俺と俺との再開じゃけえ・・・
「しかし、君が女だとは思わなかったよ」
「…るさい」
「いやあ、この体になってからモテるモテる。あっ、一応は借り物だからね、変なことはしてないよ」
「…るさいってんだろ」
「しかし、君の体は重いね、まったく鍛えてない。魔力が無かったら初日で死んでたよ。女の子は大変だな」
「…るさい、俺は男だ」
タクミは大分伸びた黒髪をいじっている。
「またまた、びっくりしたよ。お風呂に入ったらあるべきものがなく、ないべきものがあるんだから」
「うるさいっ!俺は、男だっ!」
自分の気持ちとは反対方向に涙が出て来る。
タクミは困惑したように俺の顔を見ている。
「…泣くなよ」
自分の顔に慰められると気持ち悪い…
「その、君にそんな顔をさせるつもりはなかったんだ。ただ、その…」
タクミが俺の頬に手をそえる。
「っす、やめろ」
「すまない、その、ボクが言いたいのはボク達は…」
「ミヒャエル様から離れろっ!」
シャコックがタクミにぶつかり数メートル吹っ飛ばす。
「ってー。相変わらず容赦ないなアドナイアス」
「?お前、もしかして」
「じゃあ、退散するわ。また、会おうよ」
タクミは俺に手を振ると、塀まで飛び上がり、夜の帝都に消えて行った。
「…ミヒャエル様、やつはもしや?」
「ああ、本物のミヒャエルだ」
「一応、シャコックに追わせていますが、相手はミヒャエル様です。あまり、あてにはなさらないでください」
気まずい空気が流れた。
「えと、怪我はないか?」
「ええ、ミヒャエル様もご無事で何よりです」
アドナイアスの後ろにはカンデラブラが気を失ったムンディーを抱えている。
馬車の中で、俺達はずっと無言だった。
「ミヒャエル様、一つうかがってもよろしいですか?」
「…なんだよ」
「その、あの場所にいた少女はタクミ殿の肉体なのですか?」
「…ああ、そうだよ」
俺は馬車の揺れを背中に感じながら、アドナイアスに昔の話を始めた。
…昔、俺は女として生まれた。というより女だった。
お母ちゃん、父ちゃん、じいちゃんの3人で団地の狭い家に暮らしていた。その時は、お母ちゃんがカーテンで縫ってくれたスカートとかよそからもらったお古のワンピースを着ていて、普通に女の子していた。
誰でも褒められたのが、俺の長くて艶やかな髪の毛。三つ編みも一瞬でほどけるくらいピンとして。毎日違う髪型をおねだりしていた。
好きな幼馴染もいた。
「たくちゃん。大きくなったら結婚しよ」
…思い出したら恥ずかしい。
そんな日常が終わったのは、灰色の空とみぞれだらけの道路が陰鬱な雰囲気を与えていた日だった。
「卓美ちゃん…お父さんたち事故にあったんよ」
「かわいそうに、家で引き取れんのじゃろうか…」
「あの家にやるのは可哀そうじゃろ…」
俺は親戚の中でも一番金を持っていて、一番評判の悪い叔母の家に預けられることになった。俺も叔母もその時までお互いの事を知りもしなかったのに、俺を引き取ったのはじいちゃんが持っていた土地と保険金が目当てだとわかったのはすぐの事だった。
叔母は一回り年下の男と結婚していた。俺は叔母の家に行く前に美容院に連れて行かれた。
「ケジラミがおるけえ全部切って欲しいんよ」
「えっ?いやじゃそんなの」
戦後じゃあるまいし、ケジラミがいるなんて聞いたことなかった。
「もううちの子になるんじゃけえね。言うこと聞かない子は家におられんよ」
その一言で、幼かった俺は言うことを聞かざるを得なかった。髪の毛が落ちるたびに涙がこぼれ、それを鏡で見るのがつらかった。
その後、叔母と一緒に古着屋に行って、一番安いワゴンから、ズボンや男の子の服を買いあさった。
「これ、下取りしてほしいんよ」
叔母はパンツからスカートまで全部の衣服をカウンターの上に置いた。
「いかん。それはお母ちゃんが作ってくれたスカートじゃ」
「何回言ったら、わかるん?」
幼かった俺は言うことをまた聞かざるを得なかった。
俺は公園のトイレで着替えさせられ、その場で、おもちゃからカバンから持ち物を全部捨てられた。
「家に女の子はいらんのや、そやから、これからタクミはこれから男の子にならんといけんよ」
「うち、女の子じゃもん」
その瞬間、叔母の固く握られた手が俺の頬を殴った。
「もういっぺん言ってみ?」
「うち女の子…」
次の瞬間、俺は襟首を掴まれ床に叩きつけられた。立ち上がろうとする俺の頭を押さえ、叔母のハイヒールがみぞおちに食い込んだ。
「おばちゃん言うこと効かん子は嫌いじゃっていうたじゃろう?」
「もう一度言うけえね。タクミは男の子、女の子?」
「…男の子」
「次はないけえ…」
叔母のマンションに行くと、結婚したばかりの叔父がいた。
