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二度目の人生は勇者パーティに入りません 〜裏切られた最強魔導士、今度はSランク冒険者と魔王を先に倒します〜  作者: 月代
第五章「魔王討伐」

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第四十七話 エルドガルドへの道


 北の山脈に向かう道は、街道を外れてからが本番だった。


 最後の村で補給を済ませた。

 村の雑貨屋で水袋と保存食を追加し、アネスは薬師の店で回復薬の材料を買い足した。

 村の老人たちは、北に向かうと聞いて顔を曇らせた。


「あっちは駄目だ。猟師も近寄らない。山の空気がおかしいんだ」


 セラは丁寧に礼を言い、村を出た。


 村の外れに立つ道標が、北への道を示している。

 “エルドガルド方面 徒歩三日”。

 だがその文字の上に、赤い布が巻かれていた。通行止めの印だ。


 道標を過ぎると、道は獣道に変わった。

 木々が密集し、岩が道を塞ぎ、傾斜がきつくなる。

 冬の間に積もった雪が残っており、足元が滑る。

 日当たりの悪い北面では、雪が凍ってアイスバーンになっている場所もあった。


 セラが先導した。

 前世の記憶を頼りに、最も安全なルートを選ぶ。

 この山道は、前世でも通った道だ。


 ただし、前世とは季節が違う。

 前世の魔王討伐は夏だった。木々は緑に茂り、道は乾いていて、視界が良かった。

 今は冬の終わり。

 雪が残り、川が凍り、空気が薄い。

 木々は葉を落とし、枝の隙間から灰色の空が見える。

 条件は悪い。だが、魔物の活動が鈍るという利点もある。


「セラ、この先の分岐は?」


 アルドが後ろから聞く。

 アルドは二列目を歩いている。セラの判断を信頼しつつ、後方の安全も確認する位置取り。


「右です。左は崖に出ます。前世で勇者パーティが迷った場所です」


「迷ったのか」


「ユリウスが地図を読み間違えて、半日ロスしました。地図の等高線を無視して”近道だ”と言って左に行き、崖の前で立ち往生した」


 レインが笑う。


「英雄様、方向音痴か」


「方向音痴というより、地図を読む気がなかったんです。“俺の勘”で進むタイプでした。勘が当たることもありましたが、外れた時に引き返す判断ができない人でした」


「最悪だな。リーダーとして」


「前世のセラが地図を読んでいました。でも、進言しても”俺が決める”と言われて終わりでした」


 軽口が交わされる。

 前世の話をするセラの声は、以前より楽になっていた。

 辛い記憶もあるが、全てが辛いわけではない。

 勇者パーティの旅には、滑稽な場面もあった。

 ユリウスが地図を逆さまに読んでいたこと。カイルが山道で鎧の重さに苦しんでいたこと。

 ディーノが蜂の巣を魔法で誤爆して全員で逃げたこと。


 ただし、その滑稽さの裏に、常に四人目への無関心があった。

 笑い話の中にも、セラが道を指差しても聞いてもらえなかった記憶がある。

 それだけは、笑えない。


     ◇


 一日目の夜。

 山の中腹に、風を避けられる岩棚を見つけて野営した。


 火を焚き、食事を取る。

 乾燥肉とパンと、アネスが持ってきた薬草茶。

 標高が上がって気温が下がっているため、火の温かさが身に染みる。


 食事の後、アルドが地図を広げた。


「現在地はここ。明日中に稜線を越えれば、エルドガルドの北面に出られる。セラ、前世のルートと照合してくれ」


 セラは地図を覗き込んだ。

 前世の記憶と、今世の地図を重ねる。


「この沢を渡って、尾根伝いに行くのが一番安全です。前世では沢の手前で一泊して、翌朝に渡りました。ただ、今は冬なので沢が凍っている可能性がある。凍っていれば、渡るのは楽ですが、割れた時の危険がある」


