表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二度目の人生は勇者パーティに入りません 〜裏切られた最強魔導士、今度はSランク冒険者と魔王を先に倒します〜  作者: 月代
第四章「勇者パーティとの再会」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/70

第四十二話 ユリウスの顔


 昼前、勇者パーティがギルドに現れた。


 入口の扉が開いた瞬間、空気が変わった。

 ロビーにいた冒険者たちが振り返り、ざわめきが走る。

 ユリウスの存在感は、部屋に入っただけで空間を支配する。


 ユリウスが受付嬢に声をかける。

 カウンターに片手をつき、見下ろすような姿勢で。


「リーネは? 引き取りに来た」


 引き取り。さっきは引き渡し。どちらも人に使う言葉ではない。

 荷物か、備品か、消耗品。

 ユリウスにとってリーネは、その程度の存在なのだ。


 セラたち四人は、ギルドのロビーの奥のテーブルにいた。

 依頼の報告書を書いている最中だったが、勇者パーティの入場で空気が変わる。


 ユリウスの視線が、ロビーを一巡してセラたちに止まった。

 冒険者を値踏みする目。装備を見て、体格を見て、佇まいを見る。

 そしてアルドに向かって歩いてくる。


 アルドの装備は質素だが、剣の鞘の磨き方や立ち姿に隙がない。

 ユリウスはそれを見て、“この男は使える”と判断したのだろう。

 前世のユリウスも、そうやって人を見ていた。

 使えるか、使えないか。その二択。


「昨日、リーネを拾ってくれたのはあんたたちか」


 “拾った”。


 セラの奥歯が軋んだ。

 拾う。道に落ちていた物を拾う。ゴミを拾う。落とし物を拾う。

 人間に使う言葉ではない。


 アルドは立ち上がり、穏やかに答えた。

 声のトーンを変えない。表情を動かさない。

 だがその穏やかさの下に、鋼がある。


「緊急救助依頼として対応しました。リーネさんは捻挫でしたが、治療済みで回復しています」


「そうか。手間かけたな」


 ユリウスの礼は形式的だった。

 声に感謝がない。“処理してくれたか”という確認に近い。

 部下に仕事の完了を確認するのと同じ口調。


 カイルはアルドを見ていない。興味がないのだ。

 ディーノはフードの奥から四人を観察している。口元が微かに動く。


 レインが椅子に座ったまま、聞こえるように呟いた。

 矢じりを磨く手を止めず、顔も上げず。


「拾うって言い方、物みたいだな」


 ギルドのロビーが一瞬、静まった。


 ユリウスの目が細くなった。

 青い瞳に、冷たい光が走る。


「なんだ?」


「いや、別に。言葉の選び方って大事だなと思って」


 レインの声は軽い。いつもの飄々とした口調だ。

 だが中身は鋭い。ユリウスの言葉遣いを、正面から指摘している。


 空気が張った。

 カイルが一歩前に出る。大柄な体が、影を作る。威圧だ。

 ディーノはフードの奥で笑っている。面白がっている。


 アルドがレインの前に立ち、視線でユリウスを受け止めた。

 壁になるのではなく、対等に向き合う立ち方。


「仲間が軽口を叩いた。すまない。ただ一つだけ確認させてくれ」


「何だ」


「リーネさんを谷に残したのは、作戦か」


 ユリウスの表情が固くなった。

 一瞬だけ。ほんの一瞬、目が泳いだ。

 すぐに元の自信に満ちた顔に戻る。

 だがセラは見た。あの一瞬を。


 自覚があるのだ。

 リーネを残したことが”正しくなかった”と、どこかで分かっている。

 だが認めない。認めたら、自分の判断が間違っていたことになる。

 ユリウスは、自分の間違いを認められない人間だ。

 前世でもそうだった。


「退避指示を出した。安全な場所に下がるよう言った。それだけだ」


「安全な場所に魔物が二体いましたが」


 アルドの声は静かだが、刃のように鋭い。

 穏やかな声の中に、切れ味がある。


 ロビーの空気が凍った。

 周囲の冒険者たちが息を呑んでいる。


 ユリウスの目が光った。怒りか、苛立ちか。

