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二度目の人生は勇者パーティに入りません 〜裏切られた最強魔導士、今度はSランク冒険者と魔王を先に倒します〜  作者: 月代
第四章「勇者パーティとの再会」

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第四十一話 勇者の帰還


 翌朝。


 セラは夜明け前に目を覚ました。

 眠れたのは二時間ほどだ。


 目を閉じるたびにリーネの泣き顔が浮かんだ。

 声を殺して泣く姿。岩壁にもたれた背中。震える杖の先端。

 その奥に、前世の自分が重なった。


 魔王城の暗い空間。倒れた自分。遠ざかる足音。

 天井の闇。


 何度寝返りを打っても、記憶が剥がれなかった。

 二時間眠れたのは、身体が限界に達したからだ。


 窓の外はまだ暗い。

 港の灯りが水面に細く揺れている。

 漁船が出る前の静けさ。波の音だけが規則的に聞こえる。


 隣の寝台で、アネスが寝息を立てている。

 穏やかな呼吸。セラの不眠に気づいているかもしれないが、起こさない。

 それがアネスの距離感だ。


 セラは音を立てずに起き上がり、顔を洗い、髪を結んだ。

 鏡の中の自分は、目の下に隈がある。頬が少しこけている。

 二日前より痩せた気がする。食事を摂れていないせいだ。


     ◇


 食堂に降りると、アルドがもうテーブルにいた。


 蝋燭が一本、テーブルの端に灯っている。

 その明かりの中で、アルドは地図を広げていた。

 昨日の戦闘痕の位置を書き込み、勇者パーティの進路と自分たちの哨戒範囲を重ねている。


「早いな」


「……眠れなくて」


「俺もだ」


 アルドの目にも、疲労の色がある。

 だが手元は正確だ。地図の書き込みに乱れがない。

 眠れなかった時間を、仕事に使っている。


 アルドは茶を差し出した。

 宿の食堂に置いてある保温壺から注いだものだ。湯気が細く立つ。


 セラは両手で受け取り、温かさを指先に染み込ませた。


「リーネの様子は?」


「さっきアネスが見に行った。足首の腫れは引いてきてる。今日中に歩けるようになるって」


「そうか」


 短い会話。

 だがその裏に、お互いの心配と疲労と、言葉にならない感情がある。

 アルドもまた、昨日の出来事を消化しきれていないのだ。


 セラは茶を一口飲んだ。

 温かい液体が、空っぽの胃に落ちる。少しだけ、生きている実感が戻る。


     ◇


 短い会話の間に、表の通りが騒がしくなった。


 馬蹄の音。人の声。ざわめきが波のように広がる。

 宿の窓ガラスが微かに振動した。大人数の足音だ。


 アルドが窓の外を見た。

 蝋燭の明かりに照らされた横顔が、一瞬だけ硬くなった。


「……戻ってきたな」


 セラも窓に寄った。


 宿の前の通りを、三人の男が歩いていた。


 先頭にユリウス。

 聖剣を腰に、外套に返り血がこびりついている。

 血は乾いて黒ずみ、外套の裾に泥が跳ねている。

 だが歩き方は堂々としていた。背筋が伸び、顎が上がっている。

 勝者の歩き方だ。


 左にカイル。

 赤い鎧の肩当てが一つ欠けている。右の頬に擦り傷があり、血が乾いている。

 だが足取りに揺らぎはない。巨体を揺すりながら、前を向いて歩いている。


 右にディーノ。

 フードを被ったまま。指輪の一つが砕けて、指に巻き付いた金属の残骸が光っている。

 口元だけが見えていて、薄い笑みを浮かべている。


 三人。


 疲労はあるが、全員が自分の足で歩いている。

 一晩中戦って、上位種の巣を潰して、朝日とともに帰ってきた。

 実力は本物だ。それだけは認めなければならない。


 通りに人が出始めた。

 早起きの商人や、港に向かう漁師が足を止め、三人を見る。

 すぐに声が上がった。


「勇者様だ!」

「やっぱり勝ったんだ! すげえ!」

「三人で全部やったのか!」

「さすが聖剣の勇者だ!」


 三人。


 誰もリーネの名前を出さない。

 四人目がいたことすら、群衆は気にしていない。

 四人パーティだったことを知っている人間は、ギルドの関係者以外にはいないのだろう。


 世間にとって、勇者パーティとは”三人の英雄”だ。

 四人目は最初からいない。透明人間。数に含まれない存在。


 前世のセラも、そうだった。

 勇者パーティの功績は、常にユリウスとカイルとディーノのものだった。

 セラの名前が記録に残ることは、ほとんどなかった。

 存在しない四人目。いてもいなくても変わらない枠。


 セラは茶を握ったまま、指先が白くなるほど力を込めた。

 陶器が軋む音が、小さく鳴った。


     ◇


 一時間後、ギルドに勇者パーティの帰還報告が入った。


 セラたちは朝食を取った後、ギルドへ向かった。

 自分たちの哨戒報告を提出する必要がある。


 ギルドのロビーは朝から混んでいた。

 勇者パーティの帰還の知らせが広まり、冒険者や商人が情報を求めて集まっている。

 掲示板の前に人だかりができていた。


 帰還報告の要約が貼り出されている。


 上位種六体を殲滅。巣の中核を破壊。森の脅威は大幅に低下。

 周辺の村への被害は最小限。街道の安全は回復。

 報告書にはユリウス、カイル、ディーノの三名が記されていた。


 リーネの名前は、備考欄に一行だけ。


 “魔導士リーネは戦闘中に負傷し、離脱。別パーティにより救助済み”


