第六十二話 功績と波紋
ルドナに戻って三日。
日常が戻っていた。
朝起きて、食堂で朝食を取り、ギルドで依頼を確認し、街の周辺で小規模な哨戒をこなす。
魔王討伐の前と変わらない日々。
変わったのは、ギルドの掲示板に赤い縁取りがなくなったことくらいだ。北の山脈の通行止めは解除され、物資が流れ始めている。
だが、静かな日常の水面下で、波紋が広がっていた。
四日目の朝、ギルドに行くと、ヘレナが神妙な顔で待っていた。
「王都本部から鳥便が来ました」
封蝋が金色だ。ギルド本部の公式通信。
アルドが受け取り、その場で開封した。
内容を読むアルドの表情が、僅かに変わった。
眉が寄り、口元が引き締まる。
ミルネで王家の書簡を受け取った時と同じ顔だ。
「何て?」
レインが聞く。
「王都の調査隊が、魔王城の残骸を確認した。報告書の内容は認められた。銀夜の残火に対し、正式な功績として”特級討伐”が付与される」
「すげえ。特級か。Sランク確定じゃないか」
「それだけじゃない」
アルドが紙面の下半分を見せた。
「“なお、本件に関し、王城より別途通達あり。パーティ代表者は追って届く書状を確認されたし”」
王城。
ギルド本部ではなく、王城。
国の中枢が、動き始めている。
セラの胸に、冷たいものが落ちた。
ミルネでの出来事を思い出す。監視の目。“殿下”と呼ばれたアルド。派閥の影。
あの時と同じことが、もっと大きな規模で起きようとしている。
魔王を倒したのが、王位を辞退した王子だった。
それがどういう意味を持つか、政治の世界では計り知れない。
◇
その日の午後、宿で四人はテーブルを囲んだ。
「来たな」レインが腕を組む。声が低い。「ミルネの時より大きい。今度は王城直だ」
「ああ」アルドが答える。声に僅かな緊張がある。「魔王討伐は国家的な功績だ。勇者パーティが来る前に、俺たちが先にやった。しかもパーティの代表者が王位辞退者。王城にとっては、二重に面倒な事態だ」
アネスが静かに聞いている。
「面倒って、具体的にはどういうこと?」
「いくつかある。一つ。勇者パーティの面子の問題。王命討伐を遂行できなかったことになる。ユリウスの立場が悪くなる。二つ。功績の帰属。辞退した王子が国家級の功績を上げた。これを王家の功績にするか、一冒険者の功績にするかで、派閥が割れる」
「ミルネの時みたいに」セラが言った。
「そうだ。だがミルネの時は”戻って来い”程度の話だった。今回は”魔王を倒した王子”だ。……利用価値が桁違いに上がってる」
利用価値。
嫌な言葉だった。
前世で何度も聞いた言葉。
勇者パーティの中で、セラの”利用価値”が議論されたことがある。
“あの魔導士の火力はどの程度使えるか”。
人を能力で測り、使い道で分類する。
「三つ目」
アルドの声が少し沈んだ。
「俺が辞退した王位の話が、また蒸し返される。“魔王を倒せるほどの器なら、やはり王位を”という声が出る。辞退派と帰還派の争いが再燃する」
沈黙が落ちた。
二十三話のあの夜を、セラは思い出していた。
アルドが語った辞退の理由。
“王位って、座る本人だけの話じゃない。周りの人生ごと燃やす席だ”。
“数字で語られる命を、名前で呼べる距離にいたい”。
あの言葉が、今また試されようとしている。
「書状が来たら、俺が対応する。三人は巻き込まれなくていい」
セラの胸で、冷たいものが硬くなった。
また、だ。
一人で背負おうとしている。
ミルネの時もそうだった。自分だけが前に出て、三人を下がらせようとする。
「アルドさん」
セラが口を開いた。
「このパーティは、四人です。一人で行かせません」
アルドがセラを見た。
「セラ……」
「ミルネの時も四人で乗り越えた。あの時、私は”嫌い”を口にできるようになった。今度は、もっとはっきり言えます。アルドさんを一人にしない」
レインが頷いた。
「同感だ。王族の面倒ごとなんか知ったことじゃないが、パーティの代表が一人で政治に放り込まれるのを黙って見てるのは違う」
アネスが静かに言った。
「四人で行こう。何があっても」
アルドは三人の顔を順に見て、長い息を吐いた。
「……分かった。来い。ただし、ミルネの比じゃなく面倒なことになるぞ」
「面倒は慣れてます」
セラの声は、自分でも驚くほど確かだった。




