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二度目の人生は勇者パーティに入りません 〜裏切られた最強魔導士、今度はSランク冒険者と魔王を先に倒します〜  作者: 月代
第五章「魔王討伐」

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第四十六話 北の山脈からの報せ


 カレイドを出て五日。


 西の街道を進み、旧砦の村を過ぎ、北西へ向かっていた。

 街道は整備されているが、村と村の間隔が広くなってきた。

 畑が減り、牧草地が増え、遠くに山の稜線が見えるようになった。


 補給路の確認依頼はまだ続いている。

 各村の物資の流通状況を確認し、ギルドに報告する地味な仕事だ。

 だが、道中で入ってくる情報が、少しずつ質を変え始めていた。


 立ち寄った村の酒場は、夕刻の早い時間から人が集まっていた。

 農夫と猟師と旅商人。顔なじみらしい常連が、長いテーブルを囲んでいる。

 天井が低く、梁に干し草の束がぶら下がっている。暖炉の火が赤く揺れ、煤の匂いがする。


 旅商人が声を落として話していた。


「北の山脈の魔力が濃くなってる。先月から通行止めだ。商隊は迂回してるよ。おかげで日程が三日増えた」


 レインが杯を傾けながら聞く。

 聞いている、という姿勢は見せない。ただ近くに座って、耳を開けておく。レインの情報収集は、いつもこのやり方だ。


「魔力が濃いって、どのくらいだ?」


「分からねえけど、斥候に入った猟師がおかしくなって帰ってきた。目が虚ろで、自分の名前も言えない状態で。三日間何も喋れなかったらしい。魔力酔いってやつだ。北のルドフ村の猟師だったかな」


「猟師ってことは、山に慣れてる人間だろ」


「ああ。三十年山に入ってるベテランだって話だ。それが、一日で駄目になった。おっかねえよ」


 魔力酔い。

 一般人が高濃度の魔力に長時間さらされると、意識が混濁する現象だ。

 魔導士であれば自分の魔力で防御できるが、一般人にはその手段がない。

 魔力酔いが起きるほどの魔力濃度は、自然現象では説明がつかない。

 鉱脈の魔力漏出や、地脈の乱れでは、あそこまでの濃度にはならない。


 セラは酒場の隅で茶を飲みながら、耳を傾けていた。


 北の山脈。


 前世の記憶が反応する。

 心臓が一拍だけ速く打った。

 指先が冷たくなる。

 この反応を、もう知っている。前世に関わる情報に触れた時の、身体の反応だ。


 魔王城は、北の山脈の最奥にあった。


 セラは茶を一口飲んだ。

 温かい液体が喉を通っても、指先の冷たさは消えなかった。


     ◇


 翌朝、ギルドの出張所で情報を確認した。


 小さな出張所だ。

 石造りの平屋で、入口に木の看板がかかっている。

 受付は一人。白髪の老人が、厚い帳簿の前に座っている。

 掲示板は壁一面。依頼書と報告書が層をなして貼られ、古いものの端が破れている。


 その掲示板に、赤い縁取りの緊急報告が貼られていた。

 他の掲示物の上に重ねて、最も目立つ位置に。


 “北方山脈エルドガルド周辺にて、異常な魔力の増大を確認。原因調査中。Aランク以上の冒険者には、情報提供を求む。該当地域への民間人の立ち入りを禁止する”


