第六十話 二度目の人生の、次の一歩
すれ違いから二日後。
四人は街道沿いの宿場町に着いた。
ギルドの支部があり、ここから王都への報告書を送ることができる。
前の出張所より大きく、常駐の受付が三人いる。
アルドが報告書を書き上げ、ギルドの受付に提出した。
“北方山脈エルドガルド奥地にて、魔王と称される上位魔物を討伐。パーティ『銀夜の残火』による緊急討伐として報告する。討伐対象は、四本の腕を持ち広範囲魔力攻撃を行使する高位魔物。城塞内部での戦闘を経て撃破。城塞は魔力の喪失により崩壊過程にあり。詳細は添付書類の通り”
受付嬢が報告書を読み、何度も目を瞬いた。
「これ……本当ですか」
「嘘を書いて楽しい報告書じゃないだろう」
アルドの返答に、受付嬢は慌てて頷いた。
「す、すみません。至急、本部に転送します」
報告書は鳥便で王都に送られた。
正式な確認と認定には時間がかかるだろう。
だが、北の山の通行止めが解除され、滞っていた物資が動き出す。
それだけで、報告の価値はある。
◇
宿の食堂で、四人はテーブルを囲んだ。
報告書を出し終えた後の、穏やかな時間。
窓から春の日差しが差し込み、テーブルの上に温かい四角を作っている。
埃が光の中で舞い、ゆっくりと回っている。
レインが杯を掲げた。
「一応、祝杯だな。魔王討伐」
「酒は?」アルドが聞く。
「茶でいい。セラ、酒飲めるのか?」
「飲めません」
「じゃあ茶で。茶の祝杯。一番質素な祝杯だな。魔王倒して茶で乾杯って」
「質素が一番いいだろう」アルドが言う。
四つの杯が重なった。
小さな音。陶器と陶器がぶつかる、軽い音。
乾杯の言葉はなかった。
ただ杯を合わせて、茶を飲んだ。
それだけで十分だった。
言葉にしなくても、四人の間で共有されていることがある。
怖かったこと。戦ったこと。勝ったこと。生きていること。
全部が、茶の中に溶けている。
アネスが杯を置き、セラに聞いた。
「この先、どうする?」
「この先?」
「魔王は倒した。前世の区切りもつけた。これからの旅の目的は、何になるの?」
セラは考えた。
前世の話を、このパーティに打ち明けた時。
カレイドでリーネに手を伸ばした時。
魔王城で泣いた時。
街道でユリウスとすれ違い、振り返らなかった時。
全部が繋がって、一つの道になっている。
前世の影を背負って歩いてきた道が、少しずつ明るくなっている。
「……普通に冒険者を続けます。依頼をこなして、旅をして、必要な場所で必要なことをする」
「魔王を倒した後に”普通”か」レインが笑う。
「普通がいいんです。前世では、“特別”なパーティにいて、“特別”な任務をして、“特別”に死にました。今世では、普通に生きたい。普通に依頼を受けて、普通に飯を食って、普通に笑って、普通に眠りたい」
アルドが茶を飲み干した。
「いいじゃないか。普通に生きよう。依頼をこなして、飯を食って、寝て、また歩く。それが一番難しくて、一番いい」
セラは微笑んだ。
「あと、一つだけ」
「何だ」
「リーネさんからの手紙を、待ちます。ルドナのギルドに届くはずだから。銀夜の残火宛てに」
約束がある。
カレイドで握った手。“ルドナのギルドに一報ください”。
手紙が届くかどうかは分からない。
リーネが本当にパーティを抜けるかどうかも分からない。
でも、待つことはできる。
待つことも、手を伸ばすことの一つだ。
“ここで待っている”と伝えたこと自体が、リーネにとっての逃げ道になる。
アルドが頷いた。
「なら、次はルドナに向かうか。拠点に戻ろう」
「はい」
セラは立ち上がった。
窓の外には、春の街道が伸びている。
道端に黄色い花が咲き始めている。名前は知らない。
風が柔らかく、日差しが温かい。
前世の影は、まだ消えていない。
完全には消えないだろう。
あの暗い空間の記憶は、セラの一部になっている。
消すのではなく、抱えて歩く。
重さを知っているから、足の踏み方が変わる。
痛みを知っているから、他人の痛みが分かる。
でも、影の上に光が差している。
アルドの声。レインの笑い。アネスの手。
四人の足音。重なる呼吸。並んで歩く影。
前世では、セラは一人で死んだ。
今世では、四人で生きている。
二度目の人生は、まだ続く。
次の一歩は、もう踏み出している。
セラは宿の扉を開け、春の風を顔に受けた。
隣にはアルド、レイン、アネスがいる。
後ろには、リーネとの約束がある。
前には、まだ見ぬ道が続いている。
歩こう。
今度こそ、最後まで。




