戦の後の美酒じゃけえ
「南方貴族に乾杯!」
バスコが俺のグラスに恐ろしい勢いでグラスをぶつける。
砕け散ったガラスの破片が俺の頭から降り注ぎ、酒まみれになる。
「っってえな!なにしてんだこのボケ!」
「わっはははは!そう怒るなタク…ふがふが」
バスコの口をジルバンテが押さえる。
「わーーー!わーーー!ミヒャエル様お着替えなさいませんと!」
アドナイアスが大声を出して、周囲の注目を向ける。
小声で俺がバスコに耳打ちする。
「おいっ、それバラしたら殺すって言ったよな?」
「おっ、おうすまん。ついな」
なんで、こんなやつを家に呼んだのかというと…
俺たちは帝都の騒動が一段落したことを記念し、ガルシア侯爵邸でちょっとしたパーティーを開いていた。
参加者はオラニエ家の面々、バスコ、メイディランド夫妻、パルマンティエ夫妻、オクタビオ、サンダリオ。
フレドリカさんも招待したんだけれど領土に帰らなくてはならないとのことだった。
「頼むぜ、シャレにならないんだからな」
「おう、任せろ!」
バスコか…良い奴なんだけどな。オーバーキルさえしなきゃ。
俺が着替えて戻ると、オラニエ伯爵にあいさつされた。
「ガルシア侯爵様。この度は誠に…」
「ああ、頭を上げてください。今回の事はガルシア家の事情につき合わせてしまった感もありますし」
「いや、マリア、サイドシェリーはもちろんのこと、リベルトの命まで救っていただき、このシャルル・デ・フェ・オラニエ。お礼のしようもございません」
そう、結局オラニエ家の力を削ぐと帝国四家のパワーバランスが崩れ、帝国内の鉄鋼業などにも大きな影響が出ることが予想されたため、ほとんどお咎めなしの状態になった。
リベルト(サイドシェリー)の襲撃も騎士団の自作自演ということになっている。
「まったく、わしがもう少し若ければリベルトをぶっ殺しているところでした」
と言いながらも表情は穏やかだ。
あの後、リベルトとサイドシェリーは魂魄交換を行い、元に戻った。リベルトは帝国騎士団の見習いとして働いている。
膝をつくオラニエ伯爵を立たせ、隅のソファーに座らせた。
しかし、似ている。
マリアにでも、サイドシェリーにでも、リベルトにでもない。
「あら、お父様いかがなさったの?お外がまぶしいの?」
「久しぶりに地上に出たのでな」
そう、オラニエ伯爵はモグラにそっくりなのだ。
もちろん、体毛に覆われているわけではないが、なんかフォルムというか雰囲気というか、なにかが似ている。
「それに、マリア。父は嬉しくてな」
「とりあえず、サングラスをおかけになって」
「うん、すまん。年を取ると湿っぽくなっていかんな」
俺はマリアの正装を初めて見たが、すごいな。
肌はぴっかぴかで、真っ白で、すべっすべだし、爪はヒスイみたいにすっきりしているし、髪はつやつやでいい匂いがするし、なんかすごい。
“ネロリの君”と呼ばれるだけの事はあるな。
「ミヒャエル様?」
こら上目づかいをやめなさい。おっぱい揉むぞ。
「うん?ああ、こうすると見違えるな」
「まあ、お世辞でもマリアはうれしいです」
こらこら抱きつくんじゃあない。オケツ触るぞ。
「そうだ、ミヒャエル様。私の手袋をどうぞ」
マリアが自分の手袋を差し出す。
「へ?」
「私の手袋を差し上げますわ」
「いや、いらない」
「へ?」
なんで、そんな顔すんの?子猫かお前は?
