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二度目の人生は勇者パーティに入りません 〜裏切られた最強魔導士、今度はSランク冒険者と魔王を先に倒します〜  作者: 月代
第五章「魔王討伐」

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第五十二話 魔王



 奥へ進むと、空間の中央に光源があった。


 紫色の淡い光。

 灯りの魔法とは違う種類の光。

 温かさがない。冷たくもない。ただ光っている。

 目を焼かないが、目を逸らせない。


 床に刻まれた巨大な魔法陣が、自ら発光している。

 直径は二十歩ほど。複雑な紋様が幾何学的に組み合わさり、光の脈動とともに陰影が変わる。

 紋様は前世の記憶通りだ。

 中央に蛇が三匹絡み合う図案。その周囲に、古い文字が螺旋状に並んでいる。

 読めない文字だ。前世でもディーノが解読を試みたが、半分しか読めなかった。


 その中央に、人影があった。


 人の形をしている。

 だが、人ではない。


 長身。二メートルを超える。

 黒いローブを纏い、フードの奥に二つの光る目がある。

 紫色の瞳。深く、底がない。

 星のない夜空を覗き込んでいるような感覚。引き込まれる。


 顔は見えないが、口元だけが微かに動いている。

 笑っているのか、呼吸しているのか。

 あるいは、何かを呟いているのか。


 手は四本。

 人の腕が二本、ローブの裾から伸びている。

 白い肌。指は長く、関節が一つ多いように見える。

 さらに、背中から影のような腕が二本、生えている。

 影の腕は半透明で、輪郭が揺らいでいる。

 空気を掻くように動いている。

 実体の腕とは独立して、別の意思で動いている。


 魔王。


 前世でセラを殺した存在。


 セラの心臓が跳ねた。

 身体が後退しようとする。本能的な反応だ。

 足が後ろに動きかけた。


 だが止まった。

 自分で止めた。


 前世の自分なら逃げた。

 今世の自分は、止まれる。


 魔王が口を開いた。


「――来たか」


 声は低く、空間全体に響いた。

 壁がない空間なのに、声が反響する。

 魔力で増幅された音声だ。声自体が魔法のように空間を満たす。


「勇者ではないな。聖剣の匂いがない」


 魔王の紫の瞳が、四人を舐めるように見た。

 一人ずつ。アルドを見て、レインを見て、アネスを見て。

 最後にセラで止まった。


 紫の瞳が細くなった。


「だが、知っている魔力がある。お前……以前、ここに来たことがあるな」


 セラの背筋が凍った。


 分かるのか。

 前世の魔力の残滓が、今世にも残っているのか。

 それとも、魔王の感知能力が、前世と今世の同一性を見抜いているのか。


「黙ってもいい。分かる。お前の魔力には”死”の匂いがある。一度、この場所で途切れた魔力だ。魔力は嘘をつかない。お前はここで死に、どこかで生き返った」


 魔王は笑った。

 口元が三日月のように歪む。

 人間の笑顔とは違う。感情の表現ではなく、口の形が変わっただけに見える。


「面白い。二度目があるとは。この世界は、時々予想外のことをする」


 セラは杖を構えた。

 右手で杖を握り、左手を添える。構えは安定している。

 震えていない。怖いが、震えていない。


「二度目はない。今度は死なない」


「大きく出たな。前は三人に守られても死んだのに、今度は四人で勝てるのか」


 前は三人に”守られて”。


 セラの中で、怒りが燃えた。

 静かに、深く、熱く。


「守られてなんかいなかった」


 声が空間に響いた。

 魔力場が増幅し、声に重みが乗る。

 セラの怒りが、魔力を通じて声に宿る。


「囮にされただけだ。前に出ろと言われて、引きつけろと言われて、背中を向けられた。あれは”守る”じゃない」


 魔王の目が細くなった。

 瞳の中の紫の光が、微かに揺れた。


「……なるほど。怒りがある。いい燃料だ。怒りは魔力を研ぐ。怖がっている人間より、怒っている人間の方が強い」


 魔王の四本の腕が広がった。

 実体の腕が左右に。影の腕が上方に。

 四つの手のひらが、同時にセラたちに向けられた。


 戦闘が始まる。


     ◇


 アルドが前に出た。


 剣を構え、セラの前に立つ。

 壁になるのではない。起点になる。

 アルドが前に立つことで、魔王の攻撃の方向が限定される。

 限定された攻撃に対して、セラが対策を打てる。


「セラ、指示を」


 前世とは逆だ。

 前世では、ユリウスが指示を出し、セラが従った。

 今世では、セラが指示を出し、アルドが従う。


 セラは魔力感知を全開にした。

