↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
26/28

第26話「気になる二人」

※時系列は、22話の後となります。

「かんぱーい!」

「お疲れ様でした……!」

 一度は延期になったものの、日を改めて無事に飲み会の日を迎えた。会社近くの居酒屋、いつもの座敷席で、佐藤がジョッキを高々と掲げる。

「いやー、久しぶりだな、三人で飲むの。あの時は、部長のことでバタバタしちまってさ」

「うん。あれから、もう一週間くらい経つんだね」

 僕は、ノンアルビールを一口飲みながら、そう返した。

「無花果先輩、リスケありがとうございました!そういえば、最近、また調子良さそうですね」

 一ノ瀬さんが、枝豆に手を伸ばしながら、にこにこと言う。

「そうかな。まあ、おかげさまで」

「そうかな、じゃないだろ」

 佐藤が、少し呆れたように笑った。

「お前、あれからも、ずっと絶好調じゃん。むしろ、あの時より調子いいんじゃないか」

「そんなことないと思うけど」

「いや、絶対そうだって。……もうお前、社畜四天王に昇格したんじゃないか?」

「佐藤先輩、また適当なことを言って~」

 一ノ瀬さんはもう酔ったのか、ふわふわしている。

「そういえばさ」

 佐藤は、少しだけ声のトーンを落として、続けた。

「部長のことなんだけどさ。この前、二人きりになった時に、急に『あの時は、迷惑をかけたな』って謝られたんだよ」

「……謝られた?」

 僕は、思わず、箸を止めた。

「うん。何のことか、最初は分からなかったんだけどさ。よくよく聞いたら、あの、変になった日のことを言ってるみたいで」

「部長、あの日のこと、覚えてるんだ」

「……本人も、はっきりとは思い出せないみたいだけど、『何か、調子が悪かった』って、気まずそうに言っててさ」

 一ノ瀬さんも、少し神妙な顔で頷いた。

「私も、部長に謝られました。急に真面目な顔で、『あの時は迷惑をかけた、これからもよろしく頼む』って」

「そっか……」

 僕は、あの後の、まどかさんとの会話を思い出した。今、こうして自分の言葉で謝ってくれる部長を見ていると、少しずつ、自分自身の理想に近づいているんだろうと思えた。

「なあ、無花果」

 佐藤が、少しだけ、真剣な顔で僕を見た。

「正直言うとさ、俺、部長のこと、よく分からないんだよな。前の部長は、自分に非があっても決して謝ってくれなかっただろ。それなのに、最近は変わってきたというか」

「私もです。今のほうがいいとは思うんですが。なんというか……」

「……分かるよ、その気持ち」

「お前は、平気なのか?」

「平気、っていうか」

 僕は、少し考えてから、言葉を選んだ。

「きっと、何か思うところがあったんじゃないかな。僕も一ノ瀬さんと同じで、今の部長のほうがいいと思うよ。ちゃんと僕たちを見て、自分の言葉で謝ってくれるし。まぁ、過去の部長を許せるかと言われると悩むけど、それで今の姿を否定するのは嫌かな」

 佐藤は、しばらく僕の顔をじっと見ていたけれど、やがて、小さく息を吐いた。

「……お前、ほんと変わったよな」

「え?」

「いや、悪い意味じゃなくてさ」

 そう言いつつ、ジョッキを傾けながら、続けた。

「前は、そういう、ちゃんと『考え』を持って喋る奴じゃなかっただろ、お前。なんつーか、いつも周りに合わせて、当たり障りのないこと言うタイプだったのに」

「……そうだったかな」

「そうだったよ。一ノ瀬ちゃんもそう思うだろ?」

「そうですね……。私が入った頃から見ても、無花果先輩、確かにここ最近、雰囲気変わりましたよね。前より、ずっと、自分の意見をはっきり言うようになったっていうか」

 一ノ瀬さんが、少し照れくさそうに付け加えた。

 二人の言葉に、僕は少しだけ、居心地の悪さを覚えた。

「なんか、いい出会いでもあったんじゃないですか?」

 一ノ瀬さんが、悪戯っぽく笑いながら聞いてくる。

「いい出会い、か」

 その言葉に、僕の脳裏に浮かんだのは、居心地の良い『みやこや』と硝子細工のような瞳をした少女の顔だった。

「……まあ、うん、そうかもね。場所と人に恵まれたのかな」

「え、マジで!?」

 佐藤が、身を乗り出してくる。

「なんだよ、どこで、誰と!?」

「秘密」

「ケチ!」

「秘密、ですか。……そう言われると気になりますね」

 一ノ瀬さんが、悪戯っぽく目を細める。

 僕は二人のやり取りを聞きながら、思わず、遠い目をしてしまった。

 あの、温かい引き戸の向こうの光景が、頭の中に浮かんでは消えていく。


「……無花果先輩」

 一ノ瀬さんの声が、少しだけ、こわばっていた。

「今の目、なんかヤバかったですよ」

「え?」

「なんていうか、目の焦点が行方不明です」

「そんな大袈裟な」

 僕は、笑ってごまかしながらも、視線を少しだけ、皿の上に落とした。

 その一瞬の間に、一ノ瀬さんは佐藤とちらりと視線を交わした。何かを確かめ合うように。

「なあ、無花果」

 佐藤が、努めて明るい調子で、話を変えるように言った。

「まあ、いいことがあったなら、それでいいけどさ。とりあえず、今日は飲もうぜ!」

「そうだね」

 その夜は、それ以上、その話題に触れられることはなかった。僕は、二人がその後、こっそりと目配せを交わしていたことに、まったく気づいていなかった。


――数日後――

「なあ、一ノ瀬ちゃん」

 昼休み、給湯室で、佐藤が声をひそめて言った。

「あの日の無花果の目、お前も見ただろ」

「見ました。あれは、絶対何かあります」

 一ノ瀬さんも、真剣な顔で頷いた。

「怪しい宗教とか、そういう系じゃないですよね……?」

 冗談めかしてはいたけれど、その目には、ほんの少しだけ、本気の色が滲んでいた。

「いや、それは俺も思った。『場所』と『人』って……完全に、その手の入り口の台詞じゃん」

「無花果先輩、優しいから、狙われやすいタイプですよね……」

「だよな。俺たちでちゃんと確認しといた方がいいと思うんだよ……あと、無花果に何かあったら、明日から誰が俺の仕事を手伝ってくれるんだって話もあるけど」

 佐藤は、缶コーヒーを片手に、決意を固めたように頷いた。

「今度、無花果が早く帰る日、こっそりついていこうぜ」

「え、それ、大丈夫なんですか?」

「大丈夫だって。部長も最近業務配分きっちりしてくれてるし」

 一ノ瀬さんは、少しあきれた表情をしつつも迷うように視線を泳がせて、小さく頷いた。

「……分かりました。無花果先輩のためですもんね」

「よし、決まりだな」


 こうして、二人による、ささやかな"尾行作戦"が、静かに幕を開けることになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。