第六十四話 王都の空気
王都に着いたのは、五日目の昼だった。
巨大な門が、街道の先に聳えている。
白い石の壁。高さは十メートル以上。壁の上に衛兵が立ち、旗が風にはためいている。
王家の紋章。獅子と剣。
門をくぐると、街の規模が一変した。
ルドナの三倍はある。
大通りは馬車二台が並んで走れる幅があり、石畳が磨かれている。
人が多い。商人、兵士、貴族、職人、子ども。声と音が溢れている。
前世でも見た街だ。
同じ門。同じ壁。同じ紋章。
だが、前世のセラはこの門を宮廷馬車の窓から見た。
今世のセラは、自分の足で歩いて入った。
「でかいな」レインが見上げる。「何回来ても慣れない」
「私は初めて」アネスが言う。「想像より人が多い」
アルドは何も言わなかった。
生まれ育った街だ。見慣れた景色のはず。
だがその表情は、帰郷の感慨ではなく、警戒に近い。
ミルネの時よりもさらに硬い。ここは城都ではなく、王都だ。派閥の本拠地。
すれ違う人間の中に、視線を感じた。
門を通った瞬間から始まっている。
ミルネの時と同じだ。“見ている”目。ただし数が多い。
セラも気づいていた。
魔力感知で探るまでもなく、空気の質が違う。
一歩ごとに値踏みされている。四人の装備、歩き方、佇まい。全てが情報として回収されている。
「監視が多いですね」
セラが小声で言うと、アルドが頷いた。
「辞退王子の帰還は、派閥にとって大事件だ。帰還派も反対派も、まず情報を集める。……慣れてるから気にするな」
慣れている。
この街で育ったアルドにとって、監視は日常だったのだ。
十七歳まで、この空気の中で生きていた。
◇
ギルド本部に寄り、王城への出頭を知らせた。
担当の幹部に名乗ると、態度が変わった。
“アルド殿下”という呼称が出た瞬間、周囲の冒険者が振り返った。
殿下。王子。ここでは隠せない。
「パーティ全員で出頭する」
アルドが告げると、幹部は一瞬口ごもった。
「全員で……。出頭命令は殿下おひとりですが」
「功績はパーティのものだ。一人で行くなら冒険者として行く意味がない」
幹部は困った顔をしたが、手配を約束した。
ギルドを出ると、通りの視線がさらに増えていた。
“辞退王子がギルド本部に来た”という情報が、もう広まっている。
「面倒だな、この街は」
アルドが呟いた。ミルネでも同じことを言った。
だが今回は、声に疲れが混じっていた。
宿に荷物を置いた後、アルドが外に出ると言った。
「少し歩いてくる。一人で」
レインが目を細めた。
「城か?」
「……ああ。父上に、着いたことだけ伝える。面会は明日の協議の場でいい」
アルドは剣を腰に帯び、宿を出た。
セラは窓の外を見ていた。
アルドの背中が、通りの人混みに消えていく。
背中が消える。
ユリウスの背中が遠ざかっていく映像が、一瞬だけ重なった。
暗い空間の中で。遠ざかる足音。
違う。アルドは帰ってくる。
分かっている。分かっているのに、胸が締まった。