 赤い縁取りは、ギルドの最高警戒度を示す。

 セラがこの色の掲示を見たのは、ソロ時代を含めても二回目だった。

 一回目は、大型の魔物の群れが街道を塞いだ時。


 アルドが報告を読み、顎に手を当てた。

 地図を脳内に広げている表情だ。距離と日数と補給を計算している。


「エルドガルド……。この辺りからだと、北東に五日か。王都からの調査隊は?」


 受付の老人が首を振る。

 老人の顔には、疲労と不安が滲んでいた。


「まだ来とらん。王都は勇者パーティに任せるつもりらしいが、あいつらは南の森に行っとった。今は移動中だろうが、こっちに来るかどうかは分からん。王都の判断待ちだ」


「周辺の村の状況は?」


「エルドガルドに近い村から順に、魔物の出現が増えとる。小型だが、数が多い。猟師組合が自警団を出してるが、限界がある。……正直、助けが欲しい」


 老人の声に、切実さがあった。

 ここは前線ではない。ただの田舎の出張所だ。

 それでも、北の異変の影響が波及してきている。


 南の森。カレイドだ。

 勇者パーティは、つい先日カレイドを出たところだ。

 北の山脈に向かうとしても、王都経由で命令を受けてから動く。最短でも十日はかかる。


 セラは地図を脳内に広げた。

 前世の記憶と、今世の地理を照合する。

 街道の位置。山脈の形状。村の配置。

 前世と今世で、地形は同じだ。

 人の歴史は違っても、山は動かない。


 エルドガルドは、前世で魔王城があった場所に近い。

 正確には、エルドガルドの裏側。北面の岩壁の向こうの盆地。

 偶然ではない。


 魔力の異常な増大。魔力酔い。通行止め。魔物の活性化。

 全てが、一つの結論を指している。


 魔王が、動き始めている。


 セラの左手が、膝の上で拳を作った。

 爪が手のひらに食い込む。

 それを、アネスが隣で見ていた。


     ◇


 宿の部屋で、四人は地図を囲んだ。


 テーブルの上にアルドの地図が広げられている。

 蝋燭の火で照らされた地図の上に、アルドが書き込んだ記号がいくつもある。

 補給路の状況。魔物の出現報告。村の位置と人口。

 ここ数日で集めた情報が、地図の上に集約されている。


 セラが口を開いた。


「前世の話になりますが……」


 アルド、レイン、アネスの三人は、カレイドを出た日に前世のことを共有済みだ。

 あの日、宿のテーブルを囲んで、セラは二度目の告白をした。

 前世のこと。勇者パーティのこと。囮にされたこと。死んだこと。

 三人は聞き、受け止め、“四人で分ける”と言ってくれた。


 あれ以来、セラが”前世の話”と前置きすると、三人とも自然に耳を傾けるようになっていた。

 構えるのでもなく、同情するのでもなく。

 ただ、“聞く”という姿勢を取る。

 それがどれほど楽か、セラは初めて知った。


「魔王城は、北の山脈の最奥にありました。エルドガルドの裏側、岩壁の向こうの盆地です。人の目には見えない場所に、魔力で隠されていた」


「隠されていた?」レインが聞く。


「魔力の結界で、周囲の景色に溶け込んでいました。岩壁が続いているように見えるけれど、実際にはその奥に空間がある。近づかなければ分からない。ただ、魔力が高い人間には”違和感”として感じられます。空気の密度が変わるような、肌に膜を貼られるような感覚です」


 セラは地図のエルドガルドの位置を指差した。


「ここが山の表側。裏側に回り込むには、この稜線を越えるか、東の谷を回るか。前世では東の谷を回りました。三日かかった」


 アルドが地図を指でなぞる。

 セラの指と、アルドの指が、地図の上で経路を辿る。


「今回の魔力の増大が、前世と同じ場所で起きているなら……」


「魔王が復活しかけている可能性があります。あるいは、前世と同じ時期に、同じことが起きている。前世で魔王が活動を始めたのも、ちょうどこの季節でした。冬の終わり。春の手前」


