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二度目の人生は勇者パーティに入りません 〜裏切られた最強魔導士、今度はSランク冒険者と魔王を先に倒します〜  作者: 月代
第五章「魔王討伐」

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第五十一話 三層目、あの場所



 階段を降りるたびに、魔力の密度が厚くなった。


 空気ではなく水の中を歩いているような抵抗がある。

 一段降りるごとに、身体の表面を魔力が撫でる。

 皮膚の上を細い指が何本も走るような感覚。

 不快ではないが、慣れない者には恐怖を与える種類の感覚だった。


 階段の石は黒く、磨かれたように滑らかだ。

 壁にも天井にも装飾はない。ただ黒い石が、下へ下へと続いている。

 灯りの魔法が照らす範囲は五歩先まで。その先は闇だ。


 階段は長かった。百段以上ある。

 前世では数えなかった。余裕がなかった。ユリウスの背中を追うのに必死だった。

 今世では数えている。

 数を数えることが、意識を現実に繋ぎ止める。

 一つ、二つ、三つ。足を置くたびに数字が増える。数字は今世にしかない。


 八十七。八十八。八十九。


 アルドの足音が後ろで響く。

 重く、安定した音。一定の間隔。揺らぎがない。

 戦闘の前でも、アルドの足音は変わらない。

 それが頼もしいのか、それとも恐ろしいのか。たぶん両方だ。


 九十二。九十三。


 魔力の密度がさらに上がった。

 灯りの魔法が勝手に明るくなる。抑えても抑えても、魔力場が増幅する。

 セラは出力を限界まで絞った。それでもまだ明るい。


 九十七。九十八。


 階段が終わった。


 足元が平らになり、広い空間に出た。

 最後の一段を降りた瞬間、空気の質が完全に変わった。

 圧迫感ではなく、包み込まれる感覚。

 魔力が四方から押し寄せ、身体の輪郭を浸食するように染み込んでくる。


 セラの灯りの魔法が、闇を押し開く。


 そこは――前世の記憶そのままだった。


 広大な空間。天井は見えない。

 暗闇が上方に吸い込まれるように広がっている。

 灯りの光が上に向かって伸びるが、天井には届かない。

 無限の空間のように感じられる。


 床は黒い石で、磨かれたように滑らかだ。

 靴の底が触れると、微かに魔力が反発する。

 歩くたびに、足元から魔力が立ち上る。

 柱はない。壁も遠くに霞んでいる。

 空間の端が見えない。闇の中に溶けている。


 前世で見た景色。

 前世で倒れた場所。

 前世で天井の暗闇を見上げた場所。


 あの時と同じ匂い。同じ空気。同じ温度。

 冷たくもなく温かくもない、無温の空間。

 生き物が存在しない場所の温度。


 セラの足が止まった。


 記憶が噴き出す。

 魔力場に増幅されて、映像が脳裏に焼きつく。

 抗えない。蓋を開けたのではなく、蓋ごと吹き飛んだ。


 ユリウスの背中。遠ざかる足音。

 “セラが引きつけろ”。

 振り返らない背中。金の髪が暗闇に消えていく。

 魔王の攻撃が迫る。紫の光。防御が間に合わない。

 衝撃。胸を貫かれるような痛み。床に倒れる。

 頬が冷たい石に触れる。

 天井の暗闇。どこまでも深い闇。

 誰も来ない。誰の足音もない。

 痛みが遠のく。感覚が消える。暗闇だけが残る。


 視界が白くなった。

 膝が折れそうになる。

 手足の感覚が消え、自分がどこに立っているか分からなくなる。


「セラ」


 アルドの声。


 近い。すぐ後ろにいる。

 声が暗闇を切り裂いて、セラの耳に届く。


「セラ。ここにいるぞ」


 名前。

 名前を呼ばれた。

 “セラ”。今世の名前。今世の声。


 白い視界が、少しずつ色を取り戻す。

 最初に見えたのは、黒い床。

 次に、灯りの魔法の光。自分が灯した光。

 そしてアルドの靴。茶色い革の靴。使い込まれて色が変わった、アルドの靴。


 前世にはなかった靴だ。

 この靴は今世にしかない。


 セラは目を閉じ、三つ数えて、開いた。


「……大丈夫です。戻りました」


「速かったな。三秒くらいだ」


「合図のおかげです。名前を呼ばれた瞬間に、ここが今世だと分かった」


 アルドは頷いた。

 表情に安堵はない。これから戦闘が始まるのだ。安堵している場合ではない。

 だが、セラが戻ったことに対する確認の目がある。“使える”か”使えない”かの判断ではなく、“大丈夫か”の確認だ。


 レインが弓を構えたまま、周囲を警戒している。

 暗闇の奥を見ている。何も見えないはずだが、耳を澄ませている。

 弓使いの警戒は、目だけではない。音で空間の広さを測り、空気の流れで生き物の気配を探る。


 アネスがセラの背中に手を当てている。

 温かい。治癒の手ではなく、ただの手。

 魔法を使っていない。ただ触れているだけ。

 だがその温度が、セラの背骨に伝わり、身体を今世に繋ぎ止めている。


 セラは呼吸を整え、空間の奥を見た。


 暗闇の中に、何かがいる。

 魔力感知が、巨大な反応を捉えている。

 これまで感じたどの魔物とも違う。

 魔力の波動が深く、広く、底がない。


 遠い。まだ百歩以上先だ。

 だが、存在感が圧倒的に大きい。

 空間の空気を歪めるほどの魔力が、奥で脈打っている。

 心臓のように。ゆっくりと。規則的に。


「……います。奥に」


「魔王か」


「はい。距離は百歩以上。まだこちらに動いていません。待っている」


 アルドが剣を抜いた。

 金属が鞘を離れる音が、空間に反響した。


 セラは杖を握り直した。

 掌に汗がにじんでいる。拭かない。拭く余裕がない。


「前世では、ここからユリウスが聖剣を抜いて突撃しました。正面から斬りかかり、カイルが盾で側面を固め、ディーノが支援を重ねた。セラは最後尾に置かれ、魔力が尽きかけた頃に”前に出ろ”と命じられた」


 自分のことを三人称で語る。

 距離を置くためだ。前世の自分と今世の自分を、混ぜないために。

 “前世のセラ”と”今のセラ”は、同じ記憶を持つ別の存在だ。

 少なくとも、そう思わなければ戦えない。


「今世では、そうはしません。私が最初に動きます」

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