第六十七話 アルドの選択
協議は二時間に及んだ。
結論は、功績をパーティ”銀夜の残火”に帰属させ、王家への移管は行わないというものだった。
セラの発言が転換点になった。ギルドの独立性と制度の矛盾を突かれ、典礼局長が引き下がった。騎士団代表もパーティ単位の功績認定に異論を唱えなかった。
王は、最後まで表情を崩さなかった。
だが退室する時にアルドに一言だけ言った。
「後で話がある。二人で」
父と子の話。
王と辞退王子の話。
パーティの三人は立ち入れない場所だ。
◇
午後の授与式は簡素だった。
典礼局長から、特級討伐の認定書と報奨金の目録が手渡された。
認定書は羊皮紙に金の文字で書かれ、王家の紋章が押されている。
報奨金は、四人が一年間依頼をこなさなくても暮らせる額だった。
式の後、アルドは三人に声をかけた。
「少し外す。父上と話してくる」
レインが頷いた。
「行ってこい。待ってる」
アネスが付け足した。
「晩飯までには戻ってきてね」
セラは何も言わなかった。
言いたいことはあった。“一人で行かないで”と。
だが、これは家族の話だ。王と王子の話だ。セラが踏み込む場所ではない。
アルドが廊下を歩いていく。
背中が、王城の長い廊下の奥に小さくなっていく。
磨かれた床に、アルドの影が映っている。
また、背中が遠ざかっている。
セラは拳を握った。
爪が手のひらに食い込む。
待つ。
待つことも、信頼の一つだ。
◇
三人は王城の前庭で待った。
噴水のそばのベンチに座り、春の風を受けている。
レインが足を組んで空を見上げた。
「セラ、心配してるだろ」
「……してません」
「嘘つけ。さっきから拳握りっぱなしだ」
セラは手を見た。確かに、爪の跡が掌に残っている。
「心配してるのは、アルドが王家に戻るかもしれないからか?」
セラは少し間を置いて、頷いた。
「王が直接”力は王家のものだ”と言った。父親があれだけ強く出てきた。二人きりの話し合いで、“戻れ”と言われたら……」
「断る」
レインが即答した。
「断るよ。あいつは。ミルネでも断った。教育係の老騎士が潰された話、覚えてるか? あの記憶を持ったまま、あの席に座る気はねえよ」
「でも、王の命令は……」
「命令じゃない。あれは”お願い”だ。辞退を認めた時点で、命令する権利を王は手放してる。だからこそ”話がある”なんだ。命令なら”戻れ”で済む」
レインの分析は鋭かった。
弓使いの目だ。遠くのものを正確に見る。
アネスが隣に座り、セラの手を取った。
「セラ。大丈夫だよ。アルドは戻ってくる」
「……どうして分かるんですか」
「だって、アルドはセラのことが大事だもの。パーティの全員が大事だけど、セラのことは特に」
セラの心臓が跳ねた。
「特に?」
「気づいてないの? 魔王城でセラが崩れた時、一番先に名前を呼んだの、誰だった? セラが膝をついた時、腕を差し出したの、誰だった? カレイドの屋上で、茶を持って来たの、誰だった?」
「それは……パーティのリーダーとして」
「リーダーとして、ね」
アネスの声に、からかいはない。ただ穏やかに、事実を述べている。
セラは顔が熱くなるのを感じた。
春の風が頬に触れるが、冷えない。
◇
アルドが戻ってきたのは、夕暮れ時だった。
前庭のベンチに座っている三人の前に、ゆっくりと歩いてきた。
夕日を背にして、影が長い。
表情は穏やかだった。
朝の硬さが消えている。
ミルネの後と同じだ。何かが終わった後の、静かな顔。
「待たせた」
「長かったな」レインが立ち上がる。「で?」
「断った」
三文字。
それだけで、全部が分かった。
「王家には戻らない。冒険者を続ける。父上には、そう伝えた」
「陛下は何て?」
「“勝手にしろ”と言われた。……十七の時と、同じ言葉だ」
アルドは小さく笑った。
苦い笑みだが、後悔はない。
「ただ、今回は一つだけ違った」
「何が」
「“勝手にしろ。だが、お前の魔導士は筋が通っている。ああいう人間がそばにいるなら、まだ安心できる”と付け足された」
お前の魔導士。
セラのことだ。
王が、セラを認めた。
セラの論理を、セラの声を、認めた。
そして”お前の”と言った。アルドの隣にいる存在として。
セラの顔がさらに熱くなった。
アルドがセラを見た。
「ありがとう。あの場で声を出してくれたおかげで、話が動いた。セラの発言がなかったら、もっと揉めてた」
「私は事実を言っただけです」
「それが一番強い。政治の場で事実を言える人間は少ない。特に、王の前で」
セラは照れて目を逸らした。
夕日が噴水に反射して、金色の光が散っている。
四人の影が、石畳の上で長く伸びている。
四人分の影が、一つも欠けていない。