「ミヒャエル様、マリアは手袋にオラニエ家秘伝の香水を染み込ませているんです。多くの男性がマリアの手袋を求め、社交界で競い合っているのですよ」
受け取ったマリアの手袋はこう柑橘系の甘い匂いがする。
…確かにいい匂いだけど、女物の手袋なんてどうすんだろ。
まさか…ズ○ネタにすんじゃねえだろうな。
「とてもいい香りだ。でもマリアこの手袋はお前の手袋にはまっている方がふさわしい」
「まあ、ミヒャエル様ってば…」
父親に抱きついて悶絶しているマリアを放って俺は、南方貴族メンズが揃っている席へ向かった。
「おう、バスコこの前はサンキューな」
「おう、本日の主役がお出ましか」
オクタビオが俺に酒の入ったグラスを渡してくれる。
「ミヒャエル、乾杯しようよ、乾杯」
「南方貴族に乾杯!」
ガッシャーン!
…となるわけだ。
俺が新しい服に着替えて戻ると男たちは腕相撲大会をはじめ、マリア達はテーブルのフルーツに喰らいついている。
「ぬううううあああああああ!」
「むううううんんんんんんん!」
ジルバンテの額から汗が流れ、バスコの顔が真っ赤に腫れあがる。
「うらあああああああああああああ!」
ジルバンテの手が机に叩きつけられ、机がへしゃげた。
「俺の勝ちだーーー!」
バスコはワインをボトルごと一気飲みして。拳を上に突き出す。
「どうだ、ミヒャエル。俺と勝負せんか?」
「いやだ」
「そういわずに」
「離せ、そのぶっとい腕に敵うわけないだろ」
俺の右手を掴んでくるバスコを振り払い、オクタビオの後ろに隠れる。
「そうだ、サンダリオお前がしろよ」
サンダリオはバスコの次に背が高い。
よく日に焼けていて。いかにもスポーツマンという感じだ。
「してもいいけどな…」
サンダリオはすっかりアル中モードになっている。
「俺だけ今回活躍してねえじゃん…」
「いや、その巻き込んだら悪いと思って。ほら、万が一負けたら逆賊だし」
「負けるわけねえじゃん。帝国最強の軍隊を持つガルシア、南方剣術の総本家モンタグート、平野戦無敗のカマノ。それで負けるとかありえないだろ。何と戦うんだよ…」
「まあまあ、カマノだって馬車2台出しただけだよ」
「それでいーい。それがいーい。活躍したいのー。サルファパレードの騎馬武者を帝都で走らせたいのー」
べろんべろんになったサンダリオをソファーに寝かせた。
「まあこういうけどサンダリオも喜んでるんだよ。ごそっと抜けた騎士団の人員にサルファパレード家から大分就職したらしいし」
「俺の所もそうだな。道場の人間がけっこう騎士団に入ったと聞いている」
騎士団団長、副団長の不祥事が公になると宮廷は大騒ぎになった。芋づる式に騎士団の罪が暴かれていき、多くの人間が改易、降格処分となった。
「しかし、肝心の騎士団団長の地位は北方貴族のものに。まったく歯がゆいことだ」
バスコは鉄のマグカップに入ったワインを飲み干す。もうこの男にガラス製品を渡すまい、そう思ったのは俺だけではなかったらしい。
「まあ、カリンブルッシェン家なら信用も置けるし、妥当な判断じゃないかな?」
騎士団団長にはカリンブルッシェン男爵の次男が就任し、副団長にはメイディランドが就くことになった。
カリンブルッシェン男爵というのは晩さん会で肉を貪っていたターミネーターの事だ。
「あの芋剣士にか?俺が言えた立場ではないがモンタグートの方が数段ましだぞ?」
「どっちもどっちだ。てか、お前の後ろにいる女の子は誰だ?」
「ん?ああ、お前は知らないのか、フェリシテ挨拶しろ」
「フェリシテ・ペルペチュコです…。ガルシア侯爵様」
ガッシャンという音に振り返ると、アドナイアスが杖を構えて立っていた。床にはお盆とカップが散乱している。
「ミヒャエル様から離れなさい!」
「アドナイアス、その杖を下せ。俺が保障する」
