痴漢暴行殺人(2)
翌日。
公園の付近をジョギングする一人の中年男性が居た。
その日は雨上がりだったせいで、普段よりも足元に気を配るジョギングだった。公園の周りを数周走った中年男性は、何時もの様に公園内に入った。
何時もよりも足元を気遣う中年男性が、公園の真ん中に差し掛かった時、ふつと何かに気付いて立ち止った。
「何だ、この跡は?」
地面に顔を近付ける中年男性の目線の先には、泥濘の中で何かを引き摺った跡が残っていたのだ。
公園の入り口には車両止めのポールが立っていた為に、車やバイクなどが公園の中に入って来る筈はない。それに、前日は雨が降っていた事もあり、掃除をする業者なども来る事はないのだ。
首を傾げながら疑問を抱えた中年男性は、その跡を追って傍の雑木林に入って行った。そして、林の中で中年男性の身体が見えなくなった時、
「う、うわぁあっ! だ、誰かぁっ! 誰か来てくれっ! ひッ、人が、人が死んでいるッ!」
恐怖に慄く中年男性の叫ぶ声が、公園内にこだましていた。
仰け反る様に転んだ中年男性が腰を抜かして尻餅を突いたかと思うと、気が動転して足をバタつかせていた。大きく口を開けてはいるが、声を出せずに口をパクパクさせる中年男性だったが、木に手を掛けて立上ると、何度も転びながら走り去って行った。
それから数分後、二人の警察官が公園に姿を現した。
近くに居たサラリーマンが、中年男性の叫び声を聞いて交番に通報したのだ。
サラリーマンの下に警官が駆け寄って来ると、
「そこの公園の中から、男が何か叫びながら出て来たんです。よく聞いてみると『人が死んでいる』って叫んでいたものですから、警察を呼ばなきゃって、そう思って」
通報したサラリーマンは、尋ねてきた警官にそう言った。それを聞いた警官は、
「この公園の中で、ですか? 解りました。私が見てきます。通報、有難うございました」
そう言って、公園の中に走って行った。その後、公園の真ん中に辿り着いた警官は、
「これは一体?」
と、中年男性と同じ様に、泥濘の引き摺った跡に気が付いたのである。そして、中年男性と同じ様に、ゆっくりと雑木林の中に入って行った。
「こ、これは……」
そう言ったかと思うと、徐に肩口に装着している無線を取って、
「渋谷の公園で女性の死体が発見されました。鑑識と刑事課の方を寄こして下さい」
と、警察署に連絡を取っていた。
暫くすると、数台のパトカーのサイレンの音が、通りの向うからこちらに向かって来るのが聞こえてきた。それに気付いたもう一人の警官が通りに飛び出すと、やって来たパトカーを先導していた。
「ご苦労様です。死体はこちらに在ります」
パトカーから降りてきた刑事に向かって、敬礼をしながらそう叫んだ警官だった。その後ろに停車された車からは、大勢の鑑識官が出て来た。数名の鑑識官が、いきなり散り散りになったかと思うと、
「はいはい。そこ、退いて下さい」
そんな声の中、公園の周りに『警視庁』と書かれた黄色いキープアウトテープが張り巡らされた。別の鑑識官は、あちらこちらで写真を写す為に、首からデジカメをぶら下げている。
「現場付近の足跡を調べて、どの方向から公園に入って来たのかを調べろッ。お前は、そこのバッグから指紋を検出だ。他にも、その辺に転がっている備品からも調べてくれ。
そこのお前ッ! お前は、被害者の身体に、容疑者に関係する物が付着していないか調べるんだ」
緊迫した現場の中に、鑑識官に指示を出す班長の声が響いた。
その度に、様々な機材や薬の入った箱を持った鑑識官が、地面に座り込んだり、ある者は地面に寝そべった様な格好で証拠物件を探していた。
殺害現場では、最寄りの警察署からやって来た刑事課の者達が、暫く死体を眺めていたが、
「よしっ! 付近で目撃者が居ないか聞き込みを開始する」
そう叫んだ後、公園の周りに走り去って行った。
それと入れ替わる様に、数台のパトカーが現場に到着した。