「よし君、タクミくん連れてきたけえ」
「おお」
よし君と呼ばれた叔父は茶髪でピアスをしていて、競馬新聞を読んでいた。
「なあ、静かにしとけよ、それから俺のもんに触ったら殺すけえ」
「…はい」
次の日から俺は男として小学校に通い、男の子の友達を作って遊んだ。叔母が何と言って先生を言いくるめたのかはしらないが、先生はそのことについては何も触れず。俺もプールやら身体測定やら、なにかあると音楽室の倉庫で寝ていた。
何らかの拍子に俺が女の子のリアクションを取った時、叔母は俺が意識を失うまで殴った。ピンクの道具や文房具、女の子からの手紙を持っていると取り上げられ一晩中ののしられた。
中学校に上がると、胸がふくらんできた、声も高くなってきた。俺は徐々に学校に行かなくなった。友達はおらず、一年中パーカーを着て生活していた。
高校生になると、ほとんど家を出て生活するようになった。それから、叔父が小学生の女の子にいたずらをして逮捕された。俺はなぜ叔母が俺の事を男として育てようと思ったのかを知った。けれども、ずっと染みついてきた習性は消えなかった。
叔父が出て行ってから、叔母は新興宗教にのめりこむようになった。俺も一緒に布教活動を行った。
その後起こった、とある出来事により、俺は家を出て一人で暮らしをするようになった。
「…で、今に至るってわけだよ」
「…申し訳ありません。その、辛いことを思い出させてしまったのでは?」
「べつにいい、考えてみればいつだって女として生きる方法はあったのに、そうしなかったのは俺が決めたことなんだし」
「ミヒャ…タクミ殿は元の肉体に戻りたいですか?」
「正直わからないな。女の体だってことを認識するたびに、いやな気持になるし。かといって、男の体になれたわけでもない、正直言ってどうしたらいいのかわからないよ」
もうやだ。帰りたくもないし、このままいたくもない。
「とりあえず、ごたごたが済んだら、ガルシア領に帰りましょう。王子が今何をしているのかはわかりませんが顔もわかりましたし、すぐに見つかりますよ」
「…なんかお前今日は優しいな」
アドナイアスが頭をポリポリとかいた。
「いや、その正直言って女性とは思っていませんでしたからね。言葉づかいから男性だと思っていましたし、わざわざ男か女かなんて聞かないでしょう?」
こいつフェミニストだったのか。桃色ローブのくせに。
「まあ、帰るのは帝都でのごたごたが済んでからだな。俺も関わったからには最後まで協力するよ」
「申し訳ありません」
「そういうなよ、もうこの件で謝るのは禁止な」
馬車の中は、静かで車輪と馬と、後から追いかけてくる剛力ち〇ぽ丸の蹄の音しか聞こえなかった。
…今日はつかれたな。
規則正しい車輪の音の中で、俺は眠ってしまった。
「…ミヒャエル様、着きましたよ」
「ああ」
敷地内のあちこちに、武装した兵士が立っている。
「ものものしいな」
「昨日のあなたと、今日のあなたのせいですけどね」
「…むう」
ジルバンテが凶槍ビーチク丸を手に俺達を出迎えた。
「おかえりなさいませ」
「おう、ガルバリウスは?」
「リベルトを連れて戻っております。秘密部隊もマリア殿の様子を見て、今はおとなしくしていますよ」
「わかった、全員を広間に集めてくれ」
俺が着替えて広間に行くと、ジルバンテ、アドナイアス、ガルバリウス、リベルト、メイディランド、マリアと秘密部隊の面々が座っていた。
「待たせたな。ガルバリウスご苦労だった」
「さて、今回の件について、サイドシェリー殿に経緯を伺いたい」
リベルトがビクッとして答えた。
「ミ、ミヒャエル様、私はリベルトですよ。サイドシェリーではありません」
リベルトがマリアに頭をはたかれる。
「こらっ、あんたは黙ってなさい」
「でも、お姉さま…」
リベルトがモジモジしている。…わかりやっす
メイディランドがため息をついた。
「サイドシェリー、こうなってはガルシア侯爵殿におすがりするしかない」
「あなたっ…」
リベルトが涙目でメイディランドに抱き着く。気持ち悪い。
リベルトもといサイドシェリーが涙を拭いて口を開いた。
「実は、オラニエ家に伝わる地下都市があの男に見つかってしまったのです。それでやむなく…」
「あの男?」
「帝国騎士団団長ジェネラシオン・ドゥ・ブルーイュです」
アドナイアスが机を叩いた。
「ミヒャエル様!!」
「なんだ?」
アドナイアスは立ち上がって耳をふさいだ。
「聞かなかったことにしましょう!」
「いやいやいや!無理だろ」
「じゃあ仕方がありません…ジルバンテ」
ジルバンテは窓を開け兵士たちに叫んだ。
「ものども準備をせよ!これよりガルシア侯爵家は神聖帝国騎士団に戦を仕掛ける!」