「しかし…」
「大丈夫だ、奴隷契約も施している。なんなら、主人をミヒャエルに変えてもいい」
バスコが赤い宝石のついた鎖をアドナイアスに投げた。
「確かに、有効な契約のようです…」
「アドナイアス、どうかしたのか?」
「ミヒャエル様ペルペチュコ家というのは帝国の暗殺を請け負う家なのです。加護も表向きは弓の加護となっていますが、裏の加護を知らぬものはありません」
公然の秘密ってわけか。
「この女はリベルト様救出の際、屋敷に潜んでいた暗殺者です」
「え、バスコどうした?」
「いや、なかなかいい動きをしてたからな、俺の下で働かそうと思って」
なんか、暗殺者の方が可哀そうに思えるな。
「じゃあエルゼ・ポールセンも?」
エルゼ・ポールセンは未だに見つかっていない。
「いや、あいつは剣を辱めたからな、右腕を切り落とし、左腕をへし折って置いてきた」
「なに野放しにしてんだよ」
「仕方ないだろ、そうだ。その代わりにいいものを持ってきたんだ。フェリシテ」
「はい、ご主人様」
短い赤毛を整えたフェリシテが真っ黒なケースを取り出した。
「ローゼンバウム家の家宝、アルヴァスシュープリームだ」
「ひっいいいい」
アドナイアスが腰を抜かした。
「なっ、なんてものを持ってきたんですか!」
「アドナイアス?」
「すぐに、返してらっしゃい!」
お前は猫を拾ってきた我が子を叱るおかんか。
「アドナイアス?」
「ミヒャエル様、アルヴァスシュープリームは三大太守、ローゼンバウムの家宝です。そんなものをガルシア家が受け取ったらどうなると思いますか?」
「それってやばい?…よね」
「やっと、騎士団とのいざこざが終わったと思ったのに…。ローゼンバウムを相手にするには少々、いやものすごく勝手が悪いです」
「というわけだ、バスコ。この剣は受け取れない」
「そういうな、俺がお前の為に取ってきたのだぞ」
なに気取りだお前は、キノコ狩りに行った彼氏か。
「いや、もらっても困るからさ、ほとぼりが冷めるまで持っていてくれよ」
「ふん、まあいい。だが、俺は諦めんからな」
だから、なに気取りだお前は彼氏気取りか。
「ところで、叙勲が終わったがバスコは領地に帰るのか?」
「いや、俺は帝都内に道場を出そうと思ってな」
「ふうん、オクタビオは?」
「僕は一回帰るよ。そろそろ商売が忙しくなる季節だしね。ミヒャエルは?」
「俺はもうちょっと帝都にいようかな?観光もしたいし…」
アドナイアスが俺の後ろから顔をにゅっと出した。
「だめです。ミヒャエル様も領地にお帰りいただきます」
「えー、やだやだ、サンダリオと一緒に観光したいー」
「だめです」
「まあ、アドナイアスそういうな、俺の道場にも来たいと言っているではないか」
「言ってません、あのですねミヒャエル様。結構大切な事を忘れていませんか?」
「へっ?」
「お父様のお葬式です」
…すっかり忘れてたな。
「じゃあ、帰るか」
「おい!俺の道場を見るのではなかったのか?」
「はいはい、また今度ね」
「むむむむ、アドナイアス決めたぞ!」
「何を決めたのですバスコ殿」
「俺もガルシア領へ参る!」
いや来んでいいから。
「くんな、てか、絶対来るな」
「いや、ミヒャエル。ムンディーの件もあるし、お前の探している黒髪の美少女の件もある。なにより、エルゼ・ポールセンの行方がまだわからん」
「最後のはお前のせいじゃねえか!」
結局、腕相撲ですべてを決めることになり、俺の肉体を持ったミヒャエルの探索、ムンディー子爵への詰問などはアドナイアスの部下とバスコの家臣が行うことになり、俺はバスコと一緒に家に帰ることになった。
これにて第一部は完了です。
続いて、ガルシア侯爵領内編がスタートします。
続けて応援のほどよろしくお願いいたします。




