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二度目の人生は勇者パーティに入りません 〜裏切られた最強魔導士、今度はSランク冒険者と魔王を先に倒します〜  作者: 月代
終章「旅の続き」

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第六十一話 ルドナの風


 ルドナに着いたのは、カレイドを出てから二十日目の夕方だった。


 見慣れた石畳の街並みが、夕日に照らされている。

 赤い屋根。白い壁。街路樹の枝に新芽が出ている。

 春が来ていた。


 ルドナは中規模の街道都市で、冒険者ギルドの支部がある。

 銀夜の残火の拠点だ。

 依頼の受注も報告もここで行い、宿も馴染みの場所がある。

 セラがこの街に来るのは二度目だが、帰ってきた、という感覚が確かにあった。


 門をくぐると、門番の老兵が手を上げた。


「おう、アルドか。長い旅だったな」


「ああ。ただいま」


 アルドが片手を上げて応える。

 門番はセラたちにも頷き、荷物の確認を省略した。顔パスだ。


 街の中を歩く。

 パン屋の匂い。鍛冶屋の槌音。子どもが通りを走り回る声。

 日常だった。

 魔王城の暗闇とも、山脈の厳しさとも無縁の、穏やかな日常。


 レインが大きく伸びをした。


「やっと着いた。風呂だ風呂。まず風呂」


「まずギルドに報告でしょ」アネスが言う。


「報告は明日でいい。今日は疲れてる。風呂が先」


「レインの言う通りだ」アルドが判断する。「報告は明日の朝で十分だ。今日は休もう」


 馴染みの宿に入った。

 石造りの二階建て。一階が食堂、二階が客室。

 宿の女将が四人を見て、顔を綻ばせた。


「おかえり。いつもの部屋、空けてあるよ」


「ありがとう」


 いつもの部屋。

 セラとアネスが二人部屋、アルドとレインが二人部屋。

 何度か使った部屋だが、今回は妙に落ち着いた。

 荷物を置き、外套を脱ぎ、靴を脱ぐ。

 足が床に触れた瞬間、旅の重さが一気に身体に落ちてきた。


 セラは寝台に座り、目を閉じた。


 魔王城から、ここまで来た。

 あの暗い空間から、この穏やかな宿の部屋まで。

 途方もない距離を歩いた気がするが、実際には二十日だ。

 二十日前の自分と今の自分は、同じ人間だろうか。


 同じだ。でも、少しだけ軽くなっている。


     ◇


 翌朝、ギルドの支部に報告に行った。


 ルドナのギルドは街の中心にある石造りの建物で、冒険者が常に出入りしている。

 一階がロビーと受付、二階が会議室と資料室。

 朝の時間帯は比較的空いていて、受付に二人ほど冒険者がいるだけだった。


 受付のヘレナが四人を見て、手を止めた。

 二十代後半の、眼鏡をかけた女性。事務処理が正確で、冒険者からの信頼が厚い。


「おかえりなさい。長い旅だったみたいですね。補給路の確認依頼、完了報告ですか?」


「それと、追加の報告がある」


 アルドが報告書を差し出した。


 ヘレナが読み始め、途中で手が止まった。

 眼鏡の奥の目が見開かれる。


「……これ、本当ですか」


「本当だ。王都にも鳥便で先行報告を出してある。確認は調査隊の仕事だが、事実だ」


 ヘレナは報告書を三度読み返し、それからゆっくり顔を上げた。


「魔王討伐……。正式に受理します。王都本部からの確認が来るまで、仮登録として処理しますが……Sランクへの昇格審査が入る可能性があります」


「急がなくていい」アルドが言う。「ランクより、依頼を回してくれ。補給路の確認依頼の残りがあるだろう」


 ヘレナは少し呆れたような顔をしたが、頷いた。


「分かりました。次の依頼は準備しておきます。あと、一つ」


「何だ」


「セラさん宛てに、手紙が届いています」


 セラの心臓が跳ねた。


「手紙……」


 ヘレナが受付の下から封筒を取り出した。

 白い封筒。封蝋は紫。差出人の名前は書かれていないが、裏面に小さく”R”と記されている。


 R。

 リーネ。


 セラは封筒を受け取った。

 指先が震えている。


 手紙が届いた。

 カレイドで渡した言葉が、返ってきた。


     ◇


 宿の部屋で、セラは手紙を開けた。


 一人になりたかった。

 この手紙は、一人で読みたかった。


 封蝋を丁寧に剥がし、封筒から便箋を取り出す。

 二枚。細い文字で、びっしりと書かれている。


「セラさんへ


 お手紙を書くのに、とても時間がかかりました。

 何度も書いて、何度も捨てて、今これを書いています。


 先生に手紙を出しました。

 勇者パーティの現状と、自分の気持ちを伝えました。

 先生からの返事はまだ来ていませんが、書いたこと自体が大きな一歩だったと思います。


 セラさんが言ってくれたこと、毎日思い出しています。

 “恩は命を差し出す理由にはならない”。

 あの言葉がなかったら、手紙を書く勇気は出なかったと思います。


 今すぐにパーティを出ることはできません。

 でも、“ここしかない”とは、もう思っていません。

 セラさんが教えてくれたから。変えた後の場所がある、って。


 ルドナのギルド、銀夜の残火。

 忘れていません。


 いつか、そちらに行ける日が来たら、その時は。


 リーネより」


 セラは便箋を膝の上に置き、窓の外を見た。


 春の空。

 雲が流れている。


 涙は出なかった。

 泣く代わりに、胸の中に温かいものが広がっている。

 手紙が届いた。言葉が届いた。

 カレイドで握った手の温度が、文字になって帰ってきた。


 “いつか”。

 いつかは不確定だ。明日かもしれないし、一年後かもしれない。

 でも、“いつか”があるということは、“二度とない”ではないということだ。


 セラは便箋を丁寧に畳み、荷物の底にしまった。

 大事なものを入れる場所。触媒の小瓶と、予備の包帯と、この手紙。


     ◇


 食堂に降りると、三人がテーブルにいた。

 朝食の残り。パンの欠片と、冷めた茶。


 アルドがセラの顔を見て、僅かに目を細めた。


「いい知らせか」


「……はい。リーネさんから。先生に手紙を出したそうです」


「動いたか」


「はい。まだ時間はかかると思いますけど」


 レインがパンを齧りながら言った。


「良かったな。セラが種を蒔いて、あの子が芽を出した」


「種なんて大げさです。言葉を一つ渡しただけです」


「言葉一つで人が動くなら、それは大した種だ」


 アネスが茶を注ぎ足しながら微笑んだ。


「セラ、嬉しそうな顔してるよ。珍しい」


「……してますか」


「してる。いい顔」


 セラは照れて、茶を飲んだ。

 温かかった。

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