火炎の姫には気をつけんちゃい
「それで、ミヒャエル様のご趣味は?」
「いやー、これといった趣味はないんですけどね」
「あら、それでしたら刺繍なんていかがです?娘も最近始めましたのよ」
フェリシテさんは俺の腕をつかんだまま放さない。
宮殿の長い廊下を歩きながら俺たちは話を続ける。
「いや、俺は不器用なので」
「まあ、殿方にはあまり向かない趣味かもしれませんわね。やっぱり殿方の趣味といえば狩りかしら?パルマンティエ家の人間は皆肉料理が得意なの。娘の作ったシカの冷製は絶品よ。岩塩とこしょうをたっぷり使うのがコツなの」
めっちゃおいしそうだな。この前別荘で食べたシカの冷製も絶品だったし。
「そうだわ!よかったら家にいらして頂戴。娘も帝都に来ているし、そうね、それがいいわ」
めっちゃ押してくるなフェリシテさん。まあ、政略結婚ってそんなものなんだろうけど。
「ところで、サイドシェリー様って帝都にいらっしゃるんですか?」
「えっ?そうね、最近はご病気で表に出られないとおっしゃっていました。まだお若いのにお気の毒ですわね…」
やっぱり、いないのか。サイドシェリーの体を持つリベルトを探し出すことができれば真相解明に役立つんだけどな。
「騎士の家に嫁ぐというのは武家とはまた違った大変さがあるようですわ。なかなか、ご主人がお戻りにならないことも多いらしいですし。家計のやりくりも難しいらしいですわ」
帝国騎士団とはいえ、爵位のないジャンジの立場は恵まれたものではないのだろう。でも、なんでそんな男とガルシア家と結婚するくらい力のあるオラニエ家、しかも次女が嫁いだんだ?普通ってマリアが先じゃないのか?
「パルマンティエ様はお二人のなれそめをご存知ですか?」
「あらやだ、フェリシテとお呼びになって。ガルシア様はご存知ありませんの?2年前でしたっけ、それはそれは大恋愛の末にようやく、オラニエ伯爵様からお許しが出たそうですよ」
「へー。初耳です。」
「あっ、でも今日はいらっしゃるかもしれませんわ。オラニエ伯爵様も姉君のマリア様も領地から帝都に来てらっしゃるそうですから」
「あ、はい。俺もお会いしました」
てか、ふんじばって檻にいれてます。
「あら、ガルシア侯爵様、パルマンティエ男爵夫人ごきげんよう」
後ろから数人のお付きをつれた女性が俺たちに声をかけた。カールのかかった黒髪と紫色の瞳を持つ美女だが声から受ける印象は冷たい。
「これは、シャンタルメリュー様ごきげんよう」
フェリシテさんは俺の腕を放し、丁寧な礼をした。
「あら、ガルシア侯爵様の寄り親にでもなったおつもり?パルマンティエ男爵夫人」
男爵夫人という部分に力を入れて、フェリシテさんを睨み付けた。寄り親というのは基本的に身分が高い人間がなるものだから、シャンタルメリューの言うことは完全な嫌味ということになる。
「いえ、とんでもないことです」
フェリシテさんは軽く震えている。
「そうね、先導するのは羊だけになさったほうがよくってよ」
「…ちょっと、シャンタルメリュー殿」
シャンタルメリューは俺の手を握った。
「あら、ミヒャエル様、お初にお目にかかりますシャンタルメリュー伯爵家の長女グロリアーナ・ヴォン・シャンタルメリューと申します。でも、グロリアーナとお呼びになって」
俺はシャンタルメリューの手を振りほどくと、フェリシテさんを手で示した。
「グロリアーナさん。先ほどの発言は撤回なさってください。あまりに失礼です」
「ミヒャエル様は今日が初めての社交会ですわね。では、ご存じないのも仕方ありませんが付き合う人間は選んだ方がよくってよ。獅子と猫はそれぞれの立場をわきまえるべきなのです。」
「獅子も猫もネコ科ですよ。それに地位がどうこう言う前に人として今の発言は見逃せませんね」
グロリアーナの顔色が変わった。
「ミヒャエル様、帝国四家と呼ばれる我が家、火のシャンタルメリューが格下の人間に頭をさげることはありませんわ」
こいつって、帝国四家だったのか。てか、そんなに偉いのか帝国四家。
「では、格上の人間が命令したことならどうです?」
「はい?」
「グロリアーナ・ヴォン・シャンタルメリュー、侯爵として言います。パルマンティエ男爵夫人に謝罪しなさい」
グロリアーナは手に持った扇子をぐっと握った。
「いやですわ」
「そうですか、フェリシテさん行きましょう」
「お待ちなさいっ!」
後ろから熱気を感じて振り返ると、グロリアーナは文字通り燃えていた。
「へっ?」
お付きたちが平気な顔をしているところを見ると、これはグロリアーナの魔法か加護らしい。火のシャンタルメリューとか言うぐらいだから多分加護だろう。
「許しませんわよ」
右手を俺に向けると炎が球状に変わりグロリアーナの手に集まってゆく。
「えっ、エレメンタルガード」
フェリシテさんが俺たちを防壁で包む。
「笑止」
グロリアーナは左手に帯状の炎を纏い防壁ごとふっとばす。
「今ならば、許して差し上げても良いのですよ」
俺はフェリシテさんの前に立ち腕を広げる。
「…くそったれ」
「今なんておっしゃいました?」
「ガルシア家に手を出してただで済むと思うなとか、宮殿の中で人にけがをさせてただで済むと思うなとかは言わん。ただ、リドルフィ兄弟にしても立場の弱い人間のことを考えないでなにが貴族だ、武門だ、帝国四家だ。しょうもない」
「…この炎は変幻自在。あなたの髪1本焦がさないことも、衣服のみを焼き払うことだってできますのよ?」
左手の炎で俺の袖を薙ぐ。炎が通った部分だけきれいに袖が消えた。
「正式に謝罪なさい。そうすれば大事にはなりませんわ」
フェリシテさんが俺の前に立って膝をつく。
「おっ、お許しくださいませ。宮廷の秩序を乱した私が悪うございました」
「さあ、ガルシア侯爵様はどうなさいます?私としては服を着ないあなた様もそれなりに魅力的だと思うのですけれど」
「…くっ」
くやしいけど、今余計なトラブルを抱えている暇はない。
「…申し訳ありませんでした」
「声が小さいですわ。なんておっしゃいましたの?」
グロリアーナは扇子を耳にあてて、わざとらしく聞く。
「申し訳ありませんでしたっ!」
「…ふん。まあいいですわ。今日のところは勘弁して差し上げます、その女の服だけでねっ!」
グロリアーナは手に持った火球をフェリシテさんに向かって放つ。俺がかばおうとした瞬間。
轟音が響き、廊下の壁ごと火球を外から吹っ飛ばして、俺達とグロリアーナの間に立ちふさがった影がいた。
「きゃっ、な、なんですの?」
グロリアーナはもう一度火球を手に集める。
「お前は…」
純白の翼、堂々とした体駈。その優しい目。俺の世界では伝説の存在。
「剛力ち〇ぽ丸!?」