 自分の判断を否定されることへの、本能的な反発。


「戦場で想定外は起きる。こっちも上位種六体と戦ってたんだ。全員の面倒は見切れない」


 全員の面倒は見切れない。


 セラの視界の端が白くなった。


 前世でも聞いた。

 同じ口から、同じ論理が出てくる。

 “全体のために一部を切る”。“合理的判断だった”。

 “犠牲は最小限だ”。


 あの時も、ユリウスはこう言っただろう。

 “セラが囮になってくれたおかげで勝てた”。“犠牲は最小限だった”。

 セラの命を”最小限の犠牲”と呼んだのだろう。


 セラは椅子から立ち上がっていた。

 自分でも気づかないうちに。

 膝が椅子を押し、木と木がぶつかる音がした。


 アネスの手がセラの袖を掴む。

 強くはない。ただ、“ここにいるよ”という力加減。

 引き止めるのではなく、繋ぎ止める。


 セラは足を止めた。

 アネスの手の温度が、袖越しに伝わる。


 ユリウスの視線がセラに向いた。

 初めてまともに目が合う。


 金の瞳。整った顔。

 前世で何度も見た顔。何度も信じた顔。

 “大丈夫だ、俺に任せろ”と笑った顔。

 最後に背中を見せた顔。


 二つの人生分の記憶が、一瞬で交差した。


 ユリウスは前世のセラを知らない。

 今世のセラを知らない。

 目の前に立っているのが、かつて自分が殺した人間だということを、知らない。


「……誰だ?」


 ユリウスが聞く。当然だ。セラのことを知らない。今世では他人だ。

 声に興味がない。“脅威か否か”を判断するためだけの質問。


 アルドが間に入った。


「うちの魔導士だ。Aランクのセラ」


 ユリウスは一瞬だけセラの灰色の髪を見て、興味を失ったように目を逸らした。

 Aランクの魔導士。勇者パーティにとっては格下。目に留める価値がない。


「そうか」


 それだけ。


 前世で命を賭けた相手が、“そうか”の一言で片づけた。

 当然だ。今世のユリウスにとって、セラは見知らぬ冒険者でしかない。

 記憶がないのだから、当然だ。


 だが、その”そうか”がセラの胸を抉った。


 命を捧げた相手に、認識すらされない。

 前世の全てが、“そうか”の二文字に圧縮される。


     ◇


 リーネが休憩室から出てきた。


 足を庇いながら、壁に手をついて歩いている。

 顔色は昨日より良いが、目の下の隈は残っている。


 ユリウスが振り返る。


「行くぞ。明日、ギルドへ報告書の追加がある。お前が書け」


 労いの言葉はない。

 “怪我は大丈夫か”もない。

 最初の一言が、仕事の指示。


 リーネは頷いた。

 慣れている顔だった。こういう扱いに、もう慣れてしまっている。

 足を引きずりながら、三人の後ろについていく。


 四人の距離。

 前の三人が密集し、リーネだけが三歩後ろ。

 その三歩に、全てが凝縮されている。


 その背中が、ギルドの出口に消えていく。

 扉の向こうに、通りの光が差し込んでいる。


 セラは見ていた。

 見ることしかできなかった。


 リーネが扉をくぐる直前に、振り返った。

 一瞬だけ。セラと目が合い、小さく頭を下げた。


 “ありがとう”の形をした口が、声にならずに動いた。


 扉が閉まった。

 光が遮られ、ロビーが少し暗くなった。


 セラは椅子に座り直し、報告書のペンを握った。

 だが文字が書けない。指先が震えていた。

 インクの先が紙に触れ、小さな染みを作る。


 アルドが向かいに座り、静かに言った。


「怒ってるだろ」


「……怒ってます」


「それは正しい怒りだ。間違ってない」


 “正しい”と言ってくれた。

 怒りを否定されなかった。

 “冷静になれ”でも、“仕方がない”でもなく、“正しい”。


 アルドは報告書を手前に引き寄せ、セラの分まで書き始めた。

 セラの名前を書き、日付を入れ、行動記録を整える。

 手慣れた動きだ。


「今日はもういい。休め」


 セラはペンを置き、両手をテーブルの上に伏せた。

 震えが止まるまで、そのまま動かなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