姿を表わしたタクミヒャエルじゃけえ!
「馬鹿言うな、俺はエルフを逃がそうとしたんだぞ。そんな男を信用するのか?」
フランシスは一枚の紙を差し入れた。
フランシスとムンディー子爵の印が押してあり、俺の自由と金貨20枚の代わりに2年間護衛として働くことが書いてあった。
「私はこの辺り一帯を管理する権限をムンディー様から頂いています。貴方が臨むのであれば、それなりの契約を保障致しましょう」
「どうだか、お前の所は大分ブラックだからな」
「あれはエルフだけです。あなたもババに会ったのならわかるでしょう?あんな男でも腕が少々立てばここの監督者になれるんです」
フランシスは檻の中に手を差し込んで俺の肩を叩いた。
「それに、あなたが望むのであれば好みの女エルフをあなたの専属にしてもよいのですよ」
「ずいぶん舐められたもんだな」
「そうですか、私たちからすれば破格の条件なんですけどね」
俺は檻の隙間からフランシスの顔に唾を吐いた。
「誰がお前の言う事なんて聞くかボケ」
「…そうですか」
フランシスは俺の髪を掴むと力ずくで引き寄せ。頭に短杖を突き当てた。
「ならば、無理やりにでも聞いて貰いましょう」
短杖の先が熱くなり、俺の額を焦がす。
どう見ても木製の杖だから、使っているのは法術、しかも隷属系統だろう。
「いいですか?あなたの主人は誰です?」
こいつ、術が成功したとでも思っているのか?
俺には超抵抗があるから全く効かないんだけど。
「あの…」
アドナイアスは隷属や誘惑などの法術は難しいって言っていたけど、こいつはそうとうこの術に自信があるのだろう。もしかすると、これまでにかなりの人数をこの術を使ってきたのかもしれない。
「あなたの主人は誰です?」
こいつの術にかかったフリをして様子を見るか…
「アアア。私の主人はフランシス様です」
「ふふふ、よろしい」
フランシスは牢屋の鍵を開け俺を出した。
「お前…名前はなんでしたっけ?」
「カスバートです」
愛馬の名前だけどな。
「ふふふ、カスバート。ご主人様にキスなさい」
はあ?こいつなに調子のってんの?
殺すぞタコ。
「さあ、どうしましたカスバート?」
殺すか…
「早くなさい、今からミヒャエル様の使いがいらっしゃるのですから」
「?」
ミヒャエルの使い?
アドナイアス以下ではなさそうだしな…
ここは、ぐっと我慢するか…
チュッ…
「…手にですか」
「ペッ…」
「なにか言いましたか?」
フランシスはエルフ屋敷を出ると、待たせてあった馬車に乗り込んだ。
「しかし、今日はよい拾いものをしました。土魔法が使えるエルフに護衛が2人。一人は夜伽にも使えそうですし…ふふふふ」
フランシスは舌なめずりをした。
「きしょ…」
「何か?」
「イイエ、フランシス様」
俺はフランシスのセクハラに耐えながら子爵別邸までじっとしていた。
子爵別邸は随分小さい。
普通の商人の屋敷と変わらないくらいだ。
「お待たせしました」
「なに、僕もさっき来たばかりさ」
屋敷の前に待っていたのはタクミ。
俺の体を持つミヒャエルだった。
3か月では不可能な長さにまで伸ばした髪を赤いリボンでまとめ、ちょっと化粧もしているみたいだ。
服も前に見た時とはずいぶん変わっている。
真っ黒なシャツにグレーのジャケット、紅玉がついたループタイで飾り、乗馬用のズボンにレイピアと長い牛鞭を下げている。
…かわいいなちくしょう。俺も乗馬用ズボン履こう。
幸い、俺の変装は見破られていないらしく、俺には見向きもしない。
「どうだい研究の方は?」
「ええ、随分はかどりました。試作品もできていますよ」
「それは重畳。早速見せてくれよ」
「こちらに…」
フランシスは子爵邸の地下にあるワインセラーにタクミヒャエルを案内した。
こいつについてきてよかった。
俺達じゃ絶対こんなところわからなかったし、入れなかっただろう。
「カスバートこの樽を動かしなさい」
「ハイ、フランシス様」
樽の下にはレールが敷かれており、ちょっと力を入れるだけで動かすことが出来た。
てか、お前にもできるだろ、自分でやれよ。
動かすと、地下室へ続く扉が現れた。
「こちらです」
「おお、すごい。僕もここまでとは思わなかったよ」
フランシスの実験室は、ガラス製のフラスコやら銅製の蒸留器やら実験道具が並び、部屋の中心には大きな布がかぶさた何かがある。
夜光虫の明かりが天井に並び、数字を書き連ねた紙が所せましと壁に張り付けてある。
「では、ご覧いただきましょう」
黒い布を外すと、手術台の上に裸の男エルフが寝ていた。
わずかに呼吸をしているので、眠っているのだろうがこの状況でも起きないってことは睡眠薬でもかがされているのだろうか?
