マリアが関わっているということ自体ばれていないらしい。
「ええ、アドナイアスは既にミヒャエル様の件で帝都に向かっていましたので私の独断でこちらへ」
「その蛇を作った犯人はフランシス・イーレスターと言う錬金術師だ。ミヒャエル、その本物のミヒャエルの魂魄交換に関わっている」
「ほう、それは是非とも捕えねばなりませんな」
バスコを死なせるわけにはいかない。
俺は徹底的に隠ぺいすることに決めた。
幸い、バスコは変装したままだ。
マリアの時と同じく、ガルシア家は知らん顔をしておくことができればいいんだけどな…
「あの屋敷にはフミカがいる、エルフは風の大精霊の言う事なら聞くだろう。俺が説得に行くからここで待っていろ」
「しかし…」
「安心しろ、カスバートもいる。危なくなったらすぐに戻ってくるさ」
「…わかりました」
俺はカスバートにまたがり、子爵軍の上空に飛び上がった。
「絶対あれだよな…」
別邸を取り巻く兵士達の集団の中に一か所だけ空白地帯が出来ている。
その中心には大きな刀を振り回す男が一人、楯を割り、鎧を割るその男は…
俺はお手製メガホンを取り出し、大声で呼びかけた。
「そこの男に告ぐ、周辺はガルシア侯爵軍が包囲した。速やかに戦闘行為を終了し別邸に撤退せよ」
バスコが顔を上げ、子爵軍から歓声が上がる。
「…ん?ミヒャエルか…」
「それから、ムンディ子爵軍にも命ずる。これから、俺がエルフ達と交渉に入る。速やかに撤退せよ。繰り返す。速やかに撤退せよ」
バスコはジュアニータを峰で使い、兵士を押し返した。
「カスバート、あっちだ」
2階のマリアが吹き飛ばした穴から再び侵入する。
1階の酒盛りをしていた広間は、武器が並び変態エルフマンもたちが窓から矢を放って牽制している。
「ミヒャエル、首尾はどうだった?」
「目的は達したが…」
フランシスを捕え、魔導師が出たこと、タクミを逃がしたことを伝えた。
「なるほど、見えて来たな」
バスコは上着を脱いで、エルフに傷の手当てをさせた。
小さなかすり傷が肩と腕にかけて無数にあり、エルフの持った布はみるみる赤く染まった。
「今回の黒幕にはタクミが関わっている。どうするかは知らんが、体はハイエルフ、中身は人間の集団を作るらしい」
「ほう、しかし加護は魂にしか宿らんはずだがな」
「あの…ちょっとよろしいですか?」
バスコの手当てをしていたエルフが口を開いた。
「ハイエルフが持つ四大精霊の加護は魂にではなく、手にある紋章に宿るのです。ですから、手を切り落とせば加護は消えますし、恐らく魂魄交換をしてもそのままかと…」
バスコが剣を握って振り返った。
縫いかけた肩から血がぴゅっと吹き出る。
「なんだと!こうしてはおれん、急いでハイエルフを森に…」
「まあ、落ち着け、しばらく戦闘はないはずだ。ところで、四大精霊の加護って何ができるんだ?」
「帝国四家の当主が持つ加護を火、水、風、土の4種揃えたものと同じです」
「四大属性を無制限に使えるってことか?めっちゃ強いじゃん、ハイエルフが10人いればムンディー領なんて占領できるんじゃねえの?」
「森で育ったエルフは鬼霊魔法に弱いのです。掠っただけで全身が腐れ落ちます」
「鬼霊魔法か」
腐敗や病毒を司る死病の精霊魔法。
即効性がないので、実戦にはあまり使われることのない魔法らしいが、初級ならほとんどの魔術師が使えるはずだ。
「マリアは今どうしてる?」
「戦えないエルフを連れて森に逃げた。まあ、モグラ娘にはハイエルフも数人つけているから心配するな」
「なら、あとは、この状況をどうするかだな…」
周辺は完全に包囲されているし、マリアがいるから抜け穴を作ることも難しい…
子爵軍もそうそう待ってくれなさそうだしな。
「お困りのようですね?」
「ん?」
汚れまくったフランシスがババエルフと一緒に立っていた。
「お初にお目にかかります、ガルシア侯爵様。私、フランシス・イーレスターと申す錬金術師でございます。先ほどからのお話は全て聞かせていただきました」
「ほう、それなら死んでもらうしかないな?」
バスコはジュアニータを手元に引き寄せた。
「まあ、そうおっしゃらずに」
フランシスに動じた様子はない。
バスコの目の前の椅子に腰を下ろした。
「私は夢幻魔法を使うことができます。本当ならそれを使ってこっそり屋敷を抜け出すこともできたのですよ」
「ならそうしろ」
「しかし、とある事情でそうも行かなくなりましたのでね」
「なに」
「とあるお方に頂いたメレアルカスをすべてあなたのお連れに持っていかれてしまいましてね。このままでは私は殺されてしまいます」
こいつ、まだ俺がその冒険者だって知らないのか?
メレアルカスがあることを黙っていれば利用できるかもしれない。
「…何が目的だ」
「私をガルシア侯爵家で雇っていただきたい」
「はあ?」
「あそこしか安全な場所は残っていないのですよ。どうですかガルシア様?私の技術を使えば…」
俺はフランシスの言葉を遮った。
「答えろ、ガルシア領で硫黄はどこで採れる?」
「…アチェバ山脈の火口周辺に。シャンタルメリュー領ならどこにでもありますが」
「硫酸はどうやって精製する?」
「緑礬を乾溜します」
「…お前に作れるか?」
「ええ、器材さえあれば」
思ったよりもこの男の化学知識は優れているらしい。
この世界の基準からすれば最先端に属するだろう。
「わかった、お前を雇ってやろう。その代り、魂魄交換のこともしゃべってもらうからな」
「ええ、かまいませんよ」
フランシスは懐から一冊の手帳を取り出した。
「なんだそれ?」
「法術の陣を書いたものです。紙に書いているので使い捨てなのが惜しいんですが…」
手帳をめくり、紙を3枚破った。
「では、脱出の準備をしてください」




