表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
指紋  作者: kazu
1/16

痴漢暴行殺人(1)

二○○六年 六月……。

 それは、梅雨時期の夕方に起こった。

「ああ、雨が降り始めちゃった。もう、清の馬鹿ッ! こんな日に迎えに来られないって、もう最悪」

 薄い黄色のレディースーツに身を包んだ長身の女性が、頭にハンドバッグを当てて走り始めた。タイトスカートが足に纏わり付いていたのか、それともヒールの高い靴を履いている為なのか。いずれにせよ、走り難そうにしている。

「後で逢ったら、とっちめてやるから」

 地団駄を踏んで口を尖らせた女性だった。

急いで待ち合わせの場所に向かっている様子だが、夜の七時頃とあって、外灯がないと周りが見えないほど視野が悪い。人はこの時間帯を魔の刻と呼ぶ。

 東京都内のとある公園。その入り口で立ち止まった女性は、

「ここは…… 」

 不安げな表情でゆっくりと辺りを見渡した。

それもその筈だ。巷でも薄気味悪いと有名なこの公園は、普段から人通りが少なく、何時からか痴漢が出るとの噂もたっていた。

入り口を見れば、『痴漢多発! 夜道は注意!』と書かれた大きな看板まで設置されていたのだ。

「ええッ! 痴漢だなんて。でも、ここを抜ければ、清との待ち合わせ場所まで一番の近道なんだけどな」

 女性はポツリとそうもらした。

朝方はジョギングコースになっている公園の周り。だが一歩園内に踏み込めば、余り手入れが為されていない雑木林と、迷路のようになっている遊歩道などで、死角の多い造りとなっている。況してや、外灯が少ない為に昼間でも薄暗い。だから尚更、この時間帯になれば殆ど人気が無いのだ。

そんな公園を、若い女性が一人で横切ろうとしている。男性でも、薄気味の悪い場所での行動は避けたいものである。

スマートフォンから聞こえる呼び出し音。相手が電話口に出ない為に、いくら待っても鳴り止まなかった。痺れを切らした女性は、指を滑らせ電話を切った。

「携帯で電話しても、全然出てくんないんだもん」

バッグに携帯電話をしまった女性は、渋々、園内に入って行った。

次第に雨も激しくなり、その為にハイヒールの音は早くなっていった。

 丁度、公園の真ん中あたりに差し掛かった時、いきなり女性が立ち止った。

「ああ、清へのプレゼントッ! 忘れて来ちゃった。どうしよう」

 後ろに振り向いて奇抜な表情を見せる女性。しかし、その表情が次第に曇っていった。目線の先に映った光景は、更に深い闇だったのだ。所々で薄明かりを灯す水銀灯が、抱いている恐怖心を一層大きくしていた。

「どうしようかな。もう、雨じゃなきゃ取りに戻るんだけど」

 困惑気味に眉を下げた女性は、その場で前と後ろをキョロキョロと見ている。そうこうしている間にも、刻一刻と時間は過ぎているのだ。そして、何か吹っ切れた様に、

「もう、次にあった時に渡すとして、今日はこのまま行っちゃおう」

 いい加減なもので、何の為のプレゼントなのか。女性はそのまま先に進もうとした。

その時、何かの気配を感じた女性だった。

 いきなり真顔になって周りに神経を尖らせていた。そして、早く公園を過ぎ去ろうと速足で歩き始める女性だった。だが、その事が痣になってしまった。

 人影のない中で、枝を揺さ振る音が女性を襲った。

「キャッ」

 思わず声を出して立ち止った女性は、恐怖に震えながら周りを見渡す。そして、

「恐いよう。早く抜け出そう」

 自分に言い聞かせる様にそう呟いた。だが、身体の震えが止まらない為に、足が竦んで思う様に前に進めなかった。

今にも泣きそうな顔の女性だったが、その場でじっとしていても、恐怖から逃れることは出来ないと考えた女性は、意を決してその場から駈け出そうとした。

その時である。

雑木林から不意に飛び出した黒い影が、女性の背後から襲って来たのである。

「……」

 口を塞がれて声を出す事が出来ない女性は、そのまま雑木林の中に引き摺られて行った。

足をバタつかせながら、口を塞いでいる手を外そうと両手で必死に抵抗していた。だが、相手が長身だった事や、突然背後からの強襲だった事もあり、況してや、襲われた時の恐怖心で体が思う様に動かない事で、力の差に大きな開きがあったのだ。

