アドナイアスのターンじゃけえね
「アドナイアス様!そろそろブルーイュ邸ですっ!いたっ!」
「静かになさい」
マリアはアドナイアスに叩かれた頭をさすりながら、フィダルゴブラッキーに引っ掛けたランタンを差し出す。
「エーテルガード3式」
魔力の膜がトンネルを包む。エーテルガードは本来防御に使う魔法だ。
しかし、アドナイアスは魔力の遮蔽性に注目した。
魔力探査から逃れるステルス機能として改良したのが、3式である。
「これで音さえ立てなければ、見つかりません」
杖の先に魔力の明かりを灯し、マリア持ったランタンを吹き消す。
「マリア」
「ええ」
マリアはグランドーラの加護、探索音波で屋敷の様子を探る。
本来は埋蔵物や地質を調査するための加護だ。
マリア達グランドーラは足音のリズムや音の高低、杖や靴の種類などを聞き分け、プロファイリングする訓練を受けていた。
「鎧を着た音…正規兵が10人、屋敷内には4人。杖の音…魔術師が2名、一人は高齢です。あとは、暗殺者、北方剣術の使い手が1名というところです」
「まずいですな」
メイディランドが爪を噛んだ。
「恐らく、その剣士はエルゼ・ポールセン、女性ながら帝都道場の剣術師範を務める凄腕です」
「…北方流ですか」
考え込むアドナイアスの肩をマリアが叩いた。
「リベルトから伝信がありました。に…げ…ろ…わ…な…だ…。北方流剣士の事でしょうか?」
オラニエ家の人間は、モールス信号のように音を利用した通信手段を会得している。
これは受け取る側のみ加護を必要する技術であり、音を出す側に特別な技術は必要としない。
「恐らくは…リベルトはどこにいますか?」
「2階にある部屋に剣士と一緒です。暗殺者はその天井裏にいます」
「まあ、この2名のほかに魔術封じくらいは用意しているのかもしれませんが…」
「アドナイアス様、その、撤退いたしましょう…ミヒャエル様かジルバンテ様が戻られてからでも遅くはありませんし…」
「だめです、ミヒャエル様はともかく、ジルバンテを待っていては脱出が間に合わなくなります」
「でも…」
俯く一同の元に屋敷の方から兵士が走ってきた。
「アドナイアス様!屋敷にお戻りください!」
「どうしました?」
「ミヒャエル様がお戻りになったんですが…」
「まさかお怪我でも?」
ガルバリウスがいたはずだが、と思いながらアドナイアスは屋敷に続く穴から這い出た。
「おう、遅かったな」
「守備はどうじゃった?」
広間ではミヒャエルとガルバリウスがお茶を飲んでいた。いや、それよりも。
「バスコ・モンタグート侯爵様?」
丸太のような腕、分厚い胸、衣服から隠れていないところはすべて傷だらけの体。
手の平は下手な木彫り細工よりもざらざらしている。
短く刈り上げた金髪に薄いブルーの瞳。
南方貴族の中ではガルシア家に次ぐ名家モンタグート家の当主、バスコ・モンタグートがそこにいた。
「おう、アドナイアス殿、久しいな」
「…どういうことが説明していただけますか」
アドナイアスは自分に注がれたお茶をガルバリウスからひったくると一気に飲み干した。
「いや、決闘には勝ったもののリドルフィ兄に絡まれちゃってさ、そいで…」
「勝ったんですか?」
アドナイアスはカップを取り落しそうになった。
「ああ、エボニーウィッチがなかったら死んでたけどな。それで、絡まれたところをバスコに助けてもらってな」
何がおかしいのかモンタグート侯爵は大爆笑している。
「いや、今朝、決闘があると知ってな、用を済ませてすぐに向かったのだが、既にリドルフィ弟はくず肉になっておった」
「…ファッ!」
アドナイアスはカップを取り落した。
「まあ、それを見た俺が腕にものを言わせてミヒャエル殿を宅までお送りしたというわけだ」
「はあ…ありがとうございます」
「事情は聴いた、俺も協力しよう」
なにこいつ、何聞いてんの?