 離脱。


 “置き去りにされた”ではなく、“離脱”。

 “危険な場所に一人残された”ではなく、“負傷し、離脱”。


 言葉の選び方で、事実が歪む。

 主語が消える。行為者が消える。

 “誰が離脱させたのか”が書かれていない。

 リーネが自分の意思で離脱したかのように読める。


 前世でもそうだった。

 セラの死は、公式記録にどう書かれたのだろう。

 “殿の魔導士が囮任務中に戦死”か。

 あるいは、“戦闘中に負傷し、離脱後に死亡”か。

 どちらにしても、“ユリウスが囮に使った”とは書かれないだろう。


 セラは報告書の写しを見つめ、静かに息を吐いた。


 レインが横から覗き込み、眉を顰めた。


「離脱、ね。随分きれいな言い方だ。“置き去り”って書けばいいのに」


 アネスは何も言わなかったが、報告書から目を逸らした。

 読みたくない、というより、読むと怒りが出る、という顔だった。


 アルドは腕を組んだまま、窓の外を見ている。

 何を考えているのか、表情からは読めない。


 ギルドの受付嬢が困った顔で近づいてきた。

 昨日の緊急救助を処理してくれた、そばかすの受付嬢だ。


「あの、アルドさん。勇者パーティから、リーネさんの引き渡しの連絡がありました。宿に戻り次第、合流するようにとのことです」


 引き渡し。


 人を物のように扱う言葉が、また一つ。

 引き渡し。引き取り。拾う。

 全て、リーネを”物”として扱う動詞だ。


 セラは立ち上がった。


「リーネさんのところへ行きます」


 アネスが頷く。


「私も行く。足首の最終確認がまだだから」


     ◇


 ギルドの休憩室に入ると、リーネは起き上がって窓の外を見ていた。


 寝台の上に座り、足を床に下ろしている。

 包帯が巻かれた足首が、少しだけ腫れている。

 だが昨日より遥かに良い。アネスの治療が効いている。


 通りの歓声が、窓越しに聞こえている。

 “勇者様だ”。“すごい”。“三人で”。


 リーネはその声を聞きながら、膝の上の手を見つめていた。

 表情は凪いでいた。怒りでも悲しみでもない。

 感情の全てが引いた後の、乾いた静けさ。


 セラが入ると、リーネは振り返り、少し慌てた顔をした。


「あ、昨日の……セラさん。ありがとうございました。本当に」


「怪我の具合は?」


「歩けるようになりました。アネスさんのおかげです」


 リーネは立ち上がり、足首に体重をかけてみせた。

 少し顔をしかめたが、歩ける。


 アネスが膝をつき、足首の包帯を確認する。

 指先で腫れ具合を触り、関節の可動域を確かめる。


「腫れはほぼ引いてる。無理しなければ大丈夫。ただ、今日の戦闘は控えた方がいい。急に走ったり、強い衝撃を受けたりすると、靭帯が再度伸びる」


 リーネは頷いた。

 それから、窓の外に目を戻す。


 歓声が、まだ続いている。

 “勇者パーティ”。“英雄”。“聖剣”。


「ユリウスさんたち、帰ってきたみたいですね」


 声が小さかった。

 歓声を聞いている横顔に、喜びはない。安堵もない。

 自分のパーティが勝ったのに、何の感情も浮かんでいない。


 あるのは、諦めに似た静かさだった。

 “自分がいなくても勝てた”。

 その事実を、リーネは今、噛み締めている。


「……戻らないといけないんです。迷惑かけたから」


 また、この言葉。

 置いていかれた側が、自分を責めている。

 “迷惑をかけた”のはリーネではなく、リーネを置いていった三人だ。

 だがリーネにはその発想がない。

 “自分が弱いから置いていかれた”。“自分が足を引っ張ったから”。


 セラは口を開きかけて、止めた。

 ここで”戻らなくていい”と言うのは簡単だ。

 でもそれは、リーネの意思を無視することになる。

 リーネが自分で決めなければ、意味がない。

 誰かに言われて動くのは、“ユリウスに言われて囮になる”のと構造が同じだ。


 代わりに、セラは別のことを聞いた。


「リーネさん。一つだけ聞いていいですか」


「はい」


「あのパーティに入ったのは、自分で選んだんですか」


 リーネの瞳が揺れた。

 質問の意味を理解するのに、一拍かかったようだった。


「……選ばれたんです。魔法学院の特待枠で。先生が推薦してくれて……。勇者パーティに魔導士の空きがあるって話が来て、私が適任だって……。断れませんでした」


 断れなかった。


 前世のセラも同じだった。

 国から任命され、勇者パーティに配属された。

 師匠が喜び、同期が羨み、家族が誇った。

 “光栄なことだ”と言われた。

 断る選択肢は、最初から存在しなかった。


 選ばされた。

 自分の意思ではなく、周囲の期待で席に座った。

 だからこそ、自分の意思で席を立つことができない。


「もう一つ。今、あのパーティにいて……楽しいですか」


 リーネの目が見開かれた。


 誰にも聞かれたことのない質問だったのだろう。

 “つらくないか”は聞かれたことがあるかもしれない。

 でも”楽しいか”は、誰も聞かなかったのだ。


 長い沈黙。

 窓の外の歓声が、沈黙を埋めている。


 リーネは首を横に振った。


「……楽しくは、ないです」


 その一言が、セラの胸に深く刺さった。


 楽しくない。

 前世のセラも、楽しくなかった。

 勇者パーティの旅は、義務と恐怖と孤立の連続だった。

 楽しいと思った瞬間が、一度もなかった。


 今のパーティは違う。

 アルドの茶。レインの軽口。アネスの静かな手。

 野営の火。見張りの引き継ぎ。地図を囲む相談。

 楽しい。今の旅は、楽しい。


 その差が、リーネを見ると痛いほど分かる。

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