 木の間を引き摺られて、少し広い場所に出てきた。すると女性は、思いっきり地面に押し倒された。

「…… 痛ッ。誰よ?」

 地面で頭を打った女性は、遠のく意識の中で振り返った。

女性の動きが鈍かったのか、一瞬の隙を衝いて上に覆い被さる人影だった。

しかし、抑えられまいと身体を捩って反転させた女性は、余りの恐怖に声は出せなかったものの、身の危険を回避しようと、迫ってくる人影に対して、必死に足をバタつかせて抵抗する女性だった。

だが、その決死の抵抗も空しく、襲い来る影が背後から馬乗りになったかと思うと、女性の長い髪の毛を掴んで引き寄せた。その痛みに仰け反る様に中腰になった女性は、その人影をひっぱたこうと振り返った。

 しかし次の瞬間。その女性の顔面に激痛が走った。

「うっ」

 殴られた痛みで声を上げる女性。一瞬、意識が飛んでいきそうになったのだが、遠のく意識で朦朧とした視界の中で、女性は暴行魔の顔を見ようとした。

薄らと開けた女性の目に飛び込んできたもの。それは、ニット製の覆面を被っている暴行魔の姿だった。その為に、相手が男なのか女なのかすら、全く区別がつかなかった。何れにせよ、正体を掴む事が出来なかったのだ。

その後も、再び殴り掛かる暴行魔。その行動は、女性に恐怖心を抱かせる為の暴力だった。そして、顔面を数発殴られた女性は意識を失ったのか、両手を地面に倒して抵抗を止めていた。

それを確認するかの様に、女性の手に握られたハンドバッグを取り上げた暴行魔は、離れた所にそのバッグを投げ捨てたのである。 

その後、恐怖のあまりに動けなくなった女性の胸元に手を掛けた暴行魔は、着ている洋服を力任せに引き裂き始めたのである。

力が入らないまま抵抗出来ない女性の身体は、大きく揺さぶられるだけだった。そして見る見るうちに来ていた衣服を剥ぎ取られた女性は、下着だけの裸体が露わになっていた。

それから暫くは、暴行魔の為がままとなってしまった女性の身体だった。

その後、ゆっくりと立上った暴行魔は、投げ捨てたハンドバッグの方に歩いて行った。その間、長く感じる時間の中で女性の耳に届く音は、枯葉や草を踏む靴音だけだった。他には、公園の外の道路を走る車の音が、空しく耳に届くだけだったのだ。

倒れたまま、余りの悔しさに涙を流しながら空を見ている女性。

その時の心境は、救いを求めたい反面、今の状況を人に見られる事の方が怖かった。その為に、犯人が遠ざかっても声を上げることが出来なかったのだ。そして、それを解っていながら、ゆっくりと行動する犯人だったのである。

拾い上げたバッグを開け、バッグの中身を物色する暴行魔。手にした化粧品やポーチ等は、見る事も無くその場で捨てている。財布を見つけ出したかと思うと、中に入っていた金銭をポケットの中に入れていた。

その行動を眼で追う事も無く、空を見たまま倒れている女性だったが、どうしても腑に落ちない違和感の様な物を感じていた。

「あなた、一体何のまねなの」

 倒れたまま、静かな口調でそう呟いた。

少し離れた所でバッグの中身を探っていた暴行魔だったが、女性の放った言葉を聞いた途端に、持っていたハンドバッグをその場に投げ捨てた。

「……」

 無言のまま、倒れている女性を睨みつける暴行魔。

そんな暴行魔に向かって、女性は奇妙な言葉を発した。

「それでも私を襲ったつもりなの。一体何が目的なのよ」

 強い口調でそう叫んだのである。その時、何故か恐怖心を感じられない女性だった。

すると、さっきまでじっと見ているだけの暴行魔だったが、震える手を握りしめていた。

暫くして女性の方に足音が近寄って来たかと思うと、それに気付いた女性が暴行魔の方に眼をやった。

その時だった。女性の目前が真っ暗になったかと思うと、何かが潰される様な鈍い音と共に、女性の身体が跳ね上がったのである。

「ぐっ」

 声が殺される女性だった。そして、暴行魔が女性目掛けて振り下ろしていた物は、横に転がっていた大きな石だった。その後も数回にわたって鈍い音がする中、女性の身体も大きく跳ね上がっていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