第六十三話 金の封蝋
王城からの書状が届いたのは、翌々日の朝だった。
ギルドの受付に、金の封蝋が押された封書が届いていた。
封蝋の紋章は王家のもの。獅子と剣を組み合わせた意匠。
前世でも見たことがある紋章だった。勇者パーティの任命書にも、同じ紋章が押されていた。
ヘレナが封書を差し出す時、指先に緊張があった。
「王城直送便です。アルド殿下宛て……と、なっています」
殿下。
ヘレナは知らなかったのだろう。登録名は”アルド”としか書かれていない。王城からの書状で初めて、この冒険者が王子だと知った顔だ。
アルドが封書を受け取り、開封した。
中には一枚の公文書と、一枚の私信。
公文書の内容は形式的だった。
“北方山脈における上位魔物討伐の功績を認め、辞退王子アルド殿下に王城への出頭を命じる。功績の授与式および関連事項の協議のため、到着次第、王城典礼官に連絡されたし”
辞退王子。
わざわざ”辞退”をつけている。肩書きとして使い続けている。
辞退しても王子は王子だ。血は抜けない。
もう一枚の私信を、アルドは黙って読んだ。
読み終えると、紙を畳んで懐にしまった。
「何が書いてあったんだ」レインが聞く。
「父上からだ」
短い答え。
王。この国の王からの私信。
それ以上は言わなかった。
レインも追及しなかった。ミルネの時と同じだ。アルドが話すまで待つ。
◇
宿に戻り、出発の準備をした。
ルドナから王都までは、馬車で五日。徒歩なら七日。
命令である以上、あまり遅れるわけにはいかない。
準備をしながら、セラはアルドの様子を観察していた。
いつもと同じように荷物をまとめ、剣の手入れをし、地図を確認している。
動作に乱れはない。声のトーンも変わらない。
だが、目が違う。
普段のアルドの目は穏やかで、遠くを見ている。
今のアルドの目は、近くを見ている。手元を。
何かを考えている時の目だ。考えているが、口に出さない。
セラは声をかけようとして、止めた。
今は待つべきだ。アルドが話したくなるまで。
◇
王都への道中、三日目の夜。
見張りの交代でアルドと二人になった。
火が低く燃えている。
レインとアネスは天幕の中で眠っている。
星が近い。春の夜空は澄んでいて、天の川が薄く見える。
「アルドさん」
「ん」
「聞いても、いいですか。お父様からの手紙のこと」
アルドは火を見つめたまま、少し間を置いた。
「……大したことは書いてない。“魔王を倒せる力があるなら、その力は国のために使うべきだ”。そう書いてあった」
国のために。
ミルネでの帰還要請より、一段階重い言い方だ。
帰って来いではなく、力を国に捧げろ。
「十七で辞退した時も、同じことを言われた。“お前の力は国のものだ”って。俺は”俺の力は俺のものだ”と返した。それで出た」
アルドの声に怒りはなかった。
諦めでもない。ただ、距離がある。
肉親なのに、交渉相手のような距離。
「父上が間違ってるとは思わない。王の信念としては正しいだろう。国を守るために、使える力は全て使う。それが王の仕事だ。でも俺は、“使える力”として扱われるのが嫌だった」
「……分かります」
セラの声が自然に出た。
「私も、前世では”使える力”でした。魔導士としての火力。それが私の全てだった。人としては透明で、戦力としてだけ存在していた」
「今は違うだろ」
「はい。今は違います。このパーティでは、戦力以前に、人として見てもらえている」
アルドが小さく頷いた。
「俺もだ。冒険者になって、パーティを組んで。ようやく”殿下”じゃなく”アルド”として生きられるようになった」
火が揺れた。
二人の影が、地面の上で重なりかけて、離れた。
「王城では、“殿下”に戻される。分かっている。でも、四人で行くなら耐えられる」
「耐えます。一緒に」
セラの声は静かだったが、芯があった。
アルドが微かに笑った。
ミルネ以来、久しぶりに見る苦さのない笑みだった。