 沈黙が落ちた。

 蝋燭の炎が揺れ、四人の影が壁に伸びている。

 窓の外で風が鳴り、宿の木造の壁が微かに軋んだ。


 レインが腕を組む。


「前世では、勇者パーティが討伐に行ったんだよな」


「はい。王命で派遣されて、魔王城に入りました。四人で。ユリウス、カイル、ディーノ、そして私」


 セラは一拍置いた。


「……そして、私が囮にされた」


 声は平静だった。

 カレイドで言葉にしてから、前世の話をする時の震えが少し減った。

 消えたわけではない。ただ、制御できるようになっている。

 言葉にするたびに、少しずつ形が固まる。

 固まれば、持ちやすくなる。


 アネスが言った。


「勇者パーティが来るのを待つ?」


 実務的な質問だった。

 感情ではなく、判断を求めている。

 アネスはいつもそうだ。感情を否定しないが、判断の場面では冷静に選択肢を出す。


 セラは首を横に振った。


「待てば、同じことが起きます。ユリウスが同じ計画を立て、同じ判断をする。“全体のために一部を切る”。リーネが囮にされる」


 リーネの名前を出した瞬間、カレイドでの記憶が蘇った。

 栗色の髪の少女。声を殺して泣いていた背中。“ありがとう”の形をした口。

 手紙を書くと約束してくれた手の温度。


 四人の視線がセラに集まった。


「……私たちが先に行きます」


 言った。

 言ってしまった。


 自分の声が、部屋の中に残響する。

 蝋燭の火が揺れ、影が動いた。


 アルドが目を細めた。驚きではなく、確認の表情だ。

 “お前はそう言うと思った”という目ではない。

 “本気か”を見定める目だ。


「先に行く。魔王を」


「はい。前世の記憶で、魔王城の構造を知っています。弱点も、戦い方も、罠の位置も。勇者パーティが来る前に、私たちで片づける」


 大胆な提案だった。

 Aランクのパーティが魔王に挑む。

 前世では、聖剣を持つ勇者と、Sランク相当の仲間たちが四人がかりで苦戦した相手だ。


 だが、セラには前世の知識がある。

 魔王の攻撃パターン。弱点。城の構造。罠の位置。

 前世では”知らなかった”情報を、今世のセラは全て持っている。

 そして、前世にはなかったソロの二年間で磨いた技術がある。


 アルドは長い間考えた。

 腕を組み、目を閉じ、呼吸を三回繰り返した。

 それから目を開き、口を開いた。


「セラ。一つだけ聞く」


「はい」


「これは、リーネを守るためか。それとも、お前自身のためか」


 核心を突く質問だった。

 アルドはいつもそうだ。回りくどいことを言わず、一番大事なことだけを聞く。


 セラは少し考えた。

 嘘をつかない。嘘をつく必要がない相手だ。


「両方です。リーネが囮にされるのを防ぎたい。あの子が、前世の私と同じ目に遭うのを止めたい。でもそれだけじゃない」


 セラは拳を見つめた。


「前世で死んだ場所に、もう一度立ちたい。今度は……置いてかれない仲間と。あの場所で、今度は勝って、生きて帰りたい。それが、前世の自分への区切りになると思うから」


 アルドは頷いた。

 深く。ゆっくりと。


「分かった。行こう」


 レインが笑う。口角が上がっているが、目は笑っていない。真剣な顔だ。


「おいおい、早くないか。もう少し悩めよ」


「悩んだよ。三秒」


「短い。短すぎる。人生で一番大きい判断だろ」


「セラの目が本気だった。本気の目をした人間を待たせると、勢いが死ぬ。それに、悩んでも結論は同じだ」


「結論は同じって……」


「セラが”行く”と言ったら、俺は行く。それだけだ」


 レインは頭を掻いた。それから、ため息をつく。


「……まあ、俺もそうだけどさ。言い方ってものがあるだろ」


 アネスが立ち上がった。

 薬箱を開け、中身を確認し始めている。

 もう準備に入っている。判断は終わった、とその手が言っている。


「準備が要るね。薬と包帯を多めに。回復薬は市場で追加する。魔力枯渇に備えて、糖分の補給食も。あと、高濃度の魔力に長時間さらされた場合の解毒薬も念のため」


 四人は動き出した。

 誰も”無理だ”と言わなかった。

 誰も”考え直せ”と言わなかった。

 セラが”行く”と言い、アルドが”行こう”と答えた。

 それで決まった。


 このパーティは、そういうパーティだ。

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