馬子にも衣装やけえ
「メイディランドもグルだと思うか?」
「…なんとも言えませんが、サイドシェリー様とリベルト様が魂魄交換をしたのであれば、気がついていると考えるのが自然ですね」
「ジルバンテ!お前は屋敷に戻ってくれ。絶対にマリアとメイディランド、それからガルバリウスが連れて帰ってきた連中を誰にも渡すな!」
「はっ!お任せください!」
屋敷は今最低限の警備兵しかいない。襲撃でもされたらひとたまりもない。
「ミヒャエル様なりません!宮殿内部にはリドルフィ兄弟がいますし、はっきり申し上げて、あなたの護衛は私には務まりません」
マリアとの戦いでもわかったことだが、アドナイアスの戦い方は接近戦や死角からの襲撃には向いていない。
「今屋敷が襲われたら今回の証拠を握っている人間が軒並み消される可能性がある。そうしたら真実は闇に葬られ、状況は泥沼だ。決闘は受けなくちゃならないし、実行犯を匿った罪も着せられるかもしれない」
「…ミヒャエル様、いやタクミ殿は身を守る手段を持っておられないのですよね?」
「ああ、一般人にフクロにされるレベルだ」
アドナイアスは手に持った杖で肩を叩くと、にやりと笑った。
「まったく、王子には手を焼かされたものですが、今のミヒャエル様も手に負えませんね」
「すまんな」
「謝らないでください。気持ちが悪い。まあいいでしょう、ご自分から言い出したことです。危険な役も受けていただきますからね。」
「ジルバンテ!そういうことですから屋敷は任せますよ!」
「おう!任された!」
ジルバンテはペガサスの翼を広げ、飛び去って行った。あいつの槍も早く改名してやらなきゃな。
「さあ、行きますよ。帝都の魔窟へ」
「びびらすなよ」
「いいえ、ごく控えめな表現です」
アドナイアスの表情はこわばっている。
めちゃくちゃ綺麗で見とれたゼカリア大門だが、今は彫刻から見張られているようにしか見えない。
「これって何の彫刻?」
「初代皇帝陛下に加護をもたらしたと言われる天使です。天使の手に持っている武器や道具がそれぞれ加護を示しています」
「うちの加護もあんのか」
「たくさんありますね、例えばあの大きな楯を持っているものが鉄器無効。鏡を持っているのが二重存在の加護です」
門を抜けると、皇帝陛下を中心に真っ白な衣装を着た文官と白銀の鎧を着た武官たちが等間隔で並んでいる。
「馬はここで降りてください」
真っ赤な布が皇帝陛下の元まで続いている。俺は教えられたとおり皇帝陛下の元まで行き、膝をついた。
「いろいろやらかしたそうだな」
シモン様が帝国の宝剣エスカペイドを抜いて俺の肩にあてる。
「申し訳ありません」
「よい、帝国の膿を絞り出すには荒療治も必要じゃろうて」
シモン様が片手に持った冊子を読み上げる。
「ラルヴァンダード皇帝の名に於いて、汝ガルシア・デ・トールバルド・ミヒャエルに侯爵の地位を授ける。祖国に忠実であらんことを」
読み終え、エスカペイドを天に掲げた。
「エスカペイドと、この命と流れる血に誓います」
宣誓が終わると、天から周りよりも明るい光が俺に降り注ぎ、染み込んでいった。
無事に儀式は終わり、俺はガルシア侯爵となった。
「お疲れ様でした」
「ああ、次は晩餐会だっけ?」
「その前に、皇妃エリアーヌ様のお茶会に出てください」
「あっ、その人覚えてる。ゴーシェンロード伯爵家出身の人だ」
最低限の知識を叩きこまれた時、真っ先に出てきたのが皇妃エリアーヌ様だ。オラニエ家と同じく、風の加護を持つ帝国四家、ゴーシェンロード伯爵家の次女で、お姉さんのフレドリカは現在ゴーシェンロード伯爵を継いでいる。帝国四家の中では唯一の女性当主だ。
「当たり障りのない話をして、お茶飲むだけだろ。余裕余裕」
「普段でしたらね」
アドナイアスは懐から取り出した小瓶の中身を一口飲んだ。
「俺にも頂戴」
「10年早いです」
くいっと瓶の中身を飲み干すと空き瓶を袖に放り込んだ。
「今日のお茶会はおしゃべりの花が豊作でしょうよ。麗しきガルシア家の跡取り、オラニエ家の造反疑惑、ガルシア家の快勝、帝国騎士団との衝突、リドルフィ兄弟との決闘、騒ぎ続きでお茶がうめえってやつですよ」
イケメンサイコサドの失踪からオラニエ家を巡る様々なことまで、いろんなことが平行線で進んでいるから、俺にはどこからどこまで話してよいのか、悪いのかがわからない。
「…どうしよ」
「私は言いましたね、身バレの心配はないからオラニエ家の婚姻に集中しろと」
「おう」
「あれは撤回です。さすがの私でも叙勲するだけでこんな騒ぎに巻き込まれるとは思いませんでした」
アドナイアスの吐息からは酒のにおいがした。
「ですから、お茶会ではあなたのアドリブに任せます。私は陰ながらあなたをお守りしますゆえ」
…いやいやいやいや
「無理無理、むーりっ!」
アドナイアスは俺の肩を叩いて優しく微笑んだ。
「あなたならできます」
俺に背を向けるとアドナイアスは庭園に消えて行った。
「あら、ガルシア侯爵様、どこに行かれるの?」
アドナイアスを追いかけようとした俺の肩を叩く人がいた。
「あっ、あのお花を摘みに…」
振り返るとぽっちゃりとしたおばちゃんが扇子をパタパタさせながら立っていた。
「あら、お庭のお花はお妃様のお気に入りだから、採ったらだめよ」
「いや、そっちじゃ…。あの失礼ですが奥様のお名前は?」
おばちゃんはポーチからハンカチを出して額をふいた。
「フェリシテ・パルマンティエ、夫はラポルト・パルマンティエ男爵。田舎の北方貴族ですけど先代ガルシア侯爵とはお手紙をやり取りしていましたのよ」
パルマンティエ…。パルマンティエ。あっ。
「あっ、ハムの焼印!」
いつも食卓に塊でおいてあるハムに“パルマンティエ”という焼印が押してあったことを思い出した。
「うふふ、そうよ。我が領地は牧畜に関する加護を持っているの。パルマンティエのハムは評判が良いの。後でお宅にもお持ちするわね」
「わあ、嬉しいな、俺ハチミツを塗った奴が好きなんです」
「あらあら、私もよ。おかげでこんなに太っちゃったわ。うふふふ」
貴族ってリドルフィみたいな高飛車な奴か、マリアみたいなやんちゃ娘しかしか知らなかったから、こういうおばちゃんは新鮮だな。
「あら、そろそろお茶会が始まりますわね。エスコートしてくださる?」
「ええ。お手を」
俺はおばちゃんの手を取って会場に向かった。正直言うとエスコートの相手に悩んでいたところだったのでちょうど良かった。若い女性だったら後々面倒だし、男だったらイケメンガチホモサイコサド呼ばわりされるから、こういうおばちゃんがちょうどいい。
「ところで、ガルシア侯爵様」
「はい」
「家には今年で18になる娘がいるんだけど…」
フェリシテさんは俺の手を腕と脇で挟みがっちりとホールドしていた。




