捜査本部(1)
暫くして、二人が戻った警視庁捜査課では、今朝の女性殺害の捜査本部が設けられていた。
「それでは、今朝の公園内での女性殺害に関する捜査会議を始める」
ホワイトボードが二枚設置された部屋の前方では、会議を纏める議長の役目をする警部がそう叫んでいた。その横には、数名の警部が座っていて、その前には大勢の刑事達が並んで座っていた。
その並んで座っている窓際の一番前の列に、大島警部補の姿もあった。大島警部補は、捜査課大島班の班長だったのだ。
そして、前方の警部達の真ん中に居る人物。警察の役職では警視だが、この捜査本部では本部長を務める男が立ちあがった時、大島の後ろに居た田辺が立ち上がって叫んだ。
「申し訳御座いませんが、この捜査本部をもう一度立ち上げ直して頂けないでしょうか」
その声に、一番に驚きの表情を見せたのは大島だった。
だが、その前に大声で叫ぶ者が居た。
「何を根拠にそんな事を言っているんだ。その様な事が出来ると思っているのかっ!」
鬼の形相に変わった警部が、目の前の田辺に向かってそう叫ぶと、その声と同時に一人の中年男性が部屋に入ってきたのである。
捜査本部が開かれている部屋…… 唯でさえ緊迫した空気の中なのだ。その入り口に立つ中年男性は、
「すいませんね。私が、田辺警部補に頼んだのですよ」
と、空気を読んでいないのか、微笑んでそう言った。その男は、白い研究服を着ていた。どうも、鑑識の課の者らしい。
「私は、科捜研の竹下と言うものです。警察の役職では警部ですが」
竹下がそう言うと、それを見た田辺が椅子に座った。部屋の中では、殆どの刑事達が竹下を注目していた。
科捜研。科学捜査研究所の略で、法医学や物理学、心理学や化学といった分野から、捜査を解明していく組織である。
警察組織内の鑑識では、様々な物証からDNA鑑定や指紋検出、足型や靴型などを取って分析を行ったり、靴に付着していた物からの場所の識別を行ったりと、細かい所からの分析で小さな証拠物件を掴みとる組織であるが、科捜研はその調べた物から、更に深く調査していくのである。
殺人者の傷跡から、様々な検証を行って凶器を探ったり、司法解剖を行って内臓から出て来た物を検証したりと、手掛りになりそうな物を探しだした後、その内容から、時間帯や特殊素材、そのうえ犯行時の犯罪者の心理状態から専門的知識が必要な事まで、ありとあらゆる物証を見つけ出すのだ。
特に近日の犯罪では、サイバー犯罪やネットでの裏サイトなどの事も綿密に調べている。
そう言ったあらゆる小さな物証から、犯罪の解決に結び付くものを探し出すスペシャリストなのだ。
竹下は、再び前方の警部達を見ると言い放った。
「今回の公園内での殺人事件ですが、容疑者はかなりの神経質の持ち主だと考えられますな。
何故なら、事件現場での物的証拠を、全くと言ってよい程残していませんからね。
持ち物などは元より、体毛や体液。強姦事件だと言う事は、体毛の一つぐらいは落ちていても可笑しくありませんよ。特に下の毛なんかは…… ハハハ…… こりゃ、失礼。
しかし、それが無いと言う事は…… 剃っていたと考えられるかもしれないな。それに、体液だが…… 精液を残していなかった。
強姦をした形跡は残しても、自分の精液は残していないと言う事は…… コンドームでも付けていたのでしょうかね。そんな強姦は見た事が無いが…… そこを見ただけでも、用意周到だという事です。そして、髪の毛一本すらなかった。被り物でもしていたのでしょう。それも、顔全体に……。
つまりは、計画的に行った犯行だと言う事です。おそらく…… 殺された女性は、数日前からターゲットにされていたと考えられますな」
その言葉に、何も言えずに黙っていた警部達だった。そして、再び話し始める竹下。
「ただ、どういう訳か。この犯人は犯罪の基本である…… まあ、テレビなどでよくある事だが…… 指紋。その指紋を残していたのだよ。
犯人は、被害者のバッグを取り上げて中身を物色した時、指紋を付着させたまま逃走していたのだよ。それで、解った事がある」
人差し指を立ててそう言った竹下だった。それに反応した警部は、
「それがこの捜査本部の立て直しと、どの様な関係があるんだ?」
そう問いかけて来た。その言葉に、
「まあ、最後まで話を聞いて下さい」
そう言いながら、椅子から立ち上がる竹下だった。




