裏切り
まもなく、謁見の間で即席裁判が行われた。エミリアはアルブレヒトの侍従たちに囲まれて、半ば連行されるような形でその場に立ていた。カールがレイモンを殺害したという『証拠』が次々と提示された後、証人尋問へと移った。証言台には王の毒見役が立っている。
「……カール殿下に共謀を持ちかけられました。もし従わなければ私も、私の家族も殺すと言われ……」
毒見役は弱弱しい声でそう証言した。空の玉座に影が落ちる。
「お前……何を!」
手錠をはめられ、謁見の間で跪かされているカールが毒見役をきっと睨みつけた。
「カール殿下。この証言があってもなお、罪をお認めになりませんか?」
アルブレヒトがカールを見下ろし、冷たい声で言い放った。
「当たり前だ! 私が父上を殺害するなどありえない! アルブレヒト、父を亡き者にしたのはお前だろう! よくもこんな……」
「もう一人、証人がいます」
アルブレヒトはカールの言葉を遮るようにそう言い放った。証言台に現れた人物を見て、エミリアは息をのんだ。
「エミリア様付きの侍女、エルザです。エルザ、真実を証言することを誓うか?」
「はい、私の知っていることを全てお話いたします」
エルザは静かに口を開いた。
「エミリア様はカール殿下の計画に気づいておられました。そして自分に何もできないことに心を痛めておられました。カール殿下からは頻繁に殴られ、脅されて……私にしか真実を話せなかったのです」
「エルザ……?」
(何を、言っているの……?)
エルザの口から出ている言葉を、エミリアは理解できなかった。理解したくなかった。自分にとって母親同然であった侍女が、今平然と嘘の証言をしている。それも、兄を死に追いやるような証言を。
「エミリア様、この侍女が言ったことは本当ですか?」
「……っ、嘘に決まっているでしょう! 兄上は無実よ! エルザ、どうして……」
なんで、どうして裏切ったの。エミリアが縋るような目でエルザを見つめると、エルザはすっと顔をそらした。その表情は読み取れない。
「エミリア様、ここは裁判の場です。お辛いでしょうが真実をお話しください」
アルブレヒトが極めて冷静な声でそう言い放つ。エミリアが言い返す前に、エルザが口を開いた。
「アルブレヒト様。エミリア様は陛下を亡くされて動揺しておられます。それにカール殿下からも毎日のように酷い仕打ちを受けていて……今起こっていることを信じられないのです」
エミリアはこぶしを握って立ち上がった。
「エルザ、どうしてそんな嘘をつくの? どうしてそんな、私たちを裏切るようなことを……兄は無実よ! 父上のことを殺してなんかいないし、私のことを殴ってもいない。今この場で、私の身体に傷やあざがないことを見せてもいいわ!」
「エミリア様、落ち着いてください」
アルブレヒトがたしなめるようにエミリアの両肩に手を置いて座らせた。エミリアは精一杯の力でアルブレヒトを睨みつけた。
「証拠も証言も揃ったことですし……ここで皆の意見を聞きましょう。カール殿下の有罪に、異議のある者は?」
謁見の間が静寂に包まれる。誰も、声を上げなかった。重臣たちはすでに皆、アルブレヒトの手の中にあったのだ。
「異議なし、とみなす。それでは法に基づいて——逆賊カールに、死罪を」
「っ……離せ! 無礼者!」
カールはじたばたと暴れるが、複数人の兵士によって取り押さえられる。
「そんな……兄上! こんな裁判、おかしいわ! 兄上は無実よ!」
エミリアの声に、誰も答えない。まるでエミリア自身がその場から消されているようだ。誰か、誰か兄上を。
「ではこの場で、死刑を執行する」
「は……?」
エミリアは声にもならない声を漏らした。裁判が終わってすぐに刑が執行されるなんて、いくら逆賊とはいえ法に反することだ。しかしこの場ではアルブレヒトが法であり、秩序なのだ。
「ああああああああ!」
カールの絶叫が、謁見の間に響きわたる。瞬間、鮮やかな赤が光沢のある床に飛び散った。兵士の剣により、カールの首があっさりと切り落とされた。
「あに、うえ……」
エミリアの瞳から、行き場のない涙があふれる。
「エミリア様の罪状については、後日裁判を行います」
足が震えている。瞼の裏には兄の首から飛び散った鮮やかな赤が焼きついたままだ。エミリアは自分の手首にひんやりとした圧迫を感じ、はじめて自分に手錠がかけられたのだと気づいた。
「エミリア様には手を出さないと、約束されたではないですか!」
そんなエルザの声が聞こえた気がしたが、エミリアにとってはもう、全ての音が意味をなさなかった。