てか、ミヒャエル、いやタクミだっけ?ペラペラペラペラばらしてんじゃねえよ。
モンタグートとか南方剣術の総本家じゃねえか…え、南方剣術の総本家?
「それよりアドナイアス、リベルトの方は?」
「それが…ちょっと困ったことに…」
アドナイアスは舌打ちをこらえながらすべて話した。
「なるほど、それはいかんな」
「ええ、ですから一時撤退も考えている所です」
「是非に及ばずッ!」
バスコが立ち上がった。手にはモンタグート家の宝刀ジュアニータが握られている。
「不肖ながら、このバスコ・モンタグート。ミヒャエル殿にご助勢仕る!」
「おう!サンキューな」
ミヒャエルとバスコが手をがっしりと握り立ち上がった。
「なんか、仲良くなってません?」
「そうなんだよ、帰りの馬車の中で俺がミヒャエルじゃないってばれてさ」
ミヒャエルはあっけらかんと笑っている。
ばれた?
アドナイアスは失神しそうになるのをこらえた。
「…ファッ!」
「まあ、ミヒャエルを責めるというのも筋違いというものだ。モンタグート家の当主には神眼霊目の加護がついておる、魂魄が変わったことぐらいお見通しよ」
「嘘つけ、馬車に乗った時初めて気が付いたって言ってたろ」
ミヒャエルが隣に座ったバスコの頭を音立ててはたく。
アドナイアスの胃の腑がヒュンとした。
「ミヒャエル様!」
モンタグート家は南方剣術の総本家にして、侯爵家からも数多くの剣聖を輩出している。
しかし、その栄華は数万という門弟の血反吐によって成り立っている。
不眠不休で剣を振り続け、実戦は実剣。
怪我をすれば隅に転がされ、動かなくなれば表に放り出される。
「はははっ、ミヒャエル殿には敵わんな」
バスコ自身も体に深い傷を何度も負っている。
先代のモンタグート侯爵には右腕がなかった。
そして、バスコとの手合せ中に命を落としている。
「てかこの変態、俺の尻ばっかり見てんだけど!」
「ミヒャエル様!そのへんで…頼むから…」
バスコが切り殺した冒険者、傭兵、部下は少なくない。
時には、酒が衣服にかかったという理由で、時には、バスコの方を見ていたという理由だけで。
そして、時には新しい剣の試し切りという理由で…
その血にまみれた歴史が、侯爵という地位にありながらモンタグート家が優遇されない理由であり、帝国中で北方剣術が主になっている理由だった。
「まあまあ、そういうなミヒャエル、神眼霊目の加護を使うとお主の姿が可愛らしい女子にしか見えないのだ」
バスコはあっけらかんと笑っている。
「そういうわけだ、アドナイアス殿。その北方剣士は俺が相手をしよう」
「おおっ、よかったじゃんアドナイアス。俺もついて行こうか?」
アドナイアスは懐から酒精の小瓶を開け、一息で飲み干した。
「…いや、ミヒャエル様はここにいてください。モンタグート様、参りましょうか」
「おう、待っておれよタクミ。お前に北方剣士の首をプレゼントしてやるからな」
「いやいらねえし、てか、しれっと身バレするな、ミヒャエルと呼べ」
アドナイアスはガルバリウスの指輪に仕込んだ魔道具を通じ、脳に直接語りかけた。
ア:まさか、モンタグート殿、タクミに惚れたんじゃなかろうな…
ガ:いや、さっきから手を握ったり、肩を抱いたりと積極的にアプローチしておりますぞ。
ア:よいか、最悪色恋沙汰になるのは構わん。
ガ:良いのですかな。
ア:というより止められん。しかし、それは魂魄交換が成功した後だ。
ガ:タクミ殿の意志に任せるというのはいかがですかの?
ア:尻はミヒャエル様のものだ!
ガ:わかりましたわい…
念話を終え、アドナイアスとバスコは穴に潜って行った…
…まったく、思いもよらないことばかり起きやがる。元はといえばあのクソ王子のせいじゃねえか。
アドナイアスは結構口が悪かった。




