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二度目の人生は勇者パーティに入りません 〜裏切られた最強魔導士、今度はSランク冒険者と魔王を先に倒します〜  作者: 月代
第五章「魔王討伐」

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第五十九話 街道ですれ違う


 南へ向かう街道で、三日目。


 春が近づいていた。

 道端の草に新芽が出始め、風が少しだけ柔らかくなっている。

 日差しに温もりがあり、外套の前を開けても寒くない。

 小鳥の鳴き声が聞こえる。山道では聞こえなかった、生き物の音。


 街道は整備されていて、旅人も商隊も増えていた。

 北の山脈の魔力が正常化したという噂が広まり始め、人の流れが戻っている。


 昼過ぎ、街道の向こうに、一団が見えた。


 セラは最初、商隊だと思った。

 馬車が一台と、数人の人影。

 街道の向こうから、こちらに向かって歩いてくる。


 だが、魔力感知が反応した。

 聖剣の魔力。微かだが、前世で何度も感じた波長。

 甘く、鋭く、圧倒的な密度。

 あの剣だけが持つ魔力の波形。間違えようがない。


 足が止まりそうになった。


 止まらなかった。


 セラは歩き続けた。

 歩調を変えない。呼吸を変えない。

 前を向いて、同じ速度で。


「セラ」


 アルドが横で言った。低い声で。セラにだけ聞こえる声で。


「分かってます。大丈夫です」


 距離が縮まる。


 馬車の横を歩く四人が見える。

 先頭にユリウス。金の髪が日差しを受けている。

 外套の下に聖剣の鞘が覗いている。

 歩き方は堂々としている。自信に満ちた歩み。世界の中心を歩くような足取り。


 左にカイル。巨体が街道の幅を狭くしている。

 右にディーノ。フードを被ったまま、指輪が光っている。


 そして後ろに、リーネ。


 リーネ。


 セラの視線がリーネに向いた。

 栗色の髪を結んだ少女は、杖を手に、馬車の後ろを歩いている。


 前にカレイドで見た時とは、何かが違った。

 肩の位置が少し高い。歩幅が少し広い。

 身体を小さくする癖が、わずかに減っている気がする。

 顎が上がっている。前を見ている。

 カレイドの時は、足元ばかり見ていた。


 手紙を書いたのだろうか。

 先生に意思を伝えたのだろうか。

 まだ分からない。でも、背筋が少しだけ伸びている。

 それだけで分かることがある。何かが変わり始めている。


 距離が、さらに縮まる。

 五十歩。三十歩。二十歩。


 ユリウスがこちらに気づいた。

 街道ですれ違う冒険者を、目で値踏みする。

 いつもの癖。相手の装備を見て、体格を見て、佇まいを見て、格付けをする。


 アルドの装備を見た。質素だが隙がない。

 セラの灰色の髪を見た。


 何の反応もなかった。

 カレイドで一度顔を合わせている。

 “うちの魔導士だ。Aランクのセラ”と紹介された。

 だが覚えていないのか、覚えていても興味がないのか。


 “そうか”。


 あの時と同じ目だ。

 見ているが、見ていない。存在を認識しているが、意味を与えていない。

 セラは、ユリウスにとって風景の一部でしかない。


 すれ違う。


 セラの右側を、ユリウスが通過した。

 距離は一歩半。手を伸ばせば届く距離。


 香料の匂い。甘く、重い。

 前世で何度も嗅いだ匂い。

 この匂いは、前世の記憶の中で最も鮮明なものの一つだ。

 ユリウスの隣で戦っていた時、常にこの匂いがあった。


 セラの心臓が跳ねた。

 指先が冷たくなった。


 だが、足は止まらなかった。

 心臓は跳ねたが、足は動いている。

 指先は冷たいが、杖を握る手は安定している。


 カイルが通過する。視線すら向けない。セラは存在しない。

 ディーノが通過する。フードの奥で、ちらりとセラを見た。値踏みの目。だがすぐに逸らした。


 そしてリーネが来た。


 リーネがセラの横を通る瞬間、目が合った。


 栗色の瞳が、灰色の瞳を捉えた。


 リーネの表情が変わった。

 驚き。それから、喜び。

 口元が動く。何か言おうとしている。

 “セラさん”と言おうとしているのが、口の形で分かった。


 だがセラは、小さく首を振った。

 ほんの僅か。リーネにだけ分かる動き。


 “今は、言わなくていい”。


 ユリウスたちに聞かれる必要はない。

 セラとリーネの間のことは、セラとリーネだけのものだ。


 リーネは一瞬だけ迷い、それから頷いた。

 小さく、静かに。


 そして歩き続けた。

 勇者パーティの後ろを歩いて、セラの横を通り過ぎた。


 すれ違った。


 それだけだった。

 大きな言葉も、劇的な対決もない。

 ただ、街道の上で、二つのパーティがすれ違った。


     ◇


 十歩。二十歩。三十歩。


 距離が開いていく。

 後ろで馬車の車輪の音が遠ざかる。


 セラは振り返らなかった。


 前世では、ユリウスの背中を何度も見た。

 遠ざかる背中。振り返らない背中。

 今度は、セラが振り返らない。

 だが意味が違う。

 ユリウスが振り返らなかったのは、セラに価値がなかったからだ。

 セラが振り返らないのは、もうユリウスに用がないからだ。


 アルドも振り返らなかった。

 レインもアネスも。


 四人は前を向いて歩き続けた。


 ユリウスは気づかない。

 自分たちが向かっている場所に、もう魔王がいないことを。

 空っぽの城が崩れかけていることを。

 名前も覚えていない灰色の髪の魔導士が、先にやり遂げたことを。


 知る必要はない。


 セラが魔王を倒したのは、ユリウスに認めてもらうためではない。

 リーネを守るためであり、前世に区切りをつけるためであり、今世を生きるためだ。


 認められなくても、伝えなくても、やったことは消えない。


 レインが小声で言った。


「……言わなくてよかったのか。本当に」


「はい」


「すげえな。俺だったら”ざまあ”くらい言いたいけど」


「言っても何も変わらないので」


「変わらないけど、すっきりするだろ」


「すっきりしなくていい。すっきりすることが目的じゃないから」


 レインは肩をすくめた。


「まあ、セラがいいなら、いいけど。……でも俺はちょっと言いたかったな」


 アネスが隣を歩きながら言った。


「リーネちゃん、少し変わってたね。背筋が伸びてた」


「……気づきましたか」


「うん。肩の位置が違った。前に見た時は、身体を小さくしてた。今日は、少しだけ普通に歩いてた。顔も上がってた」


 セラの胸に、小さな温もりが灯った。


 手紙を書いたかどうかは分からない。

 でも、何かが変わり始めている。

 カレイドで渡した言葉が、少しだけ届いたのかもしれない。

 “恩は命を差し出す理由にはならない”。

 あの言葉が、リーネの中で芽を出している。


 それだけで、手を伸ばした甲斐がある。

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