「へー。これがねえ」
タクミヒャエルは指先でエルフの頬をつついている。
「ええ、私の研究により、皇帝陛下の加護でなければ、魂魄交換を行う際に障害とならないということがこの素体で証明されました」
「へええ、じゃあ剣聖とか魔導師の加護を持っていても関係ないんだ」
「ええ、あくまで皇帝、貴族が与えた加護が揃っていれば可能です。ほとんどのエルフには風の精霊の加護しかありませんから、理論上は全ての人間と魂魄交換ができるはずです」
タクミはどうやらこのエルフと魂魄交換を行うつもりだったらしい。
フランシスは短杖をエルフの額にあてた。
「目覚めなさいババ」
ババ?あのババか?
「ううっ…フランシス様…」
「ねえ、ババってエルフたちを監督してた薄汚い男だよね…」
「ええ、エルフがエルフを監督すれば一層やりやすくなりますからね」
より一層ブラック企業化するつもりか。
いたよな、やたらと熱いバイトリーダー、大抵店長と付き合ってるんだけどな。
「ふうん、うまく考えたね。で、あとどれくらい用意できそう?」
「ミヒャエル様から送っていただいたメレアルカスと宝石、エルフの魔力があればあと20人は可能かと…」
「まあ、資金の足りない分はムンディーに出させるからさ。メレアルカスの残りはアドナイアスが持っているしな…」
「まあ、20人全員を魂魄交換するのにも時間がかかりますから、おいおい手に入れればよいでしょう」
タクミヒャエルはなにを企んでいるんだ?
てか、喋り方が気持ち悪い。
「へええ」とか「ふうん」とか、俺は絶対あんな喋り方しないし。
ミヒャエルもはじめはあんな喋り方しなかったしな。
「ババ、調子はどうです?」
「ええ、最高ですな。風の精霊もよく見えますし」
「タクミ様、実験は成功したようですよ」
「ああ、ミヒャエル様もお喜びになるだろう」
ババは裸でシャドーボクシングをしている。
エルフだからイケメンで細マッチョなんだけど、中身を想像すると吐きそうだ。
てか、入れ替わったエルフが可哀そすぎる。
俺はまだミヒャエルで良かったな。
「次の魂魄交換はどこでいたしますか?」
「サンスーシ子爵領だ」
「ほう、そうすると屍霊術をお使いに?」
「察しがいいな」
「ええ、私も屍霊術の研究をしていましたから」
サンスーシ子爵って晩さん会で水食っていうゼリーを食べてた人だよな。
屍霊術の加護があるのか。
「場所と時間は追って連絡する」
「ええ、私の仕事ももうすぐケリがつきますから」
「じゃあ俺はこれで…」
ミヒャエルは地下室から出て行った。
俺も後を追おうと思ったが、俺は丸腰だし、ミヒャエルは剣と魔法が使える。それに、エルフババやフランシスがいる以上下手な動きはできない。
…バスコ、マリア、フェリシテ、サンダリオの誰かが気づいてくれたらいいんだけどな。
特にバスコはタクミの姿を知っているからもしかしたら…
まあ馬鹿だけど。
「さあ、ババもうひと働きしてもらいましょうか?」
「はい、フランシス様なんなりと」
「この男を抑えなさい」
「はっ!」
ババエルフが俺を羽交い絞めにする。
「ふふふ…ようやく二人っきりになりましたね」
いや、3人なんだけど。
フランシスが俺のシャツのボタンを外す。
「ほう、よく鍛えられた体です。良いですね私好みです…」
やっぱり、イケメンガチホモサイコサドの部下はイケメンガチホモサイコサドだった。
どうする、動くか?暴れるか?
エルフババも素手だし、フランシスも近接格闘には弱そうだし。
ちなみに帝国には近接武術は1種しかない。
後は、剣術と一緒に教わるか、喧嘩殺法の為、武術として流派が確立していないのだ。
「ふふふ、さあ今夜は酒池肉林ですよ…」
よし殺そう。
「うらああっ」
俺はフランシスの股間を蹴り上げた。
吸い込まれるように俺のつま先は灰色のローブに食い込んだ。
「ぐおぼあああお…」
悶絶したフランシスを踏み台にして、一回転する。
「フランシス様!」
「ちぇい!」
俺はババエルフの腕を払い、向き直るとそのままサバ折りの体勢で抱き着き、持ち上げた。
「おまっ…」
「おらあっ!フロント・スープレックス!!」
勢いをつけ、フランシスの上に叩きつける。
細マッチョのエルフババだからかけられる技だな。
「ぐう…」
フランシスとエルフババは完全に気を失っている。
俺は止めに股間を数回蹴り上げると拳を突き上げた。
「しゃあああああ!」
地下の研究室に俺の雄叫びが高らかに轟いた!