「外回りは、車の通りも多い様だが」
そう言いながら出て来る中年の刑事が、周りの状況を確認する様に見渡していると、
「はい。しかし夜になると、この辺一帯は人気が無くなります。そのうえ、数か月前から痴漢が出没していると通報を受けている場所です」
と言いながら、その中年の刑事に近寄ってくる若い刑事だった。
その二人は、警視庁捜査課の刑事達だったのだ。それに気付いた所轄の刑事が、二人の所に走り寄って来ると、
「どうも、こちらです」
そう言いながら敬礼をした後、死体のある場所に案内していた。
その刑事に向かって、
「君は?」
と尋ねた若い刑事に、
「この管轄の刑事です」
と応えていた。そんな会話に、
「お前、こんな時に偉そうにするんじゃないよ」
と、呆れた表情を見せる中年の刑事だった。
三人は、公園の中央に張り巡らされたキープアウトテープを潜り抜けると、青いビニールシートで仕切られている殺害現場に入って行った。ビニールシートを捲って入る警視庁の中年刑事が、
「殺されているのは一人か?」
そう言うと、
「はい、一人です。該者は女性で、年齢は二十六歳。身元は、只今調べている最中です」
そう応える所轄の刑事だった。
その言葉を聞きながら、死体に被せられたビニールシートを捲る中年刑事は、
「これは酷いな。顔面を数回殴られた事が死亡原因か」
顔を顰めながらそう言った。それもその筈である。死体の顔面は、余りの衝撃で陥没していたのだ。
「他には、衣類も剥ぎ取られているところを見ると」
そう言った若い刑事に対して、
「はい。そこからは鑑識での調査に」
と言って言葉を止めた所轄の刑事だった。そんな会話に、
「お前、警視庁の刑事になって何年だ」
と、さっきと同じ様に呆れ顔を見せる中年刑事だったのだ。
その中年刑事に向かって、
「大島警部補」
そう叫びながら走り寄ってきたのは、同じ警視庁の捜査課に所属する『田辺康太』巡査部長だった。周りの警官に、徐に手帳を見せながら側に寄って来た田辺巡査部長に向かって、
「おお田辺。どうした? 何か見つけたか?」
そう尋ねる強面の中年刑事は『大島大輔』警部補だった。
その大島警部補が立ち上がると、
「この被害者の持っていたハンドバッグから、容疑者の指紋が検出されました。今から本署に持ち帰って検証するそうです。それと、被害者の持ち物ですが」
そう言った後、気難しい顔を見せた田辺に、
「持ち物が、どうかしたのか?」
と尋ねる大島だった。すると、
「財布から現金が無くなっています。暴行した後に現金を奪って、その後にこの石で殺害を」
田辺はそう言った。しかし、その言葉にムッとした顔を見せる大島は、
「暴行して、殺した後に現金を盗むのが普通だろう。いくらなんでも、先にお金を盗んだら、そのまま逃走する筈じゃないのか。
殺さなくてもいい状況だったら、わざわざ犯罪を大きくするような事はせんだろうからな。殺害したと言う事は、その後に現金を」
そう言うと、田辺は死体の方を指差して、
「この女性の、顔の向けられた方向を見て下さい。バッグの在る方向を向いています。恐らく、容疑者がバッグを取りに行くのを見ていたのでは。そして、その後に容疑者は、そこに在った大きな石で女性の顔面を強打したと思われます」
田辺はそう言いながら、目線をハンドバッグが落ちていた方に向けた。そして、その横を指差していたのだ。するとそこには、地面に大きな窪みが見えていたのである。
「あの窪みからすると、この石がそこに構っていたと考えられるのでは」
女性の頭の横に転がっている血まみれの石を見て、そう言った田辺だった。その推測に、
「なるほど。バッグから現金を盗んでいた所で、殺さなくてはいけない何かが起こった。と言う訳か」
そう言いながら頷く大島だったのである。
だが、田辺はその窪みと石を眺めながら険しい表情に変わっていた。何か納得がいかない様子だった。




