ep.210 命の種火、はじまりのスープ
咲姫は、丘の真ん中の土を愛おしそうに撫でた。
「ここに、街で最初のかまどを作るのです。家よりも、道よりも、一番先なのです」
リオが驚いたように足を止めた。 「家じゃなくて、かまどを? まだ屋根も壁もないのに、雨が降ったらどうするんだい」
「そうなのです。屋根は後回しなのです。でも、火とお鍋だけは、今すぐ必要なのです」
咲姫の瞳には、かつて多くの人が家を失い、冷たい夜に震えていた避難所の景色が映っていた。 火も使えず、水も足りず、明日を待つことさえ怖かったあの日。咲姫が必死に守り、分かち合った一杯のスープ。
「……ミナちゃん、覚えてるのです? 震えながらスープを飲んだあの人が言ったこと」
ミナが、はっとして咲姫を見た。 ただの、何の変哲もない温かいスープ。具もほとんどなくて、少しの塩気があるだけの液体。それを喉に流し込んだ老人が、涙をこぼしながら漏らした言葉。
『ありがとう……救われた気がする。生きてるって、こういうことなんだな……』
「私、あの言葉を聴いたとき、胸がギュッとなったのです。本当の『生きてる実感』は、豪華な宝石や大きな家にあるんじゃないのです。お腹が温まって、隣の人と『あったかいね』って笑い合える、その瞬間にこそ響いているのです」
咲姫は顔を上げ、眩しい太陽を見つめた。
「だからエトスフェリアは、まずお腹いっぱいの安心から始めるのです! どんなに傷ついた人が来ても、ここに来れば『ああ、自分は生きてるんだ』って思い出せる。そんな街にするのです!」
リオは無言で咲姫を見つめ、記録帳の真っ白なページに力強く書き込んだ。 【エトスフェリア:最初の一歩は、命を温める火から】
「わかったよ、咲姫。最高の石を集めてくる。風が吹いても、雨が降っても、絶対に消えないかまどを作ろう」
「はいなのです! 世界で一番、安心できる匂いがする場所を作るのです!」
新章『響の章』の幕開けに際して、少しだけ私の創作の根底にあるお話を。
今回、咲姫が新しい街『エトスフェリア』において、家よりも道よりも先に「かまど」を作ると宣言しました。 この「グルメ」の裏側にあるのは、単なる食いしん坊なキャラクター性ではなく、私がかつて阪神大震災を経験し、また被災地へのボランティア活動の中で目の当たりにした「災害キャンプの思想」が核となっています。
火も水も絶たれ、明日さえ見えない極限の不安の中、ようやく手渡された一杯の温かなスープ。それを喉に流し込んだ方が漏らした、
「ありがとう……救われた気がする。生きてるって、こういうことなんだな」
という言葉が、今も私の耳から離れません。 本当の「生きてる実感」とは、豪華な宝石や巨大な建築物にあるのではなく、空腹が満たされ、体が内側から温まり、隣の人と「温かいね」と笑い合える、その瞬間の「響き」にあるのではないか。
だからこそ、この新しい街づくりは、命を繋ぐ「火」と「スープ」から始まります。
読者の皆さんにとっての「生きてる実感」を呼び起こすような、そんな物語を紡いでいければと思います。
(※if版でもまた違った角度の『グルメ』が暴走中ですが、本編の根っこにあるのはこの『祈り』のようなものです。併せて楽しんでいただければ幸いです!)