 魔王の魔力の流れを読む。

 どの腕に力が集中しているか。攻撃の起点はどこか。


 魔力が右の影腕に集中している。

 腕の先端に紫の光が凝縮し、空気が歪んでいる。


「右の影腕! まず衝撃波が来ます!」


 魔王の右の影腕が振り下ろされた。

 空気が裂ける音。

 不可視の力が空気を圧縮し、衝撃波として放出される。

 黒い衝撃波が床を走り、四人に向かって扇状に広がる。

 床の石が割れ、破片が飛び散る。


 アルドが前で受け止めるのは無理だ。範囲が広すぎる。

 剣で斬れる攻撃ではない。


「散開! 左右に!」


 四人が二手に分かれた。

 セラとアネスが左、アルドとレインが右。

 事前に決めていた散開パターン。二層目の戦闘で確認した動きだ。


 衝撃波が中央を通過し、後方の壁にぶつかって爆裂した。

 石の破片が飛び散る。壁に巨大な亀裂が走った。

 衝撃で空気が揺れ、セラの髪が煽られた。


「一撃がこれか」レインが呟く。声が掠れている。「聞いてないぞ。この威力」


「前世では聖剣で相殺していました。聖剣の浄化の力で、衝撃波を打ち消せた。素の威力はこのくらいです」


「聖剣なしでどうする?」


「避ける。当たらなければ問題ない。衝撃波は発動前に魔力が集中するので、どの腕から来るか分かります。私が読んで、指示を出す」


 セラは走った。

 左に回り込みながら、氷の槍を三本生成する。

 魔力場の増幅を利用して、通常の倍の速度で形成できる。

 制御は難しいが、慣れてきている。半分の出力で始めて、増幅を計算に入れる。


 三本の槍を、魔王の左側に叩き込む。

 狙いは影腕の付け根。

 実体のある腕と影腕の接続部分が、前世で見つけた弱点だ。

 前世では、ディーノとセラの魔法を重ねて、ようやく影腕を一本消した。

 その時の記憶が、弱点の位置を教えてくれる。


 氷の槍が影腕に命中した。

 だが、通り抜けた。影腕は半透明だ。物理的な実体がない。

 氷の槍は影腕の向こう側の壁に突き刺さり、砕けた。


「影腕には物理が効かない! 氷も剣も通り抜けます!」セラが叫ぶ。


「魔法は?」アルドが聞き返す。剣を構えたまま、魔王の実体の腕を警戒している。


「効く! でも普通の魔法じゃ威力が足りない! 影腕を消すには、高密度の魔力をぶつけて”上書き”する必要がある!」


 前世の知識が蘇る。

 影腕は魔王の魔力で構成された擬似的な肢体だ。

 それを消すには、魔王の魔力より高い密度の魔力をぶつけて、構成を崩す必要がある。

 前世では、ディーノの支援魔法でセラの攻撃魔法の密度を上げて、ようやく一本を消した。


 だが今世のセラは、前世よりも魔力の制御が精密だ。

 ソロの二年間で鍛えた圧縮技術がある。

 少ない魔力を高密度に圧縮して、一点に集中させる技術。

 量ではなく質で勝負する。


「アネス! 回復魔法を私に重ねてください! 魔力の密度を上げます!」


「了解!」


 アネスの手が光った。

 回復魔法がセラの身体に流れ込む。

 体力の回復ではなく、魔力回路の活性化。

 アネスの魔力がセラの回路を通ることで、セラの魔力の流量が増える。

 パイプの水圧を上げるような効果だ。


 セラは右手に魔力を集中させた。

 通常の三倍。魔力場の増幅と合わせて、六倍の密度。

 手のひらが光り、空気が歪む。

 指の間から白い光が漏れ、影が四方に伸びる。


 氷ではなく、純粋な魔力の塊を生成する。

 形は球体。直径は拳大。だが密度は通常の魔法の十倍以上。

 圧縮された魔力が、球体の中で暴れている。

 手の中で小さな太陽を握っているような熱さと重さ。


 魔力弾。

 前世では使えなかった技だ。

 ソロの二年間、何千回もの戦闘で、少しずつ編み出した。

 魔力の量ではなく密度で勝負する、セラだけの魔法。


「アルド! 実体の腕を抑えて! 三秒だけ!」


 アルドが前に出た。

 魔王の実体の右腕が振り下ろされる。

 黒い爪。人間の手の三倍の大きさ。

 アルドの剣と衝突し、火花が散る。金属と爪が軋む音。

 アルドの足が床を滑る。押されている。


 だが三秒。持ちこたえた。


 その隙に、セラは魔力弾を放った。


 白い光が空間を走り、魔王の右の影腕の付け根に命中した。


 今度は通り抜けなかった。

 魔力と魔力がぶつかり、影腕が歪む。

 紫と白の光が交差し、火花のように散る。

 影腕の輪郭が崩れ、腕の形が溶けていく。


 魔王が初めて表情を変えた。

 笑みが消え、瞳が見開かれた。


「……ほう」


 右の影腕が消えた。

 紫の霧になって散り、空気に溶けた。


 残り三本。

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