「凍り具合は明日確認する。セラの魔力感知で、氷の厚さは分かるか?」


「分かります。水の魔力の密度で判断できます」


「助かる。じゃあ明日は沢の手前まで行って、判断する」


 計画が立った。

 前世の知識と、今世の判断が組み合わさっている。

 セラ一人では、冬の山道の経験が足りない。

 アルドの実戦経験と組み合わせることで、最適なルートが導き出される。


 これが、パーティだ。


     ◇


 山を登ること三日。


 標高が上がるにつれ、空気中の魔力が濃くなっていった。

 普通の人間には感じられないが、魔導士のセラには分かる。

 肌がぴりぴりする。呼吸が少し重い。空気に粘度がある。

 高地の空気の薄さとは違う、別種の圧迫感。


 アネスも感じているらしい。

 治癒魔法の素養を持つ者は、魔力の変化に敏感だ。


「魔力が濃い。治癒魔法の反応が変わってきてる。普段より回復が早いけど、消耗も早い。魔力効率が落ちてる感じ」


「高濃度の魔力場では、全ての魔法が増幅されます。攻撃も回復も。でも、制御が難しくなる。増幅されるのは威力だけで、精度は落ちる。暴発のリスクが上がります」


 セラは立ち止まり、触媒の小瓶を一本取り出した。

 革の腰袋から出した小さなガラス瓶。中に灰色の粉が入っている。

 蓋を開け、中の火山灰を少量指先に乗せる。

 魔力を通すと、灰が発光する。光の強さと速度で、魔力の濃度を測れる。


 灰が通常の三倍の速度で発光した。

 光が強すぎて、昼間なのに影ができるほどだ。


「増幅率が高い。通常の三倍以上です。このまま奥に進めば、もっと濃くなる」


 レインが指先を見つめた。


「三倍って、セラの魔法も三倍になるのか?」


「威力は上がります。でも、制御できなければ意味がない。例えるなら、いつもの三倍の力で弓を引いてるようなものです。弦が切れるか、矢が明後日の方向に飛ぶか」


「……分かりやすいな。嫌な例えだけど」


 アルドが判断する。


「今夜はここで野営。明日、セラに魔力場の対策を教えてもらう。ぶっつけ本番で入るのは危険だ」


 正しい判断だった。

 前世の勇者パーティは、対策なしに突入した。

 ユリウスは”俺の聖剣なら問題ない”と言い切った。

 実際、聖剣は魔力場に耐性がある。神聖な武具は、魔力の干渉を受けにくい。

 カイルの鎧も、魔力耐性のある金属で作られていた。

 ディーノの指輪には、魔力の調整機構が組み込まれていた。


 だが、四人目の魔導士には何の対策もされなかった。

 セラは自分の魔力だけで、高濃度の魔力場に耐えなければならなかった。

 “お前は魔導士なんだから、自分でなんとかしろ”。

 ユリウスの言葉が、記憶の底から浮かび上がる。


 今世では、違う。


     ◇


 セラは夜営の火の前で、三人に魔力場の特性を説明した。


 火が赤く燃え、四人の顔を照らしている。

 夜の山は寒い。吐く息が白い。

 だが火の周りは温かく、四人は肩を寄せて座っている。


「高濃度の魔力場では、三つのことが起きます」


 セラは地面に枝で図を描いた。


「一つ、全ての魔法が増幅される。攻撃も回復も、制御が効かないほど膨らむことがある。威力は上がるが、精度が落ちる」


「二つ、詠唱の制御が困難になる。いつもの感覚で魔力を流すと、出力が跳ね上がって暴発する。魔法を使う際は、普段の半分の魔力で詠唱を始める必要があります」


「三つ……」


 セラは一拍置いた。


「長時間の滞在で、精神に影響が出る」


「精神への影響って?」レインが聞く。


「恐怖の増幅。不安の増幅。記憶のフラッシュバック。魔力場は感情を揺さぶります。特に、負の感情に強く作用する。楽しい記憶より、辛い記憶の方が浮かびやすくなる」


 アネスが眉を顰めた。


「それは……セラにとっては、特に厳しいってことだね」


「はい」


 セラ自身にとって、これは最大の懸念だった。

 魔王城の中で、前世の記憶がフラッシュバックする可能性が高い。

 あの暗い空間。倒れた自分。遠ざかる足音。天井の暗闇。

 それが魔力場に増幅されたら、戦闘中に動けなくなるかもしれない。


 隠しても仕方がない。

 カレイドで前世を打ち明けた時に、隠さないと決めた。


「正直に言います。魔王城の中で、私が崩れる可能性があります。前世の記憶が戻って、身体が動かなくなる可能性がある。カレイドのギルドでユリウスを見た時のように」


 三人の顔が引き締まった。


 アルドが言う。


「対策は?」


「二つあります。一つは、私が崩れた時にすぐ引き戻してくれる人が近くにいること。完全に崩れる前に、外から刺激を与えれば戻れます。声でも、接触でも」


「もう一つは?」


「合図を決めておくこと。崩れかけた時に自分で気づけるよう、あるいは周囲が気づけるよう。私の動きが止まったら……名前を呼んでください。“セラ”と」


「名前?」


「前世では、名前を呼んでくれる人がいなかった。勇者パーティの中で、私は”おい”か”魔導士”としか呼ばれなかった。名前を呼ばれれば……ここが今世だと、思い出せる」


 長い沈黙が落ちた。

 火の粉が舞い、夜空に消えていく。


 アルドは頷いた。


「分かった。セラ。お前の名前は、俺たちが守る」


 不思議な言い方だった。

 名前を守る。

 でも、その意味が分かった。

 名前は存在の証だ。名前を呼ばれることは、“ここにいる”と認められること。

 “セラ”と呼ばれるたびに、今世に繋ぎ止められる。


 前世では、最後に名前を呼ばれたのがいつだったか、覚えていない。

 たぶん、誰も呼んでいなかった。


 レインが言った。


「セラ」


「はい?」


「練習。呼び慣れとく」


 セラは少しだけ笑った。

 レインなりの気遣いだ。不器用で、的確だ。

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