第六十八話 王都の夜、屋上の月
王城での用事が全て終わり、四人は宿に戻った。
報奨金の受け取り手続きは翌日に持ち越しになったが、重要なことは全て片付いた。
功績はパーティに帰属。クロイツ家への分配はなし。アルドは冒険者を続ける。
食堂で夕食を取った。
王都の宿の食事は、ルドナより豪華だった。焼いた魚、蒸した野菜、温かいパン、果物のコンポート。
報奨金の前祝いとして、レインが酒を頼んだ。セラだけ茶。
「魔王を倒して、王城で功績をもらって、貴族の親父を説き伏せて、全部やった後に飲む酒は格別だな」
レインが杯を掲げる。
「俺たちは言ってみればSランク確定だ。魔王倒したAランクのパーティなんて、歴史に残るぞ」
「歴史に残るかどうかは知らないけど、今日の魚は美味しい」
アネスが魚をほぐしながら言う。
実務的な感想だが、それがアネスらしい。
アルドは静かに食べていた。
だが表情が、ここ数日で一番穏やかだった。
王都に来てからずっと硬かった顔が、ようやく解けている。
父親との話が、何かの決着をつけたのだろう。
内容は聞いていない。聞く必要もない。
アルドが戻ってきた。それだけで十分だ。
◇
食後、セラは宿の屋上に出た。
カレイドの宿で、アルドと前世の話をした夜と同じだ。
高い場所に行くと、頭が整理される。
王都の夜景が広がっていた。
ルドナとは比べものにならない光の量。
窓の灯り、街灯の灯り、馬車のランタンの灯り。
星よりも街の光の方が明るい。
月が出ていた。
満月に近い。黄色い月が、王城の尖塔の向こうに浮かんでいる。
風が穏やかだ。
春の夜の風。カレイドの潮風とは違う、街の匂いがする風。
屋上の扉が開いた。
アルドだった。
カレイドの時と同じだ。
茶を二杯持って、隣に座る。
「また来たな」
「また来た。セラが屋上にいると、なぜか分かる」
「なぜですか」
「部屋に戻ってないのに、食堂にもいない。消去法で屋上だ」
論理的な答えだが、セラは少し笑った。
「カレイドの時と同じですね」
「ああ。あの時は前世の話をした」
「はい。あの時、言えてよかったって、今でも思います」
アルドが茶を差し出した。
セラが受け取る。指先が触れた。
一瞬だけ。
だがその一瞬で、セラの心臓が跳ねた。
指先の温度。
乾いた手。大きな手。剣を握る手。報告書を書く手。茶を淹れる手。
セラは茶を両手で包み、月を見上げた。
「アルドさん」
「ん」
「今日、協議の場で……私が発言した時、驚きましたか」
「驚いた。セラがあんなにはっきり政治の場で話すとは思わなかった」
「前世では、黙っていました。宮廷で、ずっと」
「今世では違ったな」
「はい。今世では……声を出す理由がありましたから」
「理由?」
セラは月を見ながら答えた。
「アルドさんが一人で背負わされるのが嫌だったんです。功績がクロイツ家のものになったら、アルドさんだけが政治に縛られる。それが嫌でした」
アルドは黙って聞いていた。
「前世では、誰かのために声を出すことができなかった。自分のためにさえ出せなかった。でも今世では……アルドさんのためなら、出せました」
言ってしまった。
“アルドさんのために”。
言葉にしてから、セラは自分の言った内容に気づいた。
顔が熱くなる。月明かりの中でも、赤くなっているのが分かる。
「……パーティのために、です。四人のために」
慌てて訂正した。
アルドは少し間を置いて、言った。
「セラ」
「はい」
「訂正しなくていい」
セラの心臓が、もう一度跳ねた。
「俺も……セラのためなら声を出す。前世の話を聞いた時、怒りが出た。セラを囮にした連中への怒りが。あれは、パーティのリーダーとしてじゃなく、俺個人の怒りだった」
月が雲に隠れ、また出た。
二人の影が、屋上の床に薄く映っている。
「俺は頭が良くないから、こういう話は下手だ。でも一つだけ分かることがある」
「何ですか」
「今のパーティが、俺の人生で一番いい場所だってこと。セラがいるこのパーティが」
セラの目が熱くなった。
泣かない。ここでは泣かない。
代わりに、茶を一口飲んだ。
温かかった。
「……私もです。ここが一番いい場所です」
二人は並んで月を見た。
言葉はそれ以上なかった。
でも、沈黙が心地よかった。
言葉がなくても通じるものが、二人の間にあった。




