ep.211 最初の一杯と、泥だらけの手
かまどから上がる細い煙が、エトスフェリアの青い空にまっすぐな線を引いていた。
「煮えてきたのです! エトスフェリア特製、しあわせを呼ぶ『ごちゃまぜスープ』なのです!」
咲姫が大きな枝で鍋をかき回すと、乾燥肉の出汁と野草の滋味深い匂いが、丘を越えて風に乗っていく。 リオが薪を割り、ミナが濾過用の布を洗っていた、その時。
ふらり、と。 草原の向こうから、一人の男が足を引きずるようにして現れたのです。
全身泥だらけ。背負った大きな革袋はボロボロで、今にも力尽きそうな足取り。 リオが警戒して立ち上がろうとしたけれど、咲姫のほうが速かった。
「お腹が空いているのです!? 今、ちょうど飲み頃なのです!」
咲姫は迷いなく、削りたての不恰好な木の器にスープをなみなみと注いで差し出した。 男は驚いたように目を見開いたが、漂ってくる湯気に抗えず、震える手で器を受け取った。
ズ、ズズッ……と。 喉を鳴らしてスープを飲み干した瞬間、男の目からポロポロと涙がこぼれ落ち、泥の汚れた頬に白い筋を作った。
「……ありがとう。救われた気がする。……ああ、生きてるって、こういうことなんだな」
その言葉を聞いた瞬間、咲姫はミナと顔を見合わせて、とびきりの笑顔で頷いた。 これだ。この響きのために、この場所を作ったのだ。
「お近づきの印に、名乗るのです! 私は咲姫、この街の『お腹いっぱい担当』なのです!」
男はしばらくぼうっとしていたが、やがて落ち着きを取り戻すと、背負っていた重い袋から一本の古びた、けれど手入れの行き届いた『金槌』を取り出した。
「……俺はガラム。しがない石積み職人だ。……お嬢さん、このままだと、そのかまどは次の雨で崩れちまう。俺に、もっと頑丈な『火の家』を作らせてくれないか?」
咲姫は底抜けに明るい天然仕様のポジティブ娘を想定しています。
※基本的に、ネガティブなことは言わない。
天然なので(?)少々想定外のことをやってしまうのも咲姫の魅力の一つです。